ep.5 自分の正体はどうやら原作無関係のオリキャラの様です
まぁここが、幻祓の世界だと決まった訳でもない。少しずつ状況を理解しつつ、自分がどんな人物であり、ここが何処なのか調べる必要がある。
現実世界の自分には兄弟はいなければ、彼女似の友人も知り合いもいない。それに発せられる声や容姿が全くの別物であり、部屋だって趣味で埋め尽くされているのに、その痕跡は全くなければ、普通の少年の部屋にしか見えない。
それにしても、この姿に見覚えがあることが不思議だった。先程の女性のように、鏡に映る人物には見覚えがない筈。しかし、記憶の片隅か何処かに、目の前の少年が引っ掛かっている。
一体どうしてだろうと鏡の前で唸っていると、再び足音が聞こえて来て、大きな音を立てて扉が開かれた。そしてまた彼女が入ってきて、眉間に皺を寄せながら睨んでくる。
「一体いつになったら降りてくるのよ! 朝ごはん冷めちゃうでしょ。それにもう少ししたら叔父さん来るわよ」
「ご、ごめんなさい……」
「全く、冬休みだからって気が緩み過ぎよ。早く準備済ませてきなさいよ、智也」
名前を呼ばれた瞬間、雷が落ちてきたような衝撃が走った。その名前には、深く聞き覚えがあったからだ。
部屋から出て行こうとする彼女の服の袖を掴み、俺は確信を得る為に口を開けた。
「あのさ、僕の名前をフルネームで言ってくれない?」
「きゅ、急に何よ……?」
「えっと、なんと、なく?」
「……何、寝ぼけてでもいるの? 貴方は私の弟の五條智也でしょう」
その名前に、疑念から確信に変わった。間違いない、今の僕は五條智也という名前の自分が生み出した『オリジナルキャラクター』だ。
いつだったか思い出せないが、Ⅴwitterのフォロワーさんに、よくある自分が○○のキャラクターならの奴で、イメージするモノを言ってもらってそれを基にイラストを描く……なんてことをやっていた。それを『幻祓』でやっていた筈。
そうして生まれたのが、自身の分身である『五條智也』だった。
想像以上に容姿端麗な美青年になってしまい、一時期だが幻祓ファンから新しいキャラクターかと、勘違いされてしまいプチ炎上した。
違うと分かっていても、いてもおかしくないなと言われたことが嬉しくかった。推しキャラと自分の分身が絡んでいるイラストや、ショート漫画も描いたりした。そういえば、俺と同じように『存在してもおかしくないオリキャラ』で、騒がせていた人が他に数名いた気がする。まぁ如何せんその人物については全く知らない。
それはさておき、何故自分のオリジナルキャラクターの姿になっているのか、全く理解できない。これも夢だからと決めつけていいモノなのか、非常に悩ましいことだ。しかし今の自分が、五條智也であることに変わりはない事実である。
彼女の服の袖を握り締めながら、難しそうな顔をしていたからか「どうかしたの?」と声を掛けられた。それに少し遅れて返事を返すと、彼女はさっきと違って心配そうに顔を覗き込んできた。
ついでに肩にへばり付いている化物も一緒に顔に近づいてきて、思わず後退りしてしまい、頭から血の気が引いていく。また何か言われるだろうかと身構えしたが、先程みたいに訝しげに眉間に皺を寄せることなく、変わらず心配そうな不安げな表情を崩さなかった。
「何、体調でも悪いの?」
「いや、ちょっと変な夢を見たから、混乱したのかもしれない」
誤魔化すように言うと、納得していないが僕の気持ちを察してくれたのか、深い溜息を吐いて頭をそっと撫でてくれた。その手が酷く心地が良くて、思わず目を細めた。
「貴方がおかしいのは昔からだけど、それでも私は貴方のお姉ちゃんなんだから、何かあった時はすぐに相談するのよ」
真っ直ぐに見つめてくるその瞳に、俺は目を見開いた。心の奥深くから、少しずつ生温かな何かが込み上げてきて、やけに目頭が熱い。これは俺の感情ではなく、この体の持ち主『五條智也』が抱いた感情だろう。
何故なら俺は彼女が姉だなんて知らないし、そもそも設定では姉なんて存在しない。それじゃあ、ここは夢じゃなくて本当に幻祓の世界なのか? しかし、本当にそれだけで判断していいのかわからないが、今この胸に抱いている感情は、紛れもなく本物だ。
現実世界に姉がいたら、こんな風に優しくしてくれただろうか。
「ありがとう、姉ちゃん」
俺は涙を零さないよう、こうやって返事を返すだけで精一杯だった。姉は納得いかない顔をしているが、俺の気持ちの意を汲んでくれたのか、何も言わずに部屋から出て行った。
部屋から出って言ったことを確認してから、急いで勉強机の上に置いてあるティッシュを掴み、限界まで堪えていた涙を拭った。自分が想像していたより涙腺が緩く、些細な事に簡単に涙を流してしまう。なんとなく現実の自分と似ていて、少しホッとする。
涙をティッシュで拭いてから、クローゼットから無難な服を取り出し、着替えてから部屋を出る。このまま部屋にいても何にもできない、もう少しこの世界を把握しておく必要がある。冷静に見えるが、内心物凄く心臓がバクバク打っていて、この状況をうまく把握していない。
さっき窓から外を見たが高さ的に、二階だったからここが二階建てかな。それとも今時珍しい三階建てかもしれない。なんて細かいことを考えながら、ゆっくりとドアノブを捻って、ペタペタと音をたてながら部屋から出る。
視線の先には下の階に行く階段があり、右側は行き止まりの小さな窓。左側は廊下があり、今いる部屋の隣に一室と斜め左にも部屋がある。
