時間停止したらやってみたい「ひとつ」のこと。
ま……一部の業界が好きなシチュエーションですかねww
ある日のこと……
〝ピピッ!〟
ボクは、周りの時間が止まっていることに気がついた。
※※※※※※※
それは突然の出来事だった。高校の休み時間……陰キャでぼっちのボクは誰とも話すことなく一人机に顔を伏せ、ただ時が過ぎるのを待っていた。
そんなとき……
〝ピピッ!〟
という電子音がどこからともなく聞こえてきて、さっきまで騒々しかった教室が水を打ったようにシーンと静まり返ってしまったのだ。
何が起きたのだろう? ボクは気になって顔を上げてみると……
クラスメイトの動きが止まっていた! メイトとは言っても彼らとは仲間でも友だちでもないが。ある者は机を囲んで輪になったまま、またある者はふざけあって転びそうになった状態で……
――何なんだ……これ?
ボクは目の前で起こった非現実的な出来事に震えあがった。この恐怖から逃げようと再び机に伏せると、早く現実に戻ってくれと天に祈った。
そして十分ほど過ぎた辺りで再び電子音が聞こえてきた。その瞬間、教室内に喧騒が戻り、ふざけあっていた男子は転倒した。
突然のことで思わず戸惑ったが……ボクの考えは「ある結論」に達した。
それは……【時間停止】だ!
ボクはSF小説やオカルト雑誌が好きでよく読んでいる。パラレルワールドやタイムリープといった話題にも興味はあるが、今の現象は「時間停止」に違いない!
でも、どうやって……?
その後も度々同様の現象が……ボクは発生状況を調べてデータを取ってみた。
※※※※※※※
ボクのまとめたデータはこうだ。
まず発生時間帯と場所だが……これは月曜から金曜までの日中、いわゆる「平日の昼間」の「学校内」でのみ起こる……夜間、週末、学校外では発生しない。
しかも必ずといっていいほど「休み時間」に起こる。そして停止する時間は「十五分間」ピッタリ! ただし、全ての休み時間に発生する訳ではない。
それと……まだこれは因果関係がわからないのだが、これが起こった次の時間は校庭で必ずどこかのクラスが体育の授業をしている……なぜだろう?
〝ピピッ!〟
――あっ、また来たな!?
調査を初めて二ヶ月もするとパターンが読め、ボクは少しずつ教室を抜け出して行動するようになった。
だが……時間の止まっている状況で何か取り返しのつかないことをすると、再び時間が動き出したときに状況が変わってしまい学校中がパニックになるだろう。
そこでボクは十五分間の時間停止が終了する間際に教室へ戻り、席に着き机に顔を伏せる……というスリルを味わうようになった。
こうして時間停止に慣れてきたボクは、ついに「ある行動」をする決断をする。
それは……いじめっ子に復讐する? いやいや、そんなんじゃない! もし相手に痛みを与えれば、時間停止の前後で状況が変わってしまう! そもそもボクは陰キャのぼっちだがいじめられっ子ではない。
もちろん職員室に忍び込みテストの問題を事前に知っておく……でもない。問題用紙がどこにあるのかわからないので十五分以内に探すのは至難の業だ。では何をするか? その答えはただ「ひとつ」だけ……
……それは、女子の『おっぱい』を見ることだ!
陰キャだろうがぼっちだろうが性欲はある! 男子高校生たるもの、アニメやマンガではない「三次元女子のリアルな裸」に興味があるのは当然のことだ!
なので時間停止中、ボクは急いで女子の制服を少しだけ脱がしてその子の「生乳首」を拝む計画を立てた。もし余裕があればパンツも脱がしてみたい! もちろん時間停止が終了する前に「元通り」にしなければならないのだが……。
さて、誰の生乳首を拝もうか? 隣で輪になって大騒ぎをしているクラスの女子でもいいのだが……ここはやはり、大きな目標を立てよう!
目標は……隣のクラスにいる『常磐 静香』さんだ!
