ep.15 予想外の展開
無言でジッと結星さんを見つめていると、不思議そうにこちらを見つめ返す。
「どうした」
「いや、お騒がせしてすみませんでした」
「きにするな。私もたまになる」
「ご飯どうします? 食べられなさそうでしたら、明日食べられるようにとっておきますので」
座り直して結星さんと捧晴君に謝ると、特に気にした様子は無く、寧ろ俺のことを気遣ってくれた。お腹はまだ空いているが御言葉に甘えて、俺は食事を終わらせていただいた。二人が炊事場で食器を洗いに行っている間に、俺は繋捧晴の身に起きることを、記憶を頼りにノートに綴る。
繋捧晴は、家族を誰よりも大切にしていた。特に優しく愛を注いで育でてくれた姉である『繋結星』は、何を犠牲にしてでも守りたい大事な存在だった。
そんな捧晴君が確か物心が付き始めた三歳に、姉である結星さんに恨みを持つ者に攫われ、結星さんを誘い出す為の人質にされた。そしてその恨みを晴らす為に見るも無惨な殺され方をして、更には下級の負幻想魔の餌として死体を喰われてしまった。姉の死は幼い心に深い傷を負わせ、そこから心は壊れ始めた。
その後は仲間の負祓士に救出されるが、姉が自分のせいで死んだと絶望に心は沈む中で、縁を切っていた実家であり負祓士界の名家『繋一族』に引き取られる。心に闇を抱えたまま幼少期を過ごし、姉と同じ力を発現した捧晴は、一人でも多くの人を救う為に負祓士を目指した。
それが原作前半に見せた『心優しい繋捧晴先輩』だ。
その心の闇の元である死んだ姉は、今一緒に皿を片付けている繋結星さんであることに違いない。
その後捧晴君は十五歳になって負祓士訓練学校に入学し、仲間や友人に恵まれて心の闇は少しずつ晴れるが、主人公が入学したところから事件が多発する。災害級の負幻想魔に腹違いの兄が殺され、仲の良かった負祓士が負幻想魔の負の感情に心は壊され、再び心に闇を包み始める。そしてその心に付け込み、Jesterに手に落ちてしまった。
そこまで書いて俺は、今現在の捧晴君の年齢が気になった。三歳ならば近いうちに攫われる可能性がある。なんなら今日の可能性だってあるから、それを阻止することができたら、結星さんを守ることができれば捧晴君は闇堕ちすることは無い。
そうと決まればと思ったとき、同時にある思考が流れる。
いまここで捧晴君を攫われる出来事を阻止してしまったら、一体どうなってしまうのだろう。原作と違う展開にしてしまったら、本編でどれ程の影響を与えるのだろうか。
もし捧晴君が本編に関わらないモブになったら、Jesterに手を貸す人物は一人減るが、主人公の停滞した能力を伸ばす役割は、誰がするのだろう。主人公の弱点を的確に指摘して、優しく丁寧に説明しながら実践して、やっと新たな力を手に入れることができた。それを可能にしたのが、些細な変化すら見逃さない洞察力と、優しい心を持つ繋捧晴君だ。
ここで阻止してしまったら、主人公成長イベントが無くなってしまう。その目覚めた力が今後の話に大いに役立つのに、目覚めなければ主人公は最悪の場合死んでしまうかもしれない。
けど捧晴君の人生がバッドエンドになるのも、阻止したい。
だが両方の願いを叶える方法は、どうすればいいのだろうか。
頭を抱えて考えていると、炊事場で食器を片づけていた捧晴君が出てきた。
「少しは良くなりました?」
「あ、うん」
「それは良かった」
微笑みながら俺の隣に、チョコンッと座る。改めて捧晴君を見てみて思ったのが、こんなに小さい子があんなにも大きく成長するんだな…と。公式設定で捧晴君(原作登場時)の身長は、178センチとかなり高身長になると思うと、この可愛いサイズは今しか味わえないんだな。
無意識に捧晴君の頭に手を乗せて、サラサラな髪の毛を堪能しながら撫でる。突然撫でられて驚きながらも、どこか嬉しそうな様子にお兄さん嬉しいよ。
「あの、桐生さん」
「は、はい」
わぁ、初めて呼ばれた。アニメではTHE・好青年ってハキハキした話し方だけど、幼少期は若干舌足らずでたどたどしくて可愛い。
まぁ三歳くらいにしてはちゃんと言語を理解しているし、礼儀正しすぎるけど。これは親の教育が良かったのか、それとも結星さんの教育の賜物なのかな。
「姉様がご迷惑を掛けたようで、すみません」
「? 何の話かな」
「姉様の腕に怪我があったからどうしたのか聞いたのです。そしたら桐生さんが連れていた想魔を、負幻想魔と勘違いして襲ってしまったと……」
