第八章 レヴニッツ戦後秩序会議(レヴニッツ公会議)
レヴニッツ市庁舎、百年の歴史を誇る円天井の下。
煌びやかなシャンデリアが頭上で揺れ、会議の開幕を告げる鐘が鳴り響く。
各国代表が一堂に会したその場所で、
今この瞬間、奇跡のような現象が起きていた。
──敗戦国、ヴァルツ帝国の代表が、戦勝国の列に加えられている。
しかも、その代表はあの悪名高きロヴェル・ヴァンス。
戦時中は裏交渉と買収まがいの外交で、各国の胃を荒らした不快の権化。
それが今や、堂々たる外相ロヴェル・ド・ヴァルツ閣下として、議場の中央に座していた。
彼の隣には、華やかなロイヤルブルーのドレスに身を包んだ女性。
元皇帝の妹、アンジェリク皇女――いや、今やロヴェル夫人である。
「では、次の議題に移りましょうか」
ロヴェルは、書類を一枚めくると、場の全員に微笑みかけた。
ニコリ、と笑うだけで空気がざわつく。
まるでそれは、「すでに手は打ってある」とでも言いたげな確信に満ちていた。
そして、実際そうだった。
ロヴェルは、このレヴニッツ会議におけるヴァルツ代表権限の全権を、
“議会承認なし”で行使できる立場を得ていた。
それが可能だった理由は、ひとえに――
彼がアンジェリク皇女と婚姻し、皇帝家の一員となったからである。
ヴァルツ帝国の慣例法により、皇帝家の正式な一員となった者には、
「非常事態時における国家権限の暫定行使」が認められている。
つまりロヴェルは、民意でも軍事でもなく、
血統と制度を買ったのだ。
列席者の一人が、呆れとも賞賛ともつかぬ視線をロヴェルに向ける。
「──まったく、どぶねずみが皇帝家のネズミになったとたん、
議場を支配しやがるとはな」
「ご冗談を。私はただ、運命に拾われただけです」
そう返すロヴェルの笑みは、いつものように薄汚く、だがどこか誇らしげでもあった。
もともとこの男は、誰にも期待されていなかった。
官僚にも軍人にも見下され、役立たずの酒浸りと罵られていた。
だが今や、戦勝国代表として発言権を持ち、戦後の秩序再編の場に堂々と居座っている。
勝因はただ一つ。
──皇帝家のネズミになったこと。
それこそが、どんな策略よりも強力な“正当性”を彼に与えた。
この日、ヴァルツ帝国は公式に「戦後秩序再建の協力国」として議事録に記される。
他の敗戦国とは一線を画す扱いであった。
そしてその裏で、ロヴェル・ド・ヴァルツは、
この上ない笑みを浮かべながら、静かに囁いた。
「……さて、今度はこの大陸全体を、騙しにかかるとするか」
アンジェリクが隣でそっと微笑む。
まるで、すべてを許し、すべてを知っているかのように。
かくして、戦争の終わりとともに――
どぶねずみの一世一代のペテン劇が、世界の中心で幕を開けた。
注釈)このレグニッツ公会議には、アーヴィル連邦の外交官カール・フォン・アッシャースレーベンが自国の大臣の後ろで傍聴しているはずでしたが、姿が見えないのは、公会議を開催しているベルンシュタイン帝国の皇女であり、ヴァルツ帝国の元皇后であったゾフィ・クリスティーネをアーヴィルの首都トリーアの自宅へ”丁寧にお招き申し上げた”からです。→ ためらわず、迷わず、何を言われても、ただ君だけを選ぶと決めた日。 をご参照ください。