010
和真の全身に冷たい汗が流れた。
黒鎧の男はまるで逃げ場などないとでも言うように、静かに剣を構えていた。その姿は、まるで彼らを待ち伏せしていたかのようだった。
「……お前は、一体何者なんだ?」
和真の問いに、男はわずかに唇を歪めた。
「名乗る必要はない。お前たちはただ、この世界にとって不要な存在に過ぎん」
その言葉に、蓮が低く笑った。
「不要な存在、ね……ずいぶんな言い草じゃねぇか」
蓮はじわりと間合いを詰めながら、男の動きを見極める。しかし、男は動じることなく、静かに彼らを見下ろしている。
「この世界に干渉するな。お前たちがいれば、いずれ大いなる歪みが生じる」
「歪み……?」
玲奈が眉をひそめる。だが、黒鎧の男はそれ以上の説明をするつもりはないようだった。
「問答は無用。ここで終わらせる」
次の瞬間——
男が地を蹴った。
その動きは異様だった。まるで空気を切り裂くような速さで迫る。そして——
「ちっ……!」
蓮が即座に剣を抜き、迎え撃つ。
鋼がぶつかる音が夜に響く。衝撃の余波が周囲の草を揺らした。
「和真くん、後ろへ!」
玲奈が叫び、和真の腕を引く。
蓮は一撃を防いだものの、力の差は歴然だった。男の剣が鋭く弧を描き、蓮の防御を押し崩す。
「クソッ……!」
蓮が後退する。しかし男はそれを許さず、さらに踏み込む。
「このままじゃ……!」
和真は状況を冷静に分析しようとするが、何もできない自分に歯がゆさを覚えた。
——何か、この状況を打開する方法はないのか?
その時だった。
「やめなさい!」
玲奈が前に出た。
男は剣を止め、じっと玲奈を見つめる。
「お前……」
「あなたの目的は何? 私たちがこの時代に来た理由を知っているの?」
玲奈の問いに、男はしばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
「……お前たちが知るべき時が来る。だが、それは今ではない」
「だったら、なぜ私たちを狙うの?」
「お前たちの存在が、この時代を狂わせるからだ」
「それは、どういう意味?」
玲奈の問いに、男は答えなかった。ただ、ゆっくりと剣を下げると、一歩後ろへ下がる。
「……お前たちに選択の余地を与える」
そう言い残し、男は夜の闇へと消えていった。
和真と玲奈、そして蓮はその場に立ち尽くす。
「……今のは、一体?」
和真が震える声で呟く。
玲奈は、ただ静かに夜空を見上げた。
「私たちの存在が、この時代を狂わせる……?」
彼女の言葉が、夜風に溶けていく。
和真は強く拳を握った。
——自分たちがこの時代に来た理由。それが、ただの偶然ではないとするならば。
これから、自分たちは何を選び、どう生きるべきなのか。
夜はまだ、深かった——。