あぁあの時のことか。というか、水月吹き飛ばされたのに怪我を負わせたって、褒められたことではないけど結星さん相手に凄いな。
「その件だったらもう仲直りしているから、大丈夫だよ。こっちこそ結星さん怪我させてごめんね」
「いえ、問題が解決しているのでしたら、僕が言うことはありません」
やっぱその年でご立派過ぎませんか。俺なんて多分泣いて喚いて素直に謝ったりできなくて、親に迷惑を掛けた糞餓鬼だったと思うぞ。
そのまま立派に成長してほしいな、なんて思っていると捧晴君が指遊びするようにもじもじさせ、何か言いたげな表情を唇をむにむにさせている。
「どうかした」
「あの、このようなこと聞くのは失礼かもしれませんが、どんな感じだったんですか」
「どんな感じ?」
「姉様と喧嘩したんですよね。その…やはり姉様は御強かったですか?」
それを聞いて成程と納得した。捧晴君は姉である結星さんが大好きだから、カッコいい姉さんの勇姿を知りたいとか、この頃からめっちゃお姉ちゃん子……いや、重度のシスコンだったんだね。
あれは幻祓の第57話で連戦続きで久々の学校の昼休みに、繋捧晴と何故負祓士になったのか話をした時、姉を理由に志したと話し始めてから一人トークが始まった。これを機に繋捧晴のシスコンを露呈していった。
今は亡き姉を思うその心はあまりにも重く、もはや信仰し崇拝する教徒にすら見えた。
この回をみた一部の読者からーー。
『シスコンでなければ完璧だったんだこの男は』
『唯一の欠点がまさかのシスコン』
『優良事故物件』
『夢女死んだなWW』
『姉を想う気持ちは良いと思うけど、君は姉教を始めようとしているのかな?』
--なんて言われていたな。なんだよ優良事故物件って、面白いこと言うじゃね―かって当時は思ったな。
当時の記憶を思い出していたら、捧晴君は俺の顔を覗きこんできた。
「あの、聞かせていただけないのでしょうか?」
「あぁごめん、ちょっとボーっとしてて」
少し考え事していただけなのに『はよ姉の話聞かせろやゴラァ』みたいな圧を感じる。やっぱこの子この頃から只者じゃない、将来大物になる予感しかしない。いや、なるんだった。
一つ咳払いをしてから、結星さんと(水月が)十分にも満たない戦いの話をした。そこまで白熱した戦いでない為、物足りないだろうと思ったが、少しの話でも捧晴君は瞳を輝かせながら話を聞いていた。話の内容は結星さんの謎の術によって吹き飛ばされた水月の話なのに、ちょっとでも結星さんの出番があると、年相応に無邪気に笑って見せる。
些細な話でもこんなに喜んでもらえるとは、それ程までに姉の結星さんを慕っているんだな。
話を終えた頃には捧晴君は、頬を赤らめて興奮冷めやらぬまま、俺に『姉様トーク』を始めた。
「姉様は凄いのです! 齢十九歳にして紫閃光の異名を与えられる程、その剣さばきは目にとらえることが難しいほど早く、姿をとらえた頃には敵は倒れているのです。その実力は負祓士界に名を轟かせ、多くの負祓士の憧れと羨望の眼差しを向けていたのです」
「うん、凄いね」
災害急に匹敵するだろう水月を圧倒したんだ、凄い人だとは思ったけどガチで凄いんだな。
……もし、原作通り捧晴君を負祓士訓練学校に通わせるとしたら、結星さんを死ななければならない。でも結星さんの結末を知っていて、尚知らせず見捨てることは、俺が殺したと同義だ。
一日も満たない時間しか過ごしてないのに、俺は彼らが大切な人となっている。
漫画越しでしか見ていなかった登場人物は、俺の前で息をして、ご飯を食べて、会話をしている。そして彼らは自分の手足で動き、コロコロと表情を変えたり、喜怒哀楽を持っている。
今の彼らは作者の原稿の上で、筆で描かれた存在じゃない。俺と同じ意思を持つ人間だ。
そう、生きているんだ。
しかし、原作にはなかった行動をすることで、何か問題が生じるのではないかと不安がある。結星さんの死を無かったことにより、今後の出来事にどれ程の影響を与えるのかが分からない。
もしこの頃から捧晴君が、結星さんみたいな負祓士を志していたのなら、何の問題もなくその死を阻止したい。俺は全ての登場人物には、幸せになってほしい。その幸せの形は様々だけど、大切な人の死によって招かれる誰かの不幸は、俺は出来るのならば阻止したい。
可能ならば、原作を捻じ曲げてでも救いたい。
大切な人達と笑い合える当たり前な日々を、守りたい。
不浄と幻影の負祓士にあってほしかった、最高の大団円を!
