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ep.14  繋家・後編

 ただの1階建ての古民家かと思ったが、想像以上に江戸時代と勘違いしそうになる程、前近代的で驚いた。階段の代わりに梯子が天井から伸びており、照明も電球から放たれる光ではなく、淡く温かみのある光を放つ蝋燭の炎が、この家の中を優しく照らしていた。

 廊下には何枚もお札が張られており、札から薄紫の靄が纏っており、中には靄を纏っていない焦げてる札や破れているのもある。これって効果を失くしたからあんなにボロボロなのかな。そもそもこのお札は一体何用のお札なんだろう。怪異や幽霊を近づけない為のモノ化、それとも負祓士だから負幻想魔対策用の、特殊なお札かもしれない。もしあのまま水月と緋陽を送還詠唱しなかったら、祓われて消えてたのかな。

 リビングと思われる場所は囲炉裏の焚火が部屋を照らし、自在鉤に吊るされた鍋釜から、ぐつぐつと何かが煮込まれている。部屋に漂う鼻を擽り胃を刺激する良い香りに、口に中が涎で一杯になりそうだ。香りからして味噌煮込み的な何かな。お昼から何も食べてないから、クルルルッとお腹が空いて鳴る。

 結星さんが胡坐をかいて座り、俺は囲炉裏をクルッ回って通り、結星さんの向かい側に座った。その間炊事場から聞こえるだろう何かを切る音が、静寂だったこの家に響き渡る。

 何かするべきだろうかと立とうとするが、先に結星さんが立ち上がって、夕飯の支度をしている捧晴の手伝いへと向かった。炊事場から聞こえてくる穏やかな会話に、大人しくしていようと背筋を伸ばし姿勢を正す。

 やることないかなと考え、俺は鞄に入っていたもう一冊のノートを手に取り、今日あった出来事を鉛筆で綴っていく。

 『不浄と幻影の負祓士』の世界に来たと思ったら、原作では登場しない自身のオリジナルキャラ『桐生智也』の体に、白馬優(おれ)の魂か精神が宿った。死んで転生してその先が桐生智也になったなら納得できるけど、過労死や毒殺に自殺等してないから、どうして俺がこの世界に来たのかわからない。

 でも確かなのは俺が今いる世界は、幻祓で間違いないと言うことだ。

 この世界に来て桐生智也の家族である父親と母親、そして姉の和奏がいる。親戚に父方の祖父祖母、そして昭英叔父さん。

 ここが幻祓の世界だと理解した決定的なコト、それは普通の人間には視認することができない『負幻想魔』の存在を認識。その存在は原作通り負の源であり生み出した人間に憑りつき、操り感情のままに暴れさせた。

 窮地に陥りそうになったその時、俺の特殊詠唱によって召喚されたのは想魔ではなく、二体の負幻想魔である『水月』と『緋陽』だ。俺が気を失っている間に倒してくれたけど、性格は若干難ありで能力は今のところ計り知れない。けれど友好的で頼もしい存在で、俺に力を貸してくれる意志も感じられる。

 その後負祓士と思われる繋結星さんと出会う。最初こちらに敵意剥き出しで、水月を吹き飛ばす程の実力者だ。あの時のことを思い返せば俺を護る為の行動で、あの場にいた誰も悪いわけではない。

 水月と緋陽の契約者として説得して、渋々と言った感じだったが納得してくれて、いま結星さんの家に招かれた。

 ここまで書いて思ったことが、この世界に来て一日目にしては、かなり濃厚な一日だなと思った。よく見る異世界転生・転移系の作品でも、もう少し穏やかなのではと思った。

 なんて思っていると炊事場から結星さんが、長い棒に刺さった魚を乗せた皿を持って戻ってきた。魚の腹は裂かれており、臓物らしき物が無いから取り除いたのだろう。

 結星さんは鍋釜を囲う様に魚を次々と刺していき、バチバチと音が鳴りながら魚から芳ばしい香りがする。原子焼きってやつだよね、今まで生きてきた中で初めて目にしたな。しかしこれでちゃんと焼けるのかな。

