008
鋭い閃光が夜闇を切り裂いた。
黒鎧の男の剣が一直線に振り下ろされる。その一撃は、まるで周囲の空気すら断ち切るかのような鋭さだった。
「くそっ!」
蓮が再び剣を構え、渾身の力で受け止める。しかし、衝撃の余波に耐えきれず、蓮の足が石畳を擦るように後退する。
「力が桁違いだ……!」
蓮が歯を食いしばる。相手の剣筋は重く、それでいて異様なほど精確だった。経験豊富な剣士であることは明らかだったが、ただの武士ではない——それは誰の目にも明らかだった。
「このままじゃ押し切られる……!」
和真が焦りを覚える中、玲奈が素早く周囲を見渡し、ある決断を下した。
「和真くん、蓮さん、この場は退くしかないわ!」
「でも……!」
「今は勝てない! まずは生き延びることを優先しましょう!」
玲奈の言葉に、和真は唇を噛む。だが、確かにこのまま戦っても勝ち目は薄い。今は状況を整理し、体勢を立て直すしかない。
「分かった……蓮、撤退するぞ!」
「チッ……仕方ねえ」
蓮は短く吐き捨てると、玲奈が示した小道へと後退する。
「逃がすと思うか?」
黒鎧の男が冷ややかに呟き、すぐに追撃の構えを取る。しかし——
「今よ!」
玲奈が懐から小さな布袋を取り出し、勢いよく地面に叩きつけた。
次の瞬間、眩い閃光が辺りを包み込む。
「目くらまし……!」
和真は即座に理解した。玲奈はこの時代に適応しながらも、宮廷の策略の一端を身につけていたのだろう。黒鎧の男が視界を奪われた隙を突き、三人は一気に駆け出した。
背後で鋭い声が響く。
「逃げるか……だが、次は容赦せん」
男の言葉が静かに夜闇へと消えていく。
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三人は必死に駆け抜け、やがて都の外れにある竹林へと身を隠した。
荒い息を整えながら、和真は蓮を振り返る。
「お前、大丈夫か?」
「……肩はやられたが、まだ動ける」
蓮は傷口を押さえながらも、平然とした様子だった。だが、鮮血が衣服にじわりと広がっている。
「とにかく、これ以上深追いされる前に移動しましょう」
玲奈が冷静に提案する。彼女の目には、不安と決意が入り混じっていた。
「それにしても……あの男、一体何者なんだ?」
和真が疑問を口にすると、玲奈がわずかに視線を落とした。
「おそらく……この時代における『異邦人』の一人でしょう」
「やっぱり……!」
「でも、なぜ彼は敵として私たちを狙っているのか……それが分からない」
玲奈は静かに首を振る。
「何か理由があるはずよ。彼は私たちがこの時代に来たことを知っていた……まるで、最初から待ち構えていたみたいに」
「……つまり、俺たちの存在がすでに知られていた可能性があるってことか」
「ええ」
玲奈の言葉に、和真はますます不安を覚えた。自分たちの転移は偶然ではなく、何らかの意図があったのかもしれない——。
「とにかく、一度安全な場所で考えよう」
蓮が重い口を開く。
「俺が知っている場所がある。そこへ向かえば、しばらくは身を隠せるはずだ」
「分かった。そこへ行こう」
和真と玲奈は蓮の後に続く。
だが、彼らはまだ知らなかった。
この出会いこそが、この時代に隠された大いなる秘密の扉を開く鍵となることを——。




