012
翌日、和真たちは宮中の記録庫に潜入する計画を立てていた。
朝早く、玲奈は宮廷に戻り、宮中の動向を探ることにした。一方、和真と蓮は目立たぬよう都の中に身を潜め、必要な情報を待つことになった。
「しかし、記録庫なんて簡単に入れるもんじゃないだろう?」
和真が不安げに尋ねると、蓮は肩をすくめた。
「玲奈の言う通り、あいつにはこの時代における“人脈”があるらしい。それをどう使うかは、俺たちが決めることじゃない」
「……確かに」
和真は納得しながらも、玲奈が宮廷でどんな立場を築いてきたのか、改めて考えずにはいられなかった。
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宮廷の一角、玲奈は慎重に動いていた。
彼女はすでに貴族の姫君として宮中に深く関わっており、表向きは藤原家の一族として振る舞っている。しかし、その立場を利用して記録庫へと近づくことは簡単ではなかった。
(まずは、鍵を持っている者を探さないと……)
記録庫は帝直属の側近によって厳重に管理されている。簡単に入ることはできないが、彼女には心当たりがあった。
「姫君、お探しのものがあるのでは?」
低い声が背後から響いた。
玲奈が振り向くと、そこに立っていたのは宮廷の学士である**橘頼道(たちばな の よりみち)**だった。
彼は帝の側近の一人であり、記録庫の鍵を管理する役目を担っている人物だった。
「……何のことでしょう?」
玲奈は冷静を装いながら問い返す。しかし、頼道の瞳は鋭く彼女を見つめていた。
「あなたが異邦の者について調べていることは、すでに知っています」
玲奈の背筋が凍る。
「……どうして、それを?」
「あなた方の動きは、すでに注目されています。黒鎧の男の件も含めて、ね」
玲奈は驚きを隠せなかった。
(やはり、宮廷の中にも“知っている者”がいる……)
「記録庫には、あなたが求める答えがあるかもしれません。しかし、そこに触れるということは、歴史の禁忌を犯すことでもあります」
「……あなたは、私たちを止めるのですか?」
頼道は微かに微笑んだ。
「いいえ。ただ、選択を迫るだけです」
彼は懐から、小さな封書を取り出した。
「これを持って、夜の記録庫へ向かいなさい。そこに、答えがあるかもしれない」
玲奈は慎重に封書を受け取った。
「……なぜ、私に協力を?」
頼道は一瞬、言葉を選ぶように沈黙した。そして、静かに答えた。
「私もまた、かつて“彼ら”と関わった者の一人だからです」
「彼ら……?」
「すぐに分かるでしょう。今夜、記録庫で」
そう言い残し、頼道は静かに去っていった。
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夜、和真と蓮は宮中の外れで玲奈を待っていた。
「……本当に、記録庫に入れるのか?」
「鍵を手に入れたわ。今夜、こっそり忍び込める」
「だが、それって……」
蓮が言いかけるが、玲奈は真剣な表情で言った。
「危険なのは分かってる。でも、今しかない」
和真は玲奈の目を見つめる。
彼女の瞳には、迷いはなかった。
「……分かった。行こう」
三人は静かに宮廷の奥へと進んでいった。
記録庫——そこに、真実が眠っている。