 ジッと見つめていると結星さんは、ニコッと笑いながら俺の隣に座った。

「腹を空いているだろうが、少し待ってくれ」

「あ、はい」

「それにしても、アイツは何時帰って来るんだろうな」 

 カリカリとした様子で格子窓の外を見ているが、声は心配しているからとても穏やかだ。

「アイツとは?」

「弟だ。まぁ半分私の弟子みたいなもんだが」

「捧晴くん以外にも御兄弟がいたんですね」

「あぁ、丁度君と同じくらいだと思う。そういえば幾つなんだ?」

 そう問われて初めて、自分の年齢が幾つなのだろうと疑問を抱いた。姉さんが中学受験するって言っていたから、それより下と考えると十歳くらいかな。

「多分、十歳?」

「多分?」

「えっと、忘れてしまいまして……」

「そのノートに5の3と書いてあるが、まぁだいたいそれくらいか」

 その言葉に俺は初めてノートに学年クラスの数字に気がつき、俺って五年生なんだと知った。と言うことは俺って、姉さんが産まれたすぐに妊娠して生まれたって事か? 親は御盛んだなと、他人事のように思考を放棄した。

「そうか、ならアイツと同い年か」

「その、アイツとは?」

「帰ってから紹介する。今は夕飯をいただこうではないか」

 少し話をしている間に、捧晴君が人数分の木製の底の深い器に、鍋釜から掬い取った味噌雑炊を注ぐ。よく見たら味噌の味が染みているだろう半熟卵が入っており、これは絶対に美味しいだろうと視線が釘つけになる。

 そんな俺を見て捧晴君はお姉さんに似て朗らかな笑みで、味噌雑炊(半熟卵入り)の入った器を差し出した。受け取って雑炊の香りに、再びクルルッと腹の音が鳴る。

 器を受け取ってから木製の匙を取り、トロッと湯気の立つ雑炊を掬い上げ、火傷しないよう少し冷ましてから一口。口に入れた瞬間優しい味噌の味と、くったりと煮込まれた野菜の旨味の染みたご飯が、とてつもなくマッチして滅茶苦茶美味い。

 あまりの美味しさに言葉に出来ない感情が湧き出て、変な泣き声みたいな声が漏れる。そんな俺を見て結星さんとクスリと笑い、捧晴君は俺の器にもう一杯雑炊を入れてきた。嬉しいけど食べ切れる気がせず、口に含んでいたモノを飲み込んでから大丈夫と言う前に、目の前にこんがりと焼かれた魚を差し出された。切り口から流れ溢れ出る魚汁に、思わず口の端から涎が出そうになるが、飲み込んで差し出してきた結星さんを見上げる。

「あの……」

「腹が空いているのだろう。まだまだあるから沢山食えよ」

 笑顔の圧に俺は頷くことしか出来ず、焼き魚を受け取って齧り付くと、噛んだところから魚の旨味たっぷりの汁が溢れる。更にシンプルな塩の味付けなのに、逆にそれが魚の旨味を引き出し、小骨を気にしなければ今まで食べてきた魚料理トップ10にランクインするほど美味い。ちなみに一位はマグロの漬け丼。

「君は本当に美味しそうに食べるな。今までまともな食事食べていなかったような」

「お腹すいていたので……」

「ーーアイツも君みたいに、美味そうに食べて欲しいものだ」

「弟さんですか?」

「あぁ。にしても、アイツは何時帰って来るんだ。今日の修行サボって何処かへ行きやがって」

 先程とは変わって何処か苛立っており、焼き魚も乱暴に噛み千切る。捧晴君は良い子だけど、もう一人の同い年だろう弟さんは、一体どんな人なんだろう。

 結星さんと捧晴君を混ぜたような人かと、雰囲気は捧晴君似で性格は結星さんみたいかなと、勝手に人物像を想像をする。魚を食べながら前世の記憶を思い出す。

 以前Ⅴwitterで俺と同じように『原作に登場しそう』と、騒がれていた絵師さんがいたことを思い出す。その中に『繋先輩の親族だろ』って言われていた人いたなーっと、前世? の記憶に浸る。




 --ん? 繋先輩??