※※※※※※※
常磐さんは生徒会役員で成績は常に学年トップ。しかも上品でお嬢様的な雰囲気を醸し出す非の打ちどころのない「ハイスペック女子」だ! さらにスタイルも完璧、男子生徒の間では「学校一の美少女」と呼ばれている。容姿端麗頭脳明晰……ボクたちのような一般モブ男子は彼女に近付くことさえ許されない。
今まで発生した時間停止のパターンからだいたいの傾向は読めている。おそらく今日発生するのは二時間目と三時間目の間……隣のクラスが体育の時間で一斉に着替える時間帯だ。
そこでボクは女子更衣室に忍び込み……いや、時間停止しているのだから堂々と入れるのか……着替え中の女子の中から常磐さんを探し出す。
そして見つけたらその場で彼女のブラジャーをずらして生乳首を拝む! そして時間に余裕があったら彼女のパンツも脱がしてみよう!
幸いなことに女子更衣室はボクのクラスから近い……好条件だ! ボクは作戦を決行すべく、その時を待った。
〝ピピッ!〟
――来たっ!
予想通り二時間目と三時間目の間の休み時間に時が止まった。ボクは周囲を見渡し時間停止を確認すると急いで女子更衣室に向かった。
〝ガラッ……ガラガラッ!〟
ボクは少し躊躇しながらも女子更衣室の扉を開けた。幸いにも着替え始めたばかりらしく、内側からカギは掛けられていなかった。
おぉっ、すでに何人かの女子が着替えはじめて下着が露わに! 同級生女子の下着姿なんて生まれて初めて見たが、目的は彼女たちではない……常磐さんだ!
だが、どこを見渡しても彼女は見つからない。おかしいなぁ、今朝廊下で見かけたはずなのだが……もしかして早退した?
こうなったら隣のクラスに行って彼女のカバンがあるか確認せねば……ボクは後ろ髪を引かれる思いで制汗剤のニオイが充満する女子更衣室を後にした。
隣の教室に来た……こちらでは男子が着替えているはずだ。
さっき女子の下着姿で目の保養ができたばかりなのに、すぐに野郎の下着姿を見なければならないのは正直気分が萎えるが……仕方ない、入るか。
――あれ?
教室に入ろうとしたら中で何やら動いているものが……おかしいなぁ、時間停止しているはずなのに。ボクは怖くなったがとても気になったので、そぉっと少しだけ扉を開け中を覗き込んだ。
――えっ!?
するとそこには衝撃の光景が! 中で動いていたのはあの……
――学校一の美少女・常磐さんだ!
しかも! こともあろうか彼女は、着替え中に停止している男子のパンツを下ろして……そっ、その男子の『局部』を嬉しそうに触っていたのだ!
――えぇええええっ! 何やってんのこの人はぁああああっ!?
〝ガラガラガラッ!〟
ボクはショックのあまり扉を普段通りに開けてしまった! 時間停止による静寂の中、扉の音に気付いた彼女がこちらを振り向くと目を大きく見開いて叫んだ。
「なっ……何で!? 何で動いてる人がいるのよーっ!?」
※※※※※※※
何でって……そりゃこっちのセリフだよ!! 何で常磐さんも時間停止してないの!? それよりも何で「学校一の美少女」常磐さんが、男子の着替えている教室で下腹部を触っているんだよ!? ボクは頭が混乱していた。
「ボッ、ボクは時間が止まって……だから……」
その言葉を聞いた常磐さんは右手で頭を抱えると、
「あちゃー、まさか私以外に時間停止しない人がいるとは……不覚だったわ」
「えっ……たっ、常磐さんも時間停止の現象に巻き込まれたんですか?」
「巻き込まれた? 違うわよ……時間を止めたのは……私よ!」
――えっ!?
――えぇええええっ!? ど……どうやって!?
「これで止めたのよ」
と言うと常磐さんは左腕を上げ、手首に巻き付けてある物を見せた。
「これって……スマートウォッチ?」
「そうよ! これよ」
彼女の手首にはスマートウォッチが巻かれていた。でもこんな機種……今まで見たことがない。
「たまたま街で出会った占い師のおばあさんからもらったの! この中にあるアプリをタップすると、十五分間だけ時を止められるのよ!」
そうか、ボクが経験した時間停止って……常磐さんが仕掛けていたのか!?
「でも何で……常磐さんはこんなことを?」
すると常磐さんはボクの疑問に対し、想像だにしない答えを口にした!
「そんなの……男子のチンコを見たいからに決まってんじゃん!!」
「