ep.3 ハピエン房の願望
一時間は経過しただろう、あれが良かったこの話感動したと話していくうちに、とんでもなくスクローバルが長くなっていく。流石にずっとここで語り合うのもどうだろうかと、一つの案を思い浮かべた。そのまま思ったことを打って送った。
『もし二人の都合がよければですが、このことについて語り合う為に一度会いませんか?』
と、初対面で初めて会話した二人に対して、何の躊躇いもなく送った。そして五分と経たずに、二人からメッセージが返ってきた。
『私は別に構いません。住んでいる場所によりますが……』
『僕も全然平気です。今日会ったばっかりの人に会いたいって言える貴方は凄いですね』
二人からのメッセージに思わず声を溢した俺は、それぞれのDMに自分の住んでいる場所を伝えると、三人とも同じ県に住んでいたという奇跡に、俺は頬が緩んだ。
「それじゃあ、御二方の都合がいい日を教えてください。その日に合わせてあいましょう。っと」
二人にメッセージを送れば、後日返事をすると双方から返事が返され、お開きとなって俺はスマホの電源を落とした。ベッドの上に仰向けになり、丁度近くに置かれていた薄汚れた照明リモコンを持って、そのままリモコンを操作して部屋の照明を消した。
足元にあった布団を器用に片足で引き寄せて、手に届くところまで引き寄せてから、足から手で持ち上げて布団に被る。
自身の体温が布団にじわじわと浸透し、生温い布団の温かさに眠気に襲われる。今日はそれほど疲れたことをした訳ではない。しいて言うのなら、不浄と幻影の負祓士の最終話に衝撃を受けて、炎上しているネットに疲れたのかもしれない。
そう思い込むように、重い瞼をゆっくりと閉じた。眠りに誘われて、すぐに静かな寝息を立てる音が静かに部屋に広がる。
電源を消したはずのスマホの画面が、暗闇の中チカリと淡い光となって光を放つ。するとひとりでに画面が動き、Ⅴwitterが開かれたと思えば勢い良く下にスクローバルされていく。長く下に流れていき、ようやくピタリと止まったのは、一枚のイラストが表示された画面だった。
そのイラストは一人の青年が描かれていた。
黒髪ウルフカットに対し、前髪は左側に分けられて毛先が跳ねている。ツリ目に綺麗な緋色の瞳、それを隠すように掛けられた丸い青色のレンズのサングラス。長身細身で、首からポーチのようなモノが掛けられている。
パッと見は少し不良に見えるが、顔立ちが童顔で美少年にも見えなくもない。
服装は口元まで覆い隠されたオーバーネックの白色のセーター、それと対象に黒色のファスナー付きロングコートを羽織っている。ズボンや靴も黒色のホールブーツを履いていて、全体的に黒色の服だが、それがより存在感を際立たせていた。
タグにオリジナル、フォロワーからのイメージで幻祓のキャラに、が書かれていた。コメント欄には『かっこえぇ』や『いてもおかしくないレベルのイケメン』や『普通に主要キャラにいそうだな』などかなり好評だ。
そのコメント欄に、キーボードが早く打たれていき、一番上の欄に無名のアカウントが『五條智也・ダウンロード完了』と表示された。
次の瞬間、画面から眩い光が放たれて、部屋全体を包み込んだ。しかしその光は部屋だけでなく、他に三か所から光が輝き放たれていた。
普通なら目を覚ますだろう眩しさに、深く眠りについているからか瞼が開かぬまま、光の波に飲み込まれていく。
『情報詳細収集・87% 直ちに、人体転移可能か実行……』
電子音な声が静かに部屋に響き、その言葉と共に俺の体は、薄くなることはなかった。
『人体転移失敗。次に、精神転移が可能か実行……』
何者かによる精神干渉が起きるが、それでも目覚めることなく、どんどん精神の奥の底まで侵入されていく。精神の最深部まで侵入したそれは、そこに淡い光を放つ小さな何かを放った。
それは更に奥底まで落ちていき、落下したその先に、ふわりと宙に浮く俺だ。その光は迷うことなく静かに俺の元まで落ちて行き、触れた瞬間固く閉ざされていた瞼がゆっくりと開かれた。
眠りから覚まして視界に映ったのは、目の前に広がる真っ白な空間だ。俺は未だに眠いと目を擦りながら、一人ポツンと立ち尽くしていた。上も下も、右も左も汚れひとつない真っ白な世界があった。
「ここ、どこだ?」
