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時を越えて  作者: pj.masta
19/38

019

 円信の問いが、静かな書庫の中に響いた。


 和真は懐中時計を握りしめながら、胸の奥に生まれた迷いを振り払おうとした。


(戻ることか、この世界を救うことか……)


 玲奈もまた、深く考え込んでいる。彼女はこの世界で三年間生きてきた。それでも、戻るべきなのか、それとも——。


 蓮が静かに口を開いた。


「俺たちは、まだ何も知らねえ」


 彼の視線は真剣だった。


「戻るにしろ、残るにしろ、この世界のことをもっと知る必要がある」


「……そうね」


 玲奈が静かに頷く。


「私たちがこの時代に来た理由が分からない限り、どちらを選ぶのが正しいのかも分からない」


「ふむ……」


 円信は彼らの答えをじっと聞いた後、ゆっくりと巻物を巻き直した。


「ならば、お主らに教えるべきことがある」


 和真たちは、息をのんだ。


「“神子”とは、元よりこの世界の均衡を保つために呼ばれる存在。しかし、その本来の役割を知る者は少ない」


「……役割?」


 玲奈が問い返す。


「“神子”とは、本来、災厄の訪れを防ぐために召喚される者なのじゃ」


「災厄……?」


 和真が眉をひそめる。


「詳しく教えてくれ」


 円信は深く頷くと、別の巻物を取り出した。


「この国には、“黄昏の災厄”と呼ばれる伝説がある」


「黄昏の……災厄?」


 玲奈がその言葉を反復する。


「それは、この世界の均衡が崩れる時、異界の門が開かれ、歴史が歪められる現象のことを指す」


「異界の門……?」


 和真は、何かが引っかかる感覚を覚えた。


「その災厄が訪れる時、“神子”が召喚され、歴史の歪みを正す——それが、本来の神子の役目なのじゃ」


「……じゃあ、俺たちがこの時代に来たのは」


「そうじゃ」


 円信は静かに頷いた。


「お主らがここにいるということは、この世界の均衡がすでに揺らぎ始めている証拠なのじゃ」


「……」


 和真は言葉を失った。


 自分たちは、ただ偶然この世界に飛ばされたわけではなかった。


「だが……」


 玲奈が静かに呟く。


「それなら、本来“神子”は一人だけのはず……どうして、私たち三人が呼ばれたの?」


 円信はゆっくりと首を振る。


「それが、未だに分からぬことなのじゃ」


「……」


「しかし、もしお主の持つ“時の鍵”が何かを示しているのだとすれば——」


 円信は和真の懐中時計に視線を向けた。


「それは、お主が“選ばれた者”である証かもしれぬ」


「……っ」


 和真は、懐中時計をぎゅっと握る。


(俺が……選ばれた者……?)


「待てよ」


 蓮が不満そうに口を開いた。


「その理屈だと、こいつが“神子”で、俺たちは余計な存在だったってことになるのか?」


「それは、まだ分からぬ」


 円信は静かに答える。


「そもそも、“神子”が複数召喚されたのは、これまでの歴史では一度もなかったのじゃ」


「……」


 玲奈は小さく息をのむ。


「なら……」


 和真は意を決して問いかけた。


「俺たちは、このまま“神子”として何かをしなきゃいけないのか? それとも……」


「それを決めるのは、お主ら自身じゃ」


 円信は静かに言った。


「ただし、覚えておくがよい。“神子”が何もせぬまま時を過ごせば——」


 彼は重々しく続けた。


「“黄昏の災厄”は、確実に訪れる」


「……!」


 三人の表情が一変する。


「このまま、何もせずにいれば……?」


「世界の均衡は崩れ、歴史が破綻する」


 円信の言葉に、和真はごくりと唾を飲み込んだ。


「つまり……」


 玲奈が震える声で言う。


「私たちの選択が、この世界の未来を決めるってこと?」


「そういうことじゃ」


 円信はゆっくりと目を閉じた。


「お主らが、何を選ぶのか……それが、運命を左右することになる」


「……」


 和真は深く息を吐いた。


 自分たちが、この世界にいる意味。


 それを知るために、もっと多くのことを知る必要がある。


「……円信、他に何か情報は?」


 蓮が尋ねる。


「ある。ただし、それを知るには、危険を冒さねばならぬ」


「危険……?」


「“黄昏の災厄”について、さらに詳しく知りたくば——」


 円信はゆっくりと続けた。


「この世界の異変を直接目にすることになるじゃろう」


「異変……?」


「北の地には、近頃、奇妙な現象が起きておる。かつて“神子”が関わった土地に、異界の影が揺らぎ始めているそうじゃ」


「異界の影……?」


 玲奈が息を呑む。


「もしそれが、“黄昏の災厄”の兆しであるならば、お主らの存在が本当に必要なのかどうか、確かめることができるかもしれぬ」


「……!」


 三人は、互いの顔を見合わせた。


 今、選択を迫られている。


 このまま、真実を求めるのか。


 それとも——。


「……俺は行く」


 和真が先に決断した。


「このまま何も分からずに、ただ待つなんて無理だ」


「……私も」


 玲奈が頷く。


「私たちの存在が、この世界に何をもたらすのか……それを知る必要があるわ」


「……仕方ねえな」


 蓮が苦笑する。


「どうせ、俺は戻る気もねえしな」


 円信は満足げに頷いた。


「では、お主らの旅路に、神仏の加護があらんことを」


 新たな目的を胸に——


 和真たちは、北の地へと向かうことを決めた。


 彼らの選択が、世界の未来を大きく変えることになるとも知らずに——。


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