ep.8 打開策
今ここで負幻想魔を祓い倒さない限り、被害は拡大され、最悪大量の死体が並ぶかも知れない。
けど、倒すと言って、どうやって対処すればいいのだろうか。
祓い方は作品を見ていたからわかるんだけど、肝心の祓う為の力がない。
主人公の『白樫涼夏』も俺と同じ視える体質だけど、負幻想魔を祓う為に必要な『慈力』や『清心術』は無かった。だから当初は『慈武具』を使って、徐々に慈力を得て、清心術を使えるようになっていったな。
そう言えば、慈力や清心術を学ぶ際に、何かやっていた様な……。
考え事をしていたその時、身を隠していた岩が真っ二つに砕け、木の葉も突風で吹き飛んで行った。
急いで後ろを振り返ると、二本の触手を木に巻き付け、残りの触手はミミズのようにうねっている。触手にぶら下がりながら、狂喜に満ちた笑みを浮かべている、叔父さんと負幻想魔と目が合った。
『ミィィィィツウゥゥゥケエェェェタアァァァァァアアアアアアア!!!!』
「やっば!」
うねらせていた触手を、俺に向けて振り落してきた。触手の動きをカクンしながら、バックしながら振り下ろされた触手を避け、再び彼らに背を向けて走って逃げる。
先程の移動方法がいいと理解したのだろう、叔父さんは触手を少し離れた気に伸ばし、猿が別の木に移動するように追ってきた。
さっきまでと違って、格段に移動速度が増している。憑りつかれた時は、触手をうまく制御できているように見えなかったが、この短時間で使いこなせるようになるとは。まぁあの叔父さんのことだ、相当相性が良かったんだろうな。
なんて現実逃避しながら、次々と襲い来る触手攻撃を避け続ける。
一本の触手が進行方向に伸ばし、その先にあった木を引き抜き、そのまま俺に向かって横振りしてきた。あまりにも凄まじい速度に、少し反応速度が遅れたが、難易度高めのリンボーダンスみたいに避ける。
鼻先と前髪の毛先が木の幹に少し掠り、ブワッと汗が全体に噴出した感覚がする。もし当たっていたら骨折、最悪の場合……内臓破裂もあったぞ。
そこで改めて認識した。叔父さんと負幻想魔は、確実に俺を殺しに来ている。しかもたちが悪い方の、弄ぶように痛めるだけ甚振ってから、殺してくる性悪なタイプだ。
叔父さんが加虐性を持っていることは分かっているが、思っていた以上に厄介だ。正直よくこの日まで『残虐性』『加虐性』『破壊衝動』を抑えられていたな。いや、ギリギリに保っていた理性を、俺が姉さんを連れて行かなかったから、崩壊してしまったんだろう。
もし姉さんを連れて来ていたら、隠していたその狂気を、何の躊躇いもなく姪甥にぶつけていたんだろう。姉さんを連れてこなくて、心底良かったと安心した。
いや、安心するには、早いだろう。
叔父さんと負幻想魔を倒さない限り、俺の安寧は絶対に来ない。
正直な話、体力を完全に回復出来ていないから、もう少ししたら体力の限界だ。その時が俺の人生『THE END』だ。それだけは絶対に避けなければならない。ここで死ぬくらいなら、主人公に殺されたい! それか推しの樹輝さんに『バーイ♡』て言われながら、粉砕して汚い花火になりたい。
ーーって、何回現実逃避すればいいんだ。今考えるべきことは、この状況からどう逆転して、叔父さんと負幻想魔を倒して生還するのか。
といっても成す術がないんじゃ、このまま殺されるだけだ。
なにか、無いだろうか。
この状況から脱却できる、方法は無いのだろうか?
