ep.12 ローブを纏いし襲撃者
その人亡霊のような真っ黒のボロボロのマントを纏っており、フードを深く被っているから表情が見えない。マントの隙間からキラリと、何かに反射して光っているように見える物を持っている。
一体何者なんだろうと声を掛けようとすると、一瞬頬が熱いと感じた。それはつい最近、叔父さんと負幻想魔と戦った時に感じたものと同じだ。ソッと頬に手を当てると、ぬちゃっと湿った何かに触れて、見てみるとそれはさっき見たモノと同じーー血だ。
後ろを振り返ると、さっきと同じ薄紫色の靄を纏った投擲武器が、地面に刺さっていた。
あれの持ち主は、あの亡霊みたいな人のか。なんで俺に武器を投げてきたんだ、何をしたってんだ。俺は沸き立つ恐怖を抑え込みながら、生まれたての小鹿のように震える足を鞭打って、ゆっくりと立って視線の先に立つ人物に問いかける。
「どこのどなたか知りませんが、いきなりなんですか!」
そう言葉を投げたが、答えは返ってこない。応える気はないって事か。もう一度問いかけようとするが、その前に緋陽が俺を抱き上げる。突然のことに驚いていると、緋陽は俺を抱えて歩いてきた方向に飛んで戻る。
水月はその場に残って何か呪文を詠唱しており、緋陽は振り返ることなく真っ直ぐ森林の中駆けていく。止めるよう促す前に、緋陽が言葉を遮った。
『水月なら大丈夫です。人間に簡単にやられる程、軟ではありません。それより今は貴方を安全な元へ。今ここで貴方がやられてしまえば、私達も共に道連れですわ』
それはどういう意味なのかと問う前に、さっきいた場所から爆発音が鳴り響くと同時に、水月が俺と緋陽を追い越す勢いで飛んできた。水月は空中でくるっと回転して、綺麗に着地して見せる。
吹き飛んできて無事かと、緋陽から身を乗り出して様子を伺う。水月の身体のあちこちから、溶け消えて蒸発したような、煙のようなモノが出ている。心なしか顔色も悪く、あのローブの人に何かやられたのだろうか。
心配していると水月の足元に青白く光る法陣が出現し、俺と水月と緋陽を覆うように、薄い結界が張られる。水月が負っていた傷は少しずつ塞がっていき、顔色も多少良くなってはいる。しかし万全とは言えない様子に、俺は緋陽に降ろすよう地面を指せば、渋々とゆっくりと足から降ろしてくれた。
そのまま膝をついて息を整える水月に寄る。
「水月。大丈夫?」
『ちーとばかしヤバいかな。力が上手く出せないというか、制御ができない』
自身の手を見つめ自身の状態がどうなっているのか、水月は今理解したのだろう。チラリと俺をみて、ワシャワシャと頭を少し乱暴に撫でてきた。
『緋陽よ、済まぬが手を貸してはくれぬか』
『主はどうするのよ。私の足じゃなければ、ここから逃げ出すことは』
「負幻想魔のクセに、コミュニケーションが取れるのね」
遠くにいた筈のローブを纏った謎の人が、一メートルも満たない距離に、見下ろすように俺と水月に緋陽を冷めた眼差しを向ける。声からして妙齢の女性だが、ヒシヒシと感じるこの威圧感は、只者とは思えない。
そもそも一体いつからそこにいたのだろう。水月と緋陽が少ししたこの短時間で、どうやってここまで距離を詰めたのだろう。
そしてさっきの爆発音と、あの強そうな水月をも吹き飛ばす威力。そして通常体質には見えない負幻想魔の視認と、怪我を負わする謎の力。……まさか。
「水月! 緋陽! 逃げて!」
頭より体が動いて咄嗟に、水月と緋陽を守ろうと身を乗り出した。守ることなんて到底できないだろう頼りない小さなカラダなりに、一杯に両腕を広げて水月と緋陽を庇う。
『『主!!』』
「主? この負幻想魔の主と言うことか、少年」
「そうだといったら? 僕を殺しますか、負祓士のお姉さん」
震える声でそう呼ぶと、フードの隙間から覗いて見える赤い瞳が、獲物を狙う猛獣の眼のように俺を睨む。
やはりこの人、負祓士だったのか。そりゃこちら側が何をしなくても、いつか人間に害を成すかもしれない存在を、野放しにする筈がない。それを使役しているだろう俺も、簡単に見逃してもらえないだろう。
すると負祓士は腰からスラリと鈍色に輝る刀を抜き取り、勢いよく俺の喉元に突きつける。一歩でも動けば殺すと言わんばかりの、気迫を肌にビリビリ感じる。それ以上に、俺に対してではなく水月と緋陽に対する尋常ない殺意が凄まじい。
まぁそうだよね、負祓士とは負幻想魔を殲滅し、人々に安心して生活して貰う為に戦う。その排除すべき存在が目の前にいるのに、俺が止めちゃってるから。
「少年、君はあの化物がどういう存在か、わからないだろう。教えてあげよう、奴らは我々の奥に眠る負の感情を利用して、この世界を破滅に誘おうとする化物だ」
「はい、存じ上げてます」
あっさりと答えると、口元を歪ませ歯を食いしばり、負祓士は食ってかかってくる。
「君は奴らに洗脳されているのだ。心の弱さに付け込み、奴らの主だと思わされ、利用されているのだ。そういう存在だ」
「いえ、どちらかといえば俺が利用してます。召喚したのも、俺なので」
負祓士は更に言葉を続けようとしたが、俺の言ったことに意味が解らんと言いたげな表情をしてそう。フード被っているから顔は見えないけど。
「しょう、かん? 負幻想魔を? 想魔ではなくて??」
「言いたいことはわかります。説明させていいでしょうか」