 脳内に前世の情報が流れ出し、本を捲るように主人公周辺の登場人物の情報の中で、ある人物のページに止まる。

 口に含んでいた魚が気管に入ってしまい、噎せてしまい顔を勢い横に向けて咳き込む。

「大丈夫かい!? 飲み物を持ってくる!」

 突然激しく咳き込む俺に結星さんは、炊事場へと走って行った。捧晴君は俺の傍に来て、背中を優しく撫でてくれた。その優しさに感動する暇もなく、俺はずっと抱えていた違和感の正体が、繋捧晴(かれ)のことだとやっと理解した。


 主人公の一つ上の先輩であり、主人公の能力開花の手助けをしてくれる良き先輩。負の感情が渦巻く業界で数少ない根明で、下級生から上級生や先輩に同業者と、数多くの人達に好かれている。


 同級生から『一番この業界に向かないが、誰よりも受け止める器がデカい』

 先輩から『背中を預けていいくらい、他の奴より実力のある奴』

 主人公と他の下級生から『尊敬できて頼もしい先輩』

 幻祓の読者から『なんでこんなに良い子が、この業界で戦っているんだろう』


 前半の作中出番は少なかったが周囲からの評価はかなり高く、『第一回幻祓人気キャラクター投票』では、第7位にランクインするほど人気を得ていた。そこから後半にかけて登場する回数が増えた。


 そう……『Jester』の計画に加担する人物として。


 当時裏切り者として登場した際、多くの読者にかなりの衝撃を与えた。

 そのシーンは裏切り者を炙り出さしている中、突如現れたJesterに呼ばれて、隣に立った繋捧晴に向けて主人公は問うた。何故裏切ったのかと。その問いに対し……。


『これ以上、仲間が苦しむ様を見たくない。負の感情にやられて倒れる仲間を救う為に、僕はJester様に忠誠を捧げたんだ。多くの負祓士を犠牲に成り立つ世界なんて、何の意味があるの?』


 今にも泣きそうな悲痛に歪む表情ったら、主人公含め多くの読者が心を抉られたであろう。その読者に俺も含まれる。当時その話を呼んだ時、涙で視界が歪み鼻水も大量に出た。そのおかげでティッシュ半分以上消費した。

 優しくエンパス気味な人だったから、傷つく仲間を見ていられなかったのだろう。その心に付け込んでJesterに利用され、最期は繋捧晴の同級生であり親友の手によって、人生の幕を閉じられた。

 正直生きて欲しかったけど、やってきた罪の大きさを考えたら、死ぬ以外償いきれなかっただろう。生きていても、悲惨な扱いは免れないだろう。まぁ最終回とんでもなく悲惨だったから、死んでも生きていても地獄だったろう。

 その繋捧晴が今、俺の目の前にいる。

「大丈夫ですか?」

「う、うん……ありがとう」

「そう、でも無理はしないでね」

 この頃からとても優しい心の持ち主なんだね。本当に、死んでほしくない。もしJesterに加担しなければ、心を病ますことが無ければ、その原因の一つでも取り除くことができれば……。

 そう、捧晴君が心を病ませた原因はーー。

「水を持ってきたぞ」

「姉さん、ありがとう」

 水を持ってやってきた結星さんは、俺に水の入った木製のコップを差し出し、心配そうに顔を覗きこむ。ありがたくその水を受け取り、ゆっくりと喉に水を流し込み、ゆっくりと息を吐き出す。

 あぁ、そうだ思い出した。捧晴君の心に暗闇を落とす要因は身内の死、そう……結星さんの死だ。

読んでいただき、ありがとうございます。

誤字脱字等ございましたら、ご報告して下さると大変ありがたいです。

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