「----っあ」
その時、脳の奥底にあった記憶が、瞬時に流れ始めた。
あれはこの身体に宿る前の、『不浄と幻影の負祓士』が連載されていた頃の話だ。
連載二回目のカラー表紙で、雑誌に掲載されていた第19話の、主人公とその妹の修行回・その一にあったある描写。ほんの三コマしかなかったが、覚えている……推しである樹輝さんのセリフとその描写を。
『ちなみに慈力が無くても、視える体質なら、適当な紙に印を鉛筆で描く。そんで、自身の血を擦りつければ、想魔を呼び出す召喚紙ができるよ』
そう説明しながら実演し、印の書かれた用紙から、美しい狼型の箱魔が現れたのだ。
回想、終了。
「この手があった!!」
慈力と清心術がない俺でも、対抗してくれるだろう使い魔的なのを、ここに呼び出すことができる。それが今可能ならば多少なりとも、この現状を打破することができる。
しかし問題はその印を描く為の、用紙とペンが必要だ。今手元にはそんなものはないし、ましてや土と枝で描いて、呼び出すことが可能なのかわからない。
だけど、漫画で見た紙と鉛筆なんて……っ!!!!
急ブレーキをかけるように走っていた足を止め、止まった時に引きずった所から砂煙が立つ。
止まった俺を見て負幻想魔は、口角を吊り上げてキャラキャラと嘲笑う。叔父さんも負幻想魔と共に高らかと笑いながら、全ての触手をこちらに向けてきた。俺は一呼吸を終えてから、伸びてくる触手に向けて、強く地面を蹴って飛んでいく。
起動を確認しながら、僅かな触手の隙間を掻い潜りながらも、針が服や肌に傷をつけながら全て通り抜ける。少しボロボロな姿の俺に、叔父さんは恍惚とした笑みを浮かべ、勢いよく両手を広げる。
『サァ、オレノトコロニコイイィィィイイイ。モット、モット……、フサワシイスガタニシテアゲヨウ!!!』
高揚しすぎか口の端から、涎と舌を垂れ流す。俺は言葉に甘えて、叔父さんに向かって全力で駆け抜けていく。応えてくれたのかと歓喜に目元を歪め、荒い吐息を口から零し、気持ちの悪い雄叫びを上げていた。
だがその期待を裏切るように、俺は叔父さんから少し離れた場所で、強く地面を蹴って飛ぶ。
飛び越える程の脚力は無かった為、叔父さんの顔を踏み台にして、その向こう側へと飛び越えていく。
飛び越える時に負幻想魔と目が合い、俺はべっと舌を出す。お前らなんかの思い通りになるかと、態度と行動で示す為に。
飛び越えることに成功し、何とか着地に成功した俺は、目的の場所へとかけていく。ここまで遠く走ってきたから、すぐ着くとは限らない。でも、何処にあるかはちゃんと覚えている。
無視していく俺に腹を立て、叔父さんは木に絡めていた触手全てを使って、俺を止めようと伸ばす。そんなことに気を止めることなく、俺は少し慣れた動作で触手を避けて、木を利用きてジグザグに動く。
木によって俺がどの方向に走るのかわからず、狙いをうまく定められないのだろう。的外れなところに触手を伸ばし、更に苛々を増していく。
『ニゲルナト、イッタダロォォォォォオオオオオオオ!!!!』
もう俺を壊したくて仕方がないのだろう。なりふり構わず触手を乱雑に伸ばす。意味のない木を薙ぎ倒し、近くの岩を砕き、地面に穴を作っていく。
「うわっぶな!」
岩屑や兓木の枝が、脚や頬などを掠め、更に傷が増えていく。流石災害級に近い負幻想魔だ、その威力は低級負幻想魔とは、比べ物にならないだろう。今から倒す相手と考えると、頭を抱えたくなる。
マイナスな考えに偏る頭を横に振り、思考を振り払う。
想像するべきことはボロ雑巾のような、見るに堪えられない死体じゃない。
想魔を使役して、負幻想魔を倒し叔父さんを正気に戻す完全勝利だ。
触手の攻撃を避けながら走り続け、目的のモノが遠くから見えた。
「あった」
俺の視線の先にあるのは、ここまで乗ってきた車だ。記憶が確かならあの車の中には、爺ちゃん婆ちゃん家に止まる為の、荷物の入った鞄がある。その中に確か、ノートと筆箱が入っている。それさえ手に入れられれば、想魔を呼び出すことができる。
わずかな希望を胸に抱いて、俺は迫りくる叔父さんと負幻想魔の魔の手を避けながら、車へと走って行った。
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