拳を握りしめながら考え事をする俺に、捧晴君は何かを感じとったのか、穏やかな表情でぽつぽつと語り始める。
「姉様はお強い人で、僕の憧れだ。姉様みたいに強く勇ましき負祓士になりたいと、何度も思った。でも僕は、姉様にはなれない。負祓士としての、才能が無いから」
突然語られた内容に、驚きのあまり勢いよく捧晴君に向けて顔をあげた。
何を言っているんだと思った。だって原作の彼は、かなり実力を持つ負祓士と引けを取らない程、負祓士としての才能があった。それこそ捧晴君が言った強く勇ましき負祓士と、呼ばれる程の実力者だ。
そう、まるで結星さんのような……。
なのに彼は何故、才能がないと言ったのだろう。
その疑問に答えるように、捧晴君はぎこちなく微笑みながら話を続ける。
「兄様が言ったのです、お前には才能がないと。負祓士として戦うには、技量不足だと」
「そ、うなんだ……」
捧晴君のお兄さんと言うことは、未だ帰ってきていない結星さんの言っていた弟さんのことかな。というか、三歳なんだから才能以前に、戦える力や技術に体力が無いのは当たり前だ。
……でもあれ、捧晴君が本家繋家に引き取られてた頃には、かなり戦える力があったような。
「でもね、兄様は言ったんです。それでも負祓士を志すなら、姉様のようになりたいと思うな。きっと心が壊れる、お前がお前でなくなってしまう」
その言葉に俺は驚愕してしまった。だってそれは、幻祓に登場していた結星さんに憧れてなった捧晴君を、心が壊れて闇堕ちしてしまった捧晴君を知っているような。
幻祓では捧晴君のお兄さんは、死んだという描写しかなかった。だからどんな人なのか知らないけど、少なくとも捧晴君を想っての言葉なのはわかる。
「なんでそんなことを言われたのか、その意図はわからなかった。けど兄さんなりの、優しいアドバイスなんだと思うの。だから姉様とは違う戦い方が無いか、僕なりに最近勉強してるんだ。今はまだその結果は出てないけど、いつか姉様や兄さんの隣に立てるような、強く立派な負祓士になれるよう頑張っているんだ」
その言葉の端々から伝わってくる熱意、瞳に宿る強い決意、曇っていた表情は今では凛々しい。その姿を見て、原作では見せなかった決意がみなぎった幼き少年に思わず感嘆した。
闇堕ちする以前から、捧晴君は姉である結星さんに対し、重度の依存性を見せていた。多分結星さんのような強く勇ましき負祓士になろうと、かなりのストレスを抱えていたんだろう。
憧れから崇拝に、崇拝から依存に、依存から破滅。
幻祓でも感じられる真面目で責任感が強く、何に対しても完璧主義な所。そして自己肯定感の低さ。その全ての要因が『結星さんの死』から来るものだろう。そこから結星さんと同じ能力を発現させたことから『結星さんのようにならなければ』と、自分の言動全て鎖に縛られたように、居心地が悪かっただろう。
もしかしてだけどお兄さんは、捧晴君の姉へ対する激重感情を察して、姉のようになるなと陳述したのだろう。この先起りえるかもしれない未来を見据えてーー。
お兄さんすみません、貴方のその慧眼御見それしました。多分この後会うだろうから、お礼の一言でも言うべきかな。そういえば、そのお兄さんの名前ってなんて言うのか聞いてなかったな。丁度となりに捧晴君がいるので、聞いてみることにした。
「ところで、捧晴君のお兄さんって、何てお名前なの?」
「名前? えっとねーー」
刹那、格子窓の隙間を縫って何かが飛んできて、俺の頬を掠り壁に刺さった。突然のことに唖然としてしまったが、壁に突き刺さった物が何か、ギギギッと錆びて動きの鈍いブリキのように首を横に動かす。
刺さっていたモノは鳥の形をした折り紙で、嘴部分が見事に刺さっており、俺は少し力を込めて引き抜く。てっきり弓矢か何かと思ったけど、まさかの折り紙にちょっと驚く。しかもよく見ると薄黄色の靄が纏っており、まるで結星さんの扱っていた紫の靄に近しい何かを感じる。
ジッと見つめていると、捧晴君は俺から折り紙を奪い取り、それを見つめてから徐々に顔色が悪くなっていく。
その口から放たれた予想外の言葉に、俺は言葉を失った。同時にこう思った。
「この慈力、兄様のだ」
原作と違う展開だーーと。
読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字等ございましたら、ご報告して下さると大変ありがたいです。
コメント大歓迎ですが、誹謗中傷はお控えください。




