023
村を後にし、三人は北の森へ向かって歩き出した。
夜明けが近づいていたが、空にはまだ薄暗さが残り、冷たい風が肌を撫でていた。
「本当にこんな森の奥に“神子の道標”があるのか?」
和真が歩きながら尋ねる。
「確証はない」
蓮が肩をすくめる。
「でも、これまでの情報からしても、神子にまつわる手掛かりは残されている可能性が高い」
「ええ。もしそれが見つかれば、次の“時の鍵”の場所が分かるかもしれない」
玲奈も慎重に付け加える。
和真は懐中時計を握りしめながら、視線を前に向けた。
(これが“時の鍵”だとしたら……他の鍵を集めれば、何かが変わるのか?)
彼の中で、答えのない問いが渦巻いていた。
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森の入り口は、薄い霧に包まれていた。
「静かだな……」
蓮が呟く。
和真も辺りを見渡すが、人の気配は全くない。聞こえるのは風が枝を揺らす音だけだった。
「どっちへ進めばいいの?」
玲奈が不安げに尋ねる。
「村の老人は、森の奥だと言っていた。とにかく進むしかない」
蓮が言い、三人は森の中へと足を踏み入れた。
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森は思った以上に深く、足元には草や落ち葉が積もり、進むたびに微かな音が響いた。
「これ、本当に道標なんて見つかるのか……?」
和真がぼやく。
「道標と言われているが、実際にどんな形をしているのかも分からない」
玲奈が慎重に答える。
「石碑のようなものかもしれないし、あるいは……」
その時、蓮が急に立ち止まった。
「どうした?」
和真が尋ねると、蓮は周囲を見回しながら言った。
「……誰かいる」
「誰か?」
玲奈が驚き、辺りを見渡す。
しかし、そこには三人以外の人影は見当たらなかった。
「気のせいかもしれないが……さっきからずっと視線を感じる」
「……!」
和真も慎重になり、耳を澄ませた。
かすかだが、確かに何かが動いているような音が聞こえた。
「何かいる……」
蓮が低く呟く。
次の瞬間、木々の間から影が揺らめいた。
「っ……!」
和真たちはすぐに身構える。
だが、その影は異界のものではなく、一人の人物だった。
「……旅の者か?」
現れたのは、古びた僧衣をまとった男だった。
彼の目は鋭く、まるで三人を見透かすようにじっと見つめている。
「あなたは?」
玲奈が問いかけると、男は静かに答えた。
「吾は、この森を守る僧。ここに“道標”を探しに来たのか?」
「知っているのか、その道標を」
蓮が詰め寄るように尋ねる。
僧は少し間を置いてから頷いた。
「知っておる。だが、道標を探すことは簡単ではない。それに……お主らが本当に“時の鍵”を求める者であるならば、証を見せてもらわねばならぬ」
「証……?」
和真が疑問の声を上げる。
僧は和真をじっと見つめ、そして、彼が手に持つ懐中時計に目を留めた。
「それが“時の鍵”の一つか」
「……たぶん、そうだ」
和真は正直に答えた。
僧は再び静かに頷くと、ゆっくりと身を翻し、森の奥へと歩き出した。
「ついて来い。道標へ案内してやろう」
そう言い残し、僧は森のさらに深い部分へと三人を導いた。
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森の中をしばらく進むと、突然、開けた空間に出た。
そこには、巨大な石の柱がそびえていた。
「これが……道標……?」
玲奈が驚きの声を上げる。
柱には古代文字が刻まれ、その周囲には小さな祠のようなものがいくつも並んでいた。
「これが“神子の道標”か……」
蓮も目を見張る。
和真は、懐中時計を握りしめながら柱に近づいた。
すると——
時計が再び光を放ち始めた。
「っ……!」
その光が柱全体を包み込み、古代文字が淡い輝きを帯び始めた。
「やっぱり、この時計が反応してる……」
和真は息を飲む。
その時——
僧が静かに口を開いた。
「時の鍵の力が反応しているようじゃな。次の鍵の場所が分かるかもしれぬ」
「どうすれば……?」
玲奈が僧に問いかける。
僧は柱の古代文字を指し示した。
「この文字が次の手掛かりを示しておる。解読できるか?」
三人はその文字を見つめた。
それは確かに何かの座標を示しているようだったが、詳しい意味は分からない。
「これを解読しなきゃ次に進めないってことか……?」
和真が眉を寄せる。
「解読するには……そうじゃな」
僧は少し考え、こう提案した。
「この文字の意味を知るには、さらに北の大寺院へ向かう必要がある。そこには、かつて神子が使っていた“言霊の巻”が保管されている。あれがあれば、この文字の解読が可能になる」
「大寺院……?」
玲奈が驚いた声を上げる。
「では、その大寺院へ行けば、この文字を解読して次の鍵の場所が分かるということか?」
「その通りじゃ」
僧は静かに頷く。
「道は険しいが、選ぶのはお主らの自由じゃ」
和真たちは顔を見合わせた。
「……次の目的地は決まりだな」
和真が懐中時計をしまいながら言った。
「大寺院へ行こう」
三人は新たな目的地を胸に、再び歩き出した。