まだ何か言いたげな負祓士は強く柄を握っていたが、俺に突きつけていた刀を鞘に納めてくれた。少しは話を聞いてくれそうで、強張っていたのだろう体と肩の力が抜けて、安堵の息をホッと吐く。
負祓士は被っていたフードを外し、隠していた素顔を見せてくれた。
太陽に反射した海面のように美しい碧のショートボブ、釣り上がった琥珀のような瞳、誰もが見蕩れるだろう整った顔立ちの美女。何処か見たことある顔だなとマジマジといていると、訝しげに早く話せと訴えるように、眼差しで殺せそうな鋭い眼光を向けられる。美人が怒ると怖いと聞くが、睨まれるだけでもかなり怖いな。
なんて思いながらも、俺は少し前に起きた叔父さんと負幻想魔都の戦闘。召喚で想魔を呼びだそうとしたが、手違いで負幻想魔である彼らを呼んだこと。そして彼らと魂の契約をしている事と、俺に対してかなり友好的であることを、話せること全て話した。
話をしている間の負祓士は、真剣な眼差しで俺の話に耳を傾けてくれた。もし俺の話していることが出鱈目で何一つ真実でなく、それこそ負幻想魔に話させていると思わないのだろうか。まぁ嘘はついてはいないし、ちゃんと聞いてくれているって事は、多少此方を信用してくれていると思っていいのだろうか。
俺が話せること全て話し終えると、負祓士は顎に手を当てて、何か考え事を始めた。逃げる意思はないと示す為に、俺はその場に座って水月と緋陽も何もしない様に、俺の思考が読めるだろうからそこで支持をした。念でそう伝えると水月と緋陽は、お互いの顔を見合わせてから、大人しくその場に座った。
それを見た負祓士は驚いた様子で見て、小さく『成程』と何か納得した様子だ。
考えがまとまったのだろう、負祓士は俺の目線に合わせるように、その場にしゃがんだ。
「信じられない話だが、嘘ではないようだな。しかしこの幼子が、負幻想魔を……」
「さっきも話したけど、俺の手順違いでアイツらを召喚した。俺が死ねば自由になるが、ある意味想魔と変わらない働きをしてくれている。現に貴方や俺は襲われない。信じられないなら、俺を殺そうとすればいい。勝てる自信があるなら」
負祓士は俺の表情を見てから、後ろに大人しく座る水月と緋陽を睨む。
勝てるなら殺そうとすればいいと言ったけど、さっきまで危機的状況に陥っていたから、勝算があるのかと言われると微妙だな。
負祓士はローブの中から、薄紫の靄を纏った札を見せ、俺の額にペタッとくっつける。何させられてるんだろう、なんかキョンシーにされた気分。大人しくされるがまにさせてると、札を張られたまま話を続けられる。
「もう一度聞く。操られていないんだな」
「ない、絶対に」
断言すると負祓士は俺の額に着いた札を見て、残念そうに溜息を吐いている。なんだよ、何が不満なんだよ。
「……信じざるを得ないね。貴方とその後ろにいる化物を」
「そりゃどうも」
負祓士は俺の額に貼っていた肌を取り、再びローブの中へとしまった。一体なんだったんだろう、あれかな、嘘発見器的な役割を持つ特殊なお札なのかな。何はともあれ俺達が危険な存在でないことを証明できたし、なんでもいいや。
後ろを振り返り大人しく座る水月と緋陽に笑って見せれば、二人はどこか嬉しそうに親指を立てる。
そのやり取りを見た負祓士は、相変わらず水月と緋陽を睨み続ける。
「それで、君はここからどうするのだ?
「記憶を頼りに祖父祖母の家に向かおうと思ってます。実家よりは近いですし、何より叔父さんをどう説明すればいいのかわからないので」
叔父さんがとんでもない人で化物になったから逃げてきたと言ったところで、父さん達からしたら非現実的で精神がおかしいのではないかと、病院に連れて行かれる気がする。姉さんは叔父さんが危険人物って理解してると思うから、両親よりは信じてくれる筈。だが子供が大人からどうやって逃げたのかと、要らないことまで説明するから、そこら辺理解してもらえるのは難しいだろうな。
そう考えたら祖父祖母の所に行っても同じか。でも水月と緋陽が守ってくれると言っても、ここにいたらいずれ餓死してしまう。行く当てがないと思うと、今後どうすればいいのだろうか。
腕を組んで今後の方針を考えていると、負祓士が俺に手を差し伸べてきた。
「君が良ければ、うちに来るか?」
「え、いいんですか?」
「正直にいえば、そこにいる負幻想魔を連れて行くのは非常に腹立たしいが、害がなければ想魔という扱いはしてやる。しかし、少しでも妙な動きをしたら、その時は容赦しない」
信じるしかないと言ったくせに、頑固な奴だな。でもここでご厚意を無下にしたら、路頭に迷う未来しかない。これも生き延びる為だと、その申し出を受け入れた。
「暫くの間ですが、お世話になります。そういえば、自己紹介がまだでしたね。俺は桐生智也と申します」
「君、やけに大人びているな。まぁいい。私は繋結星だ。少し遠いが、歩いていける距離だ。案内しよう」
ローブを翻し、背を向けて森林の先を進んで行く。この先に居宅があると言うことか。一体どんなところなのだろうと、少しワクワクと胸を躍らせながら後を追って行く。
それにしても繋……か。どっかで聞いたことのある名前だなぁ。
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