先程まで少し散らかっていた自室で寝ていた筈の俺は、部屋着のまま某立ちしている。何故自分がここにいるか分からず、疑問を口から溢した。素足で歩けばぺたりと音が聞こえるが、それ以外音が何もない。無音で、無風で、無臭、寒くも暑くもない。何もなくて、何もないからこそ一層不気味さを際立っている。
ずっと歩き続けるが、永遠に終わりが見えなくて、空間が無限に広がっているのではないかと錯覚を感じる。それぐらい、どこを見ても何もないから感じさせられる、
「えっとー、どうすればいいんだ? なに、俺死んだの?」
物が運悪く頭に落ちたか、過労でそのまま逝ったか。自分自身が何故ここにいるのか分からず、その場に立ち止まり、顎に手を当てて考え始めた。
「俺は確か、Ⅴwitterを見終わってからそのまま眠った。来月発行する新刊の下絵は書き終えているし、勉強も程々だし、過労死……では、ない筈」
昨日の過ごし方を思い返して、何故自分がここにいるのか答えを導きだそうとする。しかし幾ら考えを捻っても、自分がここにいる理由がわからなかった。では何故なのかと俯きながら頭を抱えて、髪の毛を搔き乱す。
このままでは埒が明かないと顔を上げた瞬間、目の前に薄紫色の箱が浮かんでいた。
長方形がいくつも集まったっていて、例えるとするならば、ルービックキューブの長方形版だ。宙に浮かぶそれはくるくると回転したり、左右にスライドしてパズルを解いているような動きをしたりと、カチカチと音を立てて動いている。
一体どこから出て来たのかわからない物体に、俺はこれでもかと茶色の瞳を見開かせ、口をポカンと魚みたいにパクパクする。しかしその物体に、何故か見覚えがあることに困惑した。だが日常生活にこれ程までデカいオブジェクトは見たことないし、ネットやテレビでも見たことがない。
とするならば、思いつくのは今まで読んできた漫画の中。しかし俺がここ最近読んでいるのは、幻祓だけでそれ以外は本棚に鎮座している。だがこんなにも目立ちそうなものが、作品のどこかに登場しているのならば、知らない筈がない。
四角くて宙に浮かんでいる巨大な物体で、俺はそれが何なのか一つだけ思いついた。それをなんなのか口にしようとしたその時、足元がふわりと浮かんだ感覚がして、そこに視線を落とすと、そこにある筈の地面が無くなっていた。
「……へ?」
足場が無くなったことで、重力によって俺は底が見えない場所へそのまま落下していく。あまりのことに声を上げる余裕がなく、今自分の身に何が起きているのか、全く理解できないまま落下していく。先程まで自分がいた場所を、徐々に小さくなっていくことを見ていることしか出来ず、静かにそこに落ち続ける。
ふと、この光景と状況に見覚えがあった。それは幻祓最終話で、主人公の涼夏が底なしの水の中にゆっくりと沈んでいく。それと今の状況に似ているなと、いつ底に体を叩きつけられて、死ぬのかもわからないのに。深くまで染まってしまった幻祓のファンだからなのか、それともこれが夢だからと現実逃避しているからなのか、今そのシーンを思い出す。
俺はその時のある一部分のシーンを思い出した。そのシーンは青春に満ち満ちていた色鮮やかな日々を求め、縋るように手を伸ばしている涼夏だ。
あの後掴めたのか曖昧な描写でわからなくて、俺は無意識に光に向けて手を伸ばす。決して伸ばしても届くことがない光、涼夏はどんな気持ちで求めたのだろう。そう思うと、最終話のシーンを見た時の気持ちが込み上げて来て、目尻に涙が溜まり、宙に浮かんで行く。
「叶うのならば、救いに行きたい……。彼らには、最後は笑っていてほしかった!」
叶う筈のない後悔の言葉を溢し、俺は静かに落下していく。唐突に襲ってきた急激な眠気に、抗うことなく再び瞼を閉ざし、静かに寝息を立て始めた。
微かに、電子音が聴こえてきた。
『本人の意志により、精神転移開始まで残り数十秒。並びに、三名とのシンクロ率98%を確認。同じく精神転移可能により、同時精神転移開始のカウントダウン開始。転移時間・場所固定、精神帰還確率は0.0009%。これより、精神転移を開始します』
そんな言葉が聞こえてきた気がしたが、徐々に光の粒子になりつつ俺には、聞こえることはなかった。
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