階段を下りて行くと、先程の姉より少し身長が高いエプロンを着ている女性が、優しいまなざしで真っ直ぐと見つめてくる。たぶん彼女はが母親なのだろう。
「おはよう、ともちゃん」
「お、おはよう……ママ」
この年になってママ呼びは結構キツイけど、この体はまだ小学生くらいだから何の問題はないけど、中身は大学一年生の十九歳なんだよ。恥ずかしいが、何とか挨拶を返せた俺を褒めてほしい。
「またのんちゃんを困らせたんだって? 長期休みだからって朝はきちんと起きてね」
「う、うん」
どうやら姉の名前は『のん』と呼ぶらしいが、それが本名とは思えないな。さっき俺のことを『ともちゃん』と、呼んでいたから愛称かもしれない。ちゃんと判明するまで姉ちゃんと呼んでおこう。
母親の後を追っていくと、テーブルの上に広がる色鮮やかな食事が用意されていた。
湯気が立つ出来立てほやほやの焼き魚や野菜に、惣菜と味噌汁と完璧な一汁三品だ。日本人の健康的な朝食に口の端から涎が出そうになり、空腹を訴えるように腹の音が鳴り響く。
視界の端には、姉さんが黙々とご飯を食べている。その前に威厳が強そうな白髪交じりの男が、新聞をじっと見つめながら椅子に座っている。古典的な亭主関白な父親そうで、息を呑みながらそろりと姉さんの隣の席に座る。
相変わらず肩に憑りついている化物は、なんかもう見慣れてしまって、逆に可愛いとすら思い始めている。まぁ耳障りな呻き声を上げさえしなければ、ペットみたいに接していただろう。
すると母親が淹れたてのお茶が入った湯飲みをそっと置いて、そのままキッチンに戻っていく。俺は息を吹きながらお茶を啜れば、体の隅々まで染み渡り美味しいと言葉を漏らす。
目の前の料理に箸を伸ばし、簡単にほぐれた魚を口に運ぶ。口の中に広がる魚の旨味と程よい塩加減、惣菜である金平ごぼうもとても美味い。最後に誰かの手料理を食べたのは、いつだっただろうか。
久々にまともな食事をありつけた囚人みたいに、美味しさに噛み締めながらまた美味しいと呟く。
その様子を隣で見ていた姉は、呆れた様な眼差しと溜息を吐く。仕方がないだろう、体は何度も食べたかもしれないが、魂は久々で感動しているんだから見逃してくれ。
姉は茶を啜ってからご飯の上に、小さく割いた魚の切り身を乗せて、お茶をかけて『なんちゃってお茶漬け』にして食べ始める。それを見た父親は「美味いか」と声をかける。それに対し姉さんは頷くだけで、返事を返さない。それに咎めることなく、父親は「そうか」と言ってから、再び新聞に視線を落とす。
なんだか、普通の一般家庭の光景みたいで、俺は安堵してからしじみ汁を啜る。すると、母親が何か思い出したかのような声を上げて、こちらに笑顔を浮かべながら見てくる。
「そういえばこのあと、昭英叔父さんが迎えに来るのよね」
「あぁ、母さんが孫に会いたいって言ってたな。仕事でいけない俺の代わりに、迎えに来てくれるんだ。和奏はどうする?」
「私が行ったら誰が貴方の夕飯を用意するんですか?」
夫婦の会話だーって思いながら、二人の会話に耳を傾けて、今日の予定について把握する。
今日は父親の弟である『昭英叔父さん』が迎えに来て、そのまま父方の祖父祖母が待つ家に行くらしい。現実世界の俺は爺ちゃん婆ちゃんなんていないから、孫体験することにちょっと楽しみだ。
黙々食べる姉さんは、行くの嫌がっているのが、隣に座っているからわかる。溢れ出る嫌々オーラを感じて、知らないふりをしながら残りのご飯をかきこんで飲み込む。
そうとは知らず、父親は顔に似合わず柔らかな眼差しを向けて来て「ゆっくり食べなさい」と咎められた。優しく言ってくれるあたり、少し考えの難しい亭主関白な父親ではないと理解した。勝手に気難しい父親だと見た目で判断したことに、申し訳ないなと罪悪感を抱きながら、残りのお茶を飲む。
「のんちゃんはどうする? 貴方今受験シーズンだし、このまま家で勉強して構わないけど」
「……そうするわ。智也悪いけど、お爺ちゃんお婆ちゃんに謝っておいてくれる?」
「わ、わかった」
滲み出ていた嫌悪のオーラから、勝利を勝ち取ったような活き活きしたオーラへと変わり、分かりやすい姉だなと弟ながら苦笑いを浮かべる。本当に悪いと思っているのか、わからないけど一応伝える義務は果たさないとね。
それにしても、姉さんはその叔父さんのことが苦手なのかな?
すると玄関のほうから、聞きなれたインターフォンが響く。母親はパタパタとスリッパの音を立てながら、元気に声を上げながら向かっていく。もう来たのかと、俺は食べ終えて空っぽの食器をキッチンの洗面台に置き、水に浸してから自室へと向かう。
急いで部屋を開けて、扉の横に置かれていたボストンバックを掴み、厚手のコートを着てから下に降りて玄関に向かう。そこには楽しげに話す母親と、髪の毛がボサボサで無精髭な男が立っていた。どうやら彼が雅也叔父さんなのだろう、少し父親に似ている。
俺の存在に気が付いたのか、叔父さんはこちらに笑顔を向けてきて、ほんの少し黄ばんだ歯を見せながら手を振る。父親と違って優しそうだな、と第一印象はそうだった。しかしあっという間にその印象は瞬間に消え去った。
読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字等ございましたら、ご報告して下さると大変ありがたいです。
コメント大歓迎ですが、誹謗中傷はお控えください。