002
和真の頭の中は混乱していた。
目の前に立つ玲奈は、確かに幼馴染の篠宮玲奈だった。けれど、彼女の姿は現代のものではない。十二単を纏い、頭には精巧な髪飾りをつけ、まるで宮廷の姫君のような装いだった。
「れ……玲奈……?」
武士たちは玲奈を見て、一斉に頭を下げた。
「これは、篠宮の姫君……」
「この者は、姫のお知り合いでございますか?」
玲奈は静かに頷くと、毅然とした態度で和真を見つめた。
「この者は、私の客人です。粗略な扱いは許しません」
「しかし、姫様、この者は不審な……」
「私の言葉が聞こえませんでしたか?」
玲奈の一言で、武士たちは押し黙った。まるで、彼女がこの場の絶対的な権力を持っているかのような空気だった。和真は言葉を失いながらも、目の前の玲奈が、まるで別人のように堂々としていることに驚かされた。
「和真くん、大丈夫?」
玲奈が少し顔を近づけ、小声で問いかける。その瞬間、ようやく彼女が本物の玲奈であることを実感する。
「玲奈……お前、一体……」
「話したいことはたくさんある。でも、ここでは話せないの。とりあえず、私についてきて」
玲奈が振り返ると、武士たちは恭しく道を開けた。どうやら、玲奈はこの場で相当な影響力を持っているらしい。和真は言われるがままに歩き出した。
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玲奈に連れられ、和真は屋敷の奥深くへと案内された。
通された部屋は広々としており、上質な畳が敷かれている。壁には絢爛な装飾が施されており、明らかに高貴な身分の者が住む場所だと分かった。
「ここなら、誰にも邪魔されない」
玲奈は静かに腰を下ろすと、和真に向き直った。
「説明してくれ。これは一体、どういうことなんだ?」
和真は焦り混じりに問い詰める。玲奈は少しだけ困ったように微笑んだ。
「そうね……何から話せばいいのかしら」
「何からでもいい、とにかく説明してくれ!」
玲奈はしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「まず……あなたも気づいていると思うけど、私たちは平安時代に来てしまったの」
「やっぱり、そうなのか……」
和真は頭を抱える。現代から突然飛ばされ、気がつけば歴史の教科書でしか見たことのない時代にいる。夢ではなく、現実の出来事として。
「でも、玲奈……お前、ずいぶん落ち着いてないか?」
玲奈は少し視線を落とした後、再び和真を見つめた。
「私……ここに来たのは、あなただけじゃないの」
「え?」
「私は、あなたよりも少し早くここに来たの」
和真の呼吸が止まる。
「それって……どういうことだ?」
「……私も、あの日、懐中時計の光に包まれて気がついたらこの時代にいたの。でも、あなたよりも前に」
玲奈は少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「だから、私はこの世界の人間として生きるしかなかった」
和真は、玲奈の言葉の意味を咀嚼しようとするが、すぐには理解できなかった。ただ一つ確かなことは、玲奈は既にこの時代の人間として馴染んでいるということだった。
そして、それが意味するのは——。
「お前……元の世界に戻る気は、あるのか?」
和真の問いに、玲奈はただ静かに微笑むだけだった。




