ep.16 “絶対”の呪い
三歳の捧晴君が負召士に攫われ、負召士が投げ入れた呼び出し書に応じて結星さんが助けに行く。そう、それが本来の原作の流れだ。
だというのに、攫われるはずの捧晴君がここにいて、お兄さんの方が攫われてしまった。
原作には無かった展開に、額から冷や汗が伝う。
一体何処から原作の流れから逸れてしまったのだろう。原作改変を考えていたが、行動はまだ起こしていない。では俺以外の誰かが、原作の流れから逸らしたのか。それは一体誰なのだろうか。
困惑する俺の横にいる捧晴君は、ゆっくりと折り紙を広げる。折り紙に何かが書かれているのだろう、視線が行ったり来たりしており、書かれた内容を読む程髪を握る手が強く震えている。書かれた内容がとんでもないのだろうか、そこに掛かれているだろう内容を想像し息を呑む。
折り紙の内容を読み終えた捧晴君は、瞳を潤ませ唇を噛み締めている。
「ほ、捧晴君?」
「……ない」
「え?」
「読めない」
思わず後ろに倒れてしまった。あんなに真剣に見つめる物だから、想像を絶する内容なのかと思っていた。だから表情はどんどん曇っていき、今にも泣きそうな顔をしていたから。
実際は内容が読めないから、泣きそうになっていたのね。まぁこの子は一応三歳だから、文字が読めなくても仕方は無いよね。
俺は捧晴君から手紙と思われる折り紙を受け取り、そこに書かれた内容を読む。
『拝啓 結星姉さんへ
鹿を狩って帰宅している最中に、
負召士集団に攫われてしまいました。
ですが自分で何とかなりそうなので、
救出に来なくて大丈夫です。
遅い時間になっても帰ってこないと、
心配させていると思ったので一応連絡を。
万が一捧晴が攫われないよう、気を付けて。
追伸 鹿肉食べられてしまいました。めんご。
繋 咲久晴 より』
思っていた斜め上の内容に、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。
なんか、凄く内容が軽い。というかとてつもなく余裕を感じる。心配させていると思ったから一応連絡って、今自分の身に起きていることを理解しているのだろうか。分かっていてこの内容を送っているのなら、この人天性の馬鹿か、本当に同とでもなる実力者か。
どちらにせよ本来攫われるべき捧晴君の代わりに、この……名前なんて読むんだ? さく、さき…さきくばれ? さきくばれサンが攫わらてしまった。この事早く結星さんに伝えなければと思い、俺は立ち上がって体を炊事場に向ける。しかし、その一歩を踏み出すことができなかった。
早く言わないと、このさきくばれさんの身が危険に晒されてしまう。助けることができるのは、この中で結星さんしかいない。
だけど、この事を伝えて助けに行った結星さんは、帰って来る保証はあるだろうか。
原作でもそうだけど、捧晴君を助けに行っても、結星さんは殺されてしまう。今は原作にない展開で、傷を負いながらでも生還する可能性はあるかもしれない。けど同じ流れになったら、死んでしまえば捧晴君は闇堕ち一歩に近づく。それだけは阻止しなければならない。でも、ここでさきくばれさんをみすてたとして、捧晴君が心を病まさないとは言い切れない。
なら俺はどうするべきだ。
考えるんだ、結星さんを死なせずさきくばれさんを救う方法。いや、それじゃあ原作がーー。
さっきから原作原作、俺は何を考えているんだ。
確かにここは俺が見ていた『不浄と幻影の負祓士』の世界だそしてこの世界の行く末も知っている、所謂未来を知る神様のような存在。このまま何もせずにいれば、いずれ同じ結末を辿る。
けど、今は俺も同じ世界に生きるこの世界の住人だ。この世界が、登場人物が皆幸せ大団円を望んだ『自称・ハピエン房』だろうが!
するべきことは決まっている。
原作の流れを、ぶち壊す。
バッドエンドフラグを全て叩き折り、幸せに笑えるよう導くんだよ。
俺の頭の中には全ての話、細かな描写は隅から隅まで、気味が悪いと言われる程覚えている。その記憶を利用して、救える命を救い、あの最悪な未来を阻止するんだ。
なら俺が最初にするべきことは、結星さんと捧晴君の家族を救うこと。俺の手で。
その為にはこの言伝は結星さんに知られてはならない。そう思って持っていた折り紙を、真っ赤な炎が燃え盛る囲炉裏に、証拠隠滅する為に投げ入れる。
兄からのSOSと思っている手紙を、勝手に燃やした俺に対し捧晴君は、何してくれてんのと言いたげな茫然自失した表情で俺を見上げてくる。言いたいことはわかるが、これは繋家幸せルートに片足突っ込めさせる為には、君のお姉さんに気づかれてはいけないんだ。
あんぐりと口を開けたまま、何も言わず燃えて消えただろう折り紙を見つめ続ける捧晴君を置いて、俺は部屋から出て玄関へと向かう。薄汚れている靴を履き、マジックテープをきちんと貼り付けて、脱げないか確認動作して玄関に手を掛ける。
「何処に行くんですか?」
さっきまで放心していた捧晴君は、駆け足で玄関まで向かい、出て行こうとする俺を呼び止める。
「決まってるだろ、君のお兄さんを助けに行くんだ」
「助けに行くって、兄様に何かあったのですか!? だったら、姉様にも言わなきゃ」
「それだけはダメだ!」
