011
黒鎧の男が消えた後も、和真たちはその場に立ち尽くしていた。
「……なんだったんだ、あいつは」
和真が、まだ戦慄の残る声で呟いた。確かに、男は襲い掛かってきた。しかし最後の瞬間、まるで何かを試すかのように彼らを見据えたまま去っていった。
「私たちが、この時代を狂わせる……」
玲奈が男の言葉を反芻する。彼女の表情は沈み、思考の渦に囚われているようだった。
「ただの脅しじゃないな」
蓮が低く呟く。肩の傷を押さえながらも、その目は鋭かった。
「……確かに、俺たちは本来ここにいるはずのない人間だ。けど、それだけで命を狙われる理由になるか?」
「分からない。でも……」
玲奈が顔を上げる。
「彼は明らかに、私たちがここに来たことを知っていた。まるで、最初からそうなると決まっていたみたいに」
「俺たちの転移が、偶然じゃなかったってことか?」
「その可能性は高いわ」
玲奈の言葉に、和真は思わず息を呑んだ。だが、すぐに頭を振る。
「そんなこと……誰が、何のために?」
「それを突き止めなきゃいけない」
玲奈の瞳に決意の光が宿る。彼女はこの三年間で、すでに幾つもの困難を乗り越えてきたのだろう。その姿が、和真には頼もしくもあり、どこか遠くに感じられた。
「……で、どうする?」
蓮が問いかける。
「このまま無策でいるわけにもいかねぇ。あの男は、また現れるぞ」
「ええ。でも、何かを知っているならば、こちらから探る手もあるわ」
「探るって……どこを?」
和真が尋ねると、玲奈は少しだけ考え、口を開いた。
「宮中の記録庫。そこには、帝の側近しか閲覧できない秘蔵の書物があるの」
「そんなものに、俺たちのことが載ってるのか?」
「分からない。でも、異邦人の記録が残されている可能性はあるわ。過去にも、私たちと同じようにこの時代に現れた者がいたのなら——」
「そいつらがどうなったかも、分かるかもしれないってことか……」
蓮が腕を組む。
「だが、それって簡単に調べられるのか?」
「普通なら難しいけれど……私には少しだけ、宮中に影響を持つ人脈があるの」
「……お前、本当にこの時代に馴染みすぎてるよな」
和真が苦笑すると、玲奈は微かに微笑んだ。
「そうかもしれないわね。でも、それを利用しない手はないでしょう?」
「まあな……」
和真は納得した。たとえ危険だとしても、このまま何も知らずに過ごすよりはずっといい。
「じゃあ、決まりだな。宮中の記録庫を探る」
蓮が立ち上がる。
「ただし、慎重にな。あの黒鎧の男が本当に俺たちを監視しているなら、何をするにしても気をつける必要がある」
「分かってる」
玲奈も立ち上がり、静かに衣を整えた。
和真も、懐中時計を握りしめる。
——自分たちがこの時代に来た理由を知るために。
そして、未来を選ぶために。
夜の風が、彼らの決意を包み込むように、静かに吹き抜けていった——。