018
朝焼けの光が、静かに都を包み始めていた。
和真、玲奈、蓮の三人は、都の外れにある寺へと向かうため、人目を避けながら移動を開始した。宮廷の監視が強まる前に、できるだけ距離を稼がなければならない。
「寺まではどれくらいかかる?」
和真が蓮に尋ねる。
「歩いて半日くらいだな。山の麓にある小さな寺だが、そこには長い間、宮廷や貴族とも関わりを持ってきた僧がいる」
「……異邦人の記録が残っているとしたら、その僧が鍵を握っているのね」
玲奈が静かに呟く。
「そういうことだ」
蓮が頷くと、三人は早足で都の外れへと向かっていった。
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都を抜け、しばらく山道を進むと、遠くに小さな寺の屋根が見えてきた。
「……あれが、目的の寺か」
和真が額の汗を拭いながら呟く。
寺は、山の斜面に沿うように建てられており、古びた門が静かに佇んでいた。木々に囲まれ、まるで時間が止まっているかのような静謐な空気が漂っている。
「ここに、本当に異邦人の記録が……?」
玲奈が不安げに呟く。
「行ってみれば分かる」
蓮が先頭に立ち、寺の門を叩いた。
しばらくすると、奥からゆっくりとした足音が響いた。
やがて、門が開き、一人の老人が姿を現した。
「……珍しい客人じゃな」
僧衣を纏った老人の目は鋭く、それでいてどこか全てを見透かすような静かな光を宿していた。
「あなたが、この寺の住職……?」
玲奈が問いかける。
「さよう。吾は**円信**と申す」
住職——円信は、三人をじっと見つめる。
そして、静かに言った。
「お主らは……“導かれし者”か?」
「……!」
三人は驚き、顔を見合わせた。
「どういう意味ですか?」
玲奈が問いただす。
円信は、しばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。
「この地には、時折、天より導かれし者が現れる。それは、古より続く運命の流れよ」
「それって……」
和真が息を呑む。
「かつて、この地に現れた異邦の者たちは、皆“神子”と呼ばれた」
円信の言葉に、玲奈と蓮もまた息を詰まらせた。
「やはり……!」
玲奈が手を握りしめる。
「あなたは、その“神子”たちについて何か知っているのですか?」
円信は目を閉じ、しばし沈黙した。
やがて、ゆっくりと頷いた。
「……ついて参れ。お主らに見せるべきものがある」
そう言い、彼は寺の奥へと三人を導いた。
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案内されたのは、寺の奥にある書庫だった。
円信がゆっくりと棚の一角から、古びた巻物を取り出す。
「これは、幾百年も前より受け継がれてきた“神子”の記録じゃ」
三人は息を呑み、円信が広げた巻物に目を落とした。
そこには、信じられないことが書かれていた——。
《神子は、一度に“二人”以上は存在し得ない。もしそうなれば、世界の均衡は崩れ、歴史は歪む》
「……!」
和真の胸が大きく波打つ。
「やっぱり、俺たちがここにいること自体が異常ってことなのか……?」
玲奈が震える声で呟く。
「しかし、例外があった」
円信が指で一つの文字をなぞる。
《ただし——“時を司る鍵”が揃う時、例外が生じる》
「時を司る鍵……?」
玲奈が呟く。
和真は、ゆっくりと自分の懐中時計に目を落とした。
「まさか、これが……」
その瞬間、時計が淡い光を放つ。
「やはり……」
円信は静かに目を細めた。
「お主の持つそれが、“時の鍵”かもしれぬな」
「……っ」
和真は、無意識に懐中時計を強く握りしめる。
「じゃあ、俺たちは……?」
和真の問いに、円信はゆっくりと首を振った。
「まだ答えは出ぬ。しかし、お主らがこの地に呼ばれたのは、ただの偶然ではない」
「……」
玲奈と蓮も、沈黙したまま巻物を見つめていた。
「お主らは、何を求める?」
円信が問う。
「戻ることか? それとも、この世界を救うことか?」
その問いに——
三人は、まだ答えを出すことができなかった。
ただ、確かなのは——
彼らがここにいる意味を知るための、新たな扉が開かれようとしていることだった。