大声で捧晴君の案を否定すると、捧晴君はビクッと体を震わせる。きっと君の頭の中では、姉さんならば簡単に助けに行けると思っているかもしれない。けど、その考えは今後起こるかもしれない『姉の死』を考えていないから言えるんだ。
確かに今この家で一番強く、救出に向いているのは結星さんだろう。だがそんな結星さんでも、手出しできないことがあったから殺されてしまったのだろう。
それに手紙の内容からして、敵の負召士連中は、捧晴君も捕まえに来る可能性がある。いくら実力があるとはいえ、捧晴君を庇いながら救出しに行くのは難しい筈だ。
相手には結星さんの顔が割れているから、すぐに対策取られて対応されるかもしれない。けど俺は傍から見れば『森に置いてきぼりされた子供』として、そこまで警戒されない筈だ。万が一ばれたとしても、俺が一体どんな能力を使うか、きっとわからないだろう。
そう考えると、俺一人で助けに行った方がいい。
俺は捧晴君に背を向けて、ガラガラと音をたてて玄関を開ける。
「もし、君のお姉さんが助けに行ったとして、死んだらどうするの」
質問に対し捧晴君は、大声で否定した。
「姉様が死ぬなんて絶対ありえない! だって姉様は強くて、どんな悪い奴もやっつけられるんだから」
「絶対はないんだよ! 君のお兄さんを盾に手出しできない状態になって、殺されてしまうことだってある。簡単に絶対って言葉を口にするな。後悔するのは、君なんだぞ」
絶対なんてないんだ。特にこの世界において、作中最強と謳われていた主人公の師匠は『絶対に勝つよ』と勝利宣言したが、それでも死んでしまった。主人公も『絶対に護るから』と言った幼馴染を、助けることが叶わなかった。まるで『絶対』という言葉がトリガーのように、叶うことなく悉く否定されている。
俺は知っている…幻祓で闇落ちした捧晴君は『僕のこの手で、世界を救済して見せる……絶対に』と言って、世界を救うどころか自分自身を滅ぼしてしまい、親友に絶望を捧げて死ぬと言うことを。
確かに結星さんは強いかもしれない。けど絶対に負けないなんてあり得ないんだ。
人は何時か負けてしまう。
力は劣り、判断が鈍り、間違った決断をしてしまうかもしれない。
今はそうじゃなくても、いつか訪れるだろう。
「俺のことは結星さんには言わないでね」
絶対と言ってしまえば、何か大切なものを失う気がして、俺は簡単に絶対を口にしちゃいけないと思っている。
ーーーーでも。
--僕が君の兄さんを、絶対に助けてみせる!
その言葉はそれは自身を縛る呪いであり、自身の心を奮い立たせる呪いでもある。
言っている事の意味が分からないと思われても仕方がない。けど口にせず心の中で、決意表明として思うことは、少しは許されるだろう。口にしてしまえば叶わなかった時の絶望と、期待に添えられなかった時の後悔が押し寄せ、自身の首を絞めつける。
ほら、こんな言葉があるでしょーーーー口は災いの元、と。
だから言わない。それは相手の為でもあり、自身の為でもある。
俺は捧晴君に背を向けたまま、繋家の敷地内から出て行った。その間捧晴君は何も言わず、ただ俺の背中を見つめるだけだった。
繋家から出て少し離れた場所まで来て、後ろを振り返って後をつけられていないことを確認してから、俺は両腕を上げて詠唱する。
『正と負、生と死、その全てが零に帰す。我が血と繋がれ、我が手足となり従属せよ。さすれば我が魂は契の鎖に縛られ、主として役目を果たすことを誓う。血盟を交わした今この時、我が言葉を聞き届け応召し、御姿を顕現させよーー水月、緋陽!』
詠唱と共に両手に刻まれた法陣が輝きを放ち、両手の指先から唐突に切れて、鮮血が地面を濡らす。流れ落ちる血液は自我を持ったように這い回り、視線の先に両手と同じ法陣が形成されていく。
あの時と違ってそこまでの量のではないが、やはり血が無くなる感覚は慣れない。いや、慣れちゃいけないけど。けどやはり召喚する度に血を消費すると、今後彼らを召喚する時はよく考えないといけない。結星さんの言う通り彼らの力を借りる以外の、戦う術を身に付けないといけないね。その為にも、生きて救出しないと。
血液で生成された法陣はそれぞれ赤と青の光を放ち、ゆっくりと一時間前に送還した二人ーー水月と緋陽が現れる。
二人は俺を見るなり、嬉しそうに口角を上げる。
『よう、主よ。俺達の出番か?』
『今度は何を殺せばいいの?』
「召喚しといて申し訳ないけど、今回は人命救助だ」
そう言うとつまらないと露骨な様子で、彼らはそこまで血の気が多いんだなと、頭を抱えてしまった。
「君ら負幻想魔にとって、人を救うことはどうでもいいかもしれない。けど俺にとっては、今後を左右するかもしれない重要なことなんだ。悪いけど、今回も君達の力を借りてもいいかな」
二人に両腕を差し出すと、水月と緋陽はお互いの顔を見合わせてから、水月は右手で緋陽は左手で少し冷えた手で、俺の手を握り返してくれた。
『主の命とあらば、いいぜ』
『それで私達は何をすればいいの』
俺は笑顔を向ける水月と緋陽に、同じく笑顔で答える。
「捕まった人がいる場所を探すの手伝って」
勢いのまま家から出てきたけど、俺……肝心の負召士集団の根城、何処にあるかわからないんだよね。
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