015
「時の狭間……?」
和真は呆然としながら、周囲を見回した。そこには何もない。空も、地面も、全てが淡く揺らぐ白い光に包まれていた。
玲奈もまた、息を呑んだまま、目の前に立つ影のような存在を見つめている。
「あなたは……誰?」
玲奈の問いに、影は静かに答えた。
「私は“記憶の番人”。時を超えし者たちに、真実を伝える者」
「真実……?」
和真の胸の鼓動が高鳴る。
「君たちは、この世界に呼ばれた。だが、本来呼ばれるはずの“神子”は、たった一人でなければならなかった」
「それって、俺たち三人は間違いだったってことか?」
蓮が鋭く問いかける。
影はゆっくりと首を横に振った。
「間違いではない。しかし、歪みが生じたことは事実だ」
「じゃあ、どうして俺たちは……?」
和真の問いに、影は手をかざした。
すると、白い空間に微かな光の粒が舞い始める。
「この世界には、二つの未来が存在している」
「二つの未来……?」
玲奈が思わず呟く。
「一つは、“神子”がただ一人としてこの地に降り立ち、世界の運命を導く未来」
「もう一つは?」
「もう一つは、“神子”が複数存在し、世界の均衡を崩し、歴史を歪める未来」
「……!」
和真の背筋に寒気が走る。
「俺たちがここにいることで、後者の未来が生まれようとしているってことか?」
「その可能性は高い」
影の声は淡々としていた。
「では、どうすれば……?」
玲奈の瞳に、強い決意が宿る。
「私たちは何をすれば、この世界を正すことができるの?」
影はしばし沈黙し、そして、静かに言った。
「答えは、お前たちが選ぶべきもの」
「……選ぶ?」
「“神子”として、この世界に残り運命を導くか」
「それとも——」
影の言葉が続く。
「本来の歴史に戻るために、“一人”を選ぶか」
「……!」
玲奈と和真、そして蓮の顔色が変わる。
「……俺たちの中で、誰か一人しか残れないってことか?」
蓮が低く呟く。
影は静かに頷いた。
「一人がこの世界に残り、役目を果たすならば、歪みは収束する。しかし、それは即ち——」
「残らなかった者は、元の世界へ戻る?」
玲奈が息を詰まらせる。
影は、それには答えなかった。ただ、淡く揺らぎながら、こう続けた。
「お前たちは、いずれ選択を迫られる。その時が来た時——お前たちが何を選ぶのか。それが、この世界の運命を決める」
次の瞬間——
白い空間が揺らぎ、光が強まった。
「……!」
和真は目を閉じる。頭がくらくらと揺れ、意識が遠のいていく。
そして——
気がついた時、彼らは再び記録庫に戻っていた。
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「……っ!」
和真は荒い息をつきながら周囲を見回した。記録庫の中、書物が散らばり、微かに燭台の炎が揺れている。
「今のは……」
玲奈もまだ混乱している様子だった。
「……幻覚、じゃないよな」
蓮が慎重に言葉を選びながら、呟く。
その時——
「ようやく、戻ったか」
低い声が響いた。
三人が顔を上げると、そこには黒鎧の男が立っていた。
「……!」
男は相変わらず冷たい眼差しを向けている。
「どうやら、お前たちは“答え”の一端を知ったようだな」
「お前は……」
和真が問おうとした瞬間、男は静かに言った。
「覚えておけ。選択の時は、そう遠くない」
そして、男の姿は、霧のようにゆっくりと消えていった。
「……」
玲奈が、ぎゅっと拳を握りしめる。
「私たちの選択が……この世界の運命を決める」
和真はただ、懐中時計を強く握りしめた。
その針は、静かに、しかし確かに進み始めていた——。