021
影が和真たちへと襲いかかる。
「くそっ!」
蓮が咄嗟に剣を抜き、影の動きを阻止しようとした。しかし、剣はまるで虚空を切り裂くかのように、影を通り抜けてしまった。
「効かないのか……!」
和真が後退しながら叫ぶ。
玲奈も焦りを隠せない表情で懐から小さな守り袋を取り出した。それは寺を出る際に円信から渡されたもので、「危険に直面した時に使うように」とだけ言われていた。
「これを……!」
玲奈が袋を地面に叩きつけると、中から白い煙が立ち上った。煙は瞬く間に広がり、影の動きを鈍らせる。
「今のうちに距離を取れ!」
蓮が叫び、三人は老人を抱えるようにして村の中心部へと後退する。
しかし、影は煙を抜けると、再び不気味な動きで追いかけてくる。
「どうすればいいんだ……!」
和真が懐中時計を強く握る。その光がますます強くなり、まるで彼に何かを伝えようとしているかのようだった。
「和真くん、その光……!」
玲奈が気づき、懐中時計に目を向ける。
「この光が……何かの鍵なのか?」
和真は時計を前に突き出した。その瞬間——
懐中時計から放たれた光が、影を包み込んだ。
「っ……!」
影は動きを止め、奇妙な音を立てながら徐々に形を崩していく。そして、やがて完全に消え去った。
「消えた……」
蓮が息を呑む。
「やっぱり、これが“時の鍵”なんだ……」
和真が呟く。
その時、村のあちこちで閉ざされていた家々の扉がゆっくりと開き始めた。
「……何が起きたんだ?」
村人たちが恐る恐る姿を現し、和真たちをじっと見つめる。
彼らの間にざわめきが広がる中、先ほどの老人が小さな声で言った。
「……お主たちが、“神子”なのか?」
「……!」
玲奈がその言葉に息を呑む。
「どうして……」
「“神子”は、黄昏の災厄を鎮める存在だと……昔、祖父から聞いたことがある」
老人の声は震えていたが、その目には確かな期待が込められていた。
「黄昏の災厄を……鎮める……」
和真は改めて懐中時計を見つめた。
「俺たちが、何かを鎮められる存在だっていうのか?」
「確証はない。でも……」
玲奈が慎重に言葉を選びながら答える。
「今、和真くんの“時の鍵”が影を消した。それだけは事実よ」
「それじゃ、あの影が何なのか確かめないといけないな」
蓮が冷静に提案する。
「村の外れには、昔の神子にまつわる祠があるって聞いた。そこを調べれば、何か手がかりが見つかるかもしれない」
「祠……」
和真が思案する。
「じゃあ、そこへ行ってみよう」
三人は意を決し、村人たちの感謝の言葉を背に祠へと向かうことにした。
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村の外れにある祠は、苔むした石段を上がった先に静かに佇んでいた。
「ここが……」
玲奈が呟きながら近づく。
祠の中には古びた灯篭があり、その脇には古い石碑が立っていた。
「これに、何かが……」
和真が石碑を調べようとした瞬間——
またしても懐中時計が光を放った。
「っ……今度は何だ?」
光は石碑全体を包み込み、そこに刻まれていた文字が浮かび上がる。
《神子よ、汝の鍵を以て封印を解け》
「封印……?」
玲奈が不安そうに呟く。
「まさか、これが災厄を封じていた場所ってことなのか?」
「分からない。だが、やるしかないだろう」
和真は懐中時計を石碑に近づけた。その光が強まり、周囲の空気が張り詰める。
そして——
石碑が音を立てながら動き始めた。
中から現れたのは——
まばゆい光に包まれた、さらに古びた巻物だった。
「これが……!」
玲奈が息を呑む。
巻物を取り出し、中を確認すると、そこには奇妙な紋章と共に古代の文字がびっしりと記されていた。
「これが、黄昏の災厄に関する……」
和真たちはその内容を読み進める。
そこには、驚くべきことが書かれていた——。
《時の鍵がすべて揃う時、真の神子が選ばれる》