024
僧の指し示す方向へ進んだ先には、北の地にあるという大寺院がそびえていた。
その寺院は、どっしりとした石造りの門を構え、長い歴史を物語るように苔むしている。門の先には広い境内が広がり、多くの僧侶たちが行き交っている様子が見えた。和真たちは慎重にその門をくぐり、寺院の中へと足を踏み入れた。
「すごいな……こんな大きな寺院がこんな場所に」
和真が目を見張りながら呟いた。
「ここは、この地で最も古い寺院の一つだと聞いているわ。神子にまつわる伝承も多く伝えられている場所よ」
玲奈が解説する。彼女の言葉に蓮も頷きながら辺りを見回した。
「ここの僧侶たちが“言霊の巻”を保管しているはずだな。もしその巻物を見せてもらえれば、道標に刻まれた古代文字の解読ができる」
「問題は、それをどうやって借りるか、だな」
蓮が言い、三人は目立たぬように本堂の奥へと進む。そこには数人の僧が集まり、静かに経を唱えていた。
「……あの、すみません」
玲奈が勇気を出して話しかけると、一人の僧が振り返った。
「何用であられますか?」
僧の声は穏やかだが、その視線は彼らをじっと見据えている。
「私たちは、神子に関する伝承を調べている者です。この寺院にある“言霊の巻”を拝見させていただきたいのですが……」
玲奈が頭を下げる。僧は彼女の態度を見てしばらく考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。
「分かりました。ただし、この巻物は非常に貴重なもので、軽々しく触れることは許されません。私が案内しますので、ついて来てください」
僧は三人を本堂の奥へと導く。そこには厚い扉で守られた書庫があり、扉を開けると、中には数多くの古い巻物や書籍が並んでいた。
「これが……」
和真が息を呑む。僧が棚の中から一本の巻物を取り出し、慎重にその表面を撫でるようにして広げた。
それは、古代の文字でびっしりと書かれた巻物だった。和真たちは巻物の内容に目を凝らし、道標の文字を解読するための鍵となる一節を探し始めた。
「ここにあるわ」
玲奈が指差した部分には、道標に刻まれていた文字と同じ形が並んでいた。
「これで、道標の文字の意味が分かる」
玲奈が慎重に言葉を選びながら解読を始める。その内容を読み進めるにつれ、三人の表情は次第に緊張感を帯びていった。
「どうだ、分かるのか?」
蓮が気を揉むように聞くと、玲奈は真剣な表情で答えた。
「これは……次の時の鍵の場所を示しているようね」
「次の鍵はどこにある?」
和真が前のめりになって尋ねる。
「この巻物によると……次の鍵は“黄昏の聖域”と呼ばれる場所に隠されているみたい」
「黄昏の聖域……?」
和真がその名前に眉をひそめる。
「黄昏の災厄に関する話を聞いたときにも、その名が出てきたな」
蓮が補足する。
「それって、災厄が生まれる場所なのか?」
「正確には分からない。でも、そこに次の時の鍵があるのは間違いなさそうね」
玲奈がそう言うと、僧も静かに頷いた。
「黄昏の聖域は、古の時代から封じられた場所として知られています。そこに足を踏み入れることは危険を伴いますが、もしお主たちが本当に鍵を求めているのなら、行く価値はあるでしょう」
「危険……」
和真は僅かに表情を曇らせた。
「でも、行くしかない」
蓮がきっぱりと言い放つ。
「次の鍵を見つけなきゃ、どうにもならないんだからな」
「そうね」
玲奈も頷く。
「この先何が待っているにせよ、進むしかないわ」
和真も彼らの言葉に静かに同意し、懐中時計を握りしめた。
「分かった。黄昏の聖域へ行こう」
三人は、僧への感謝の言葉を告げ、大寺院を後にした。
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寺院を出た三人の足取りは、今まで以上に確かだった。
彼らは次の鍵、そしてこの世界における自分たちの役割を見極めるため、さらに深くこの地を探索する決意を新たにした。
黄昏の聖域へ向かう旅路が、彼らの運命をどう変えていくのか——それは、まだ誰にも分からない。
ただ、和真の懐中時計の光が、彼らの進むべき道を静かに示しているように感じられた。
新たな目的地を胸に抱き、三人は北の地へと再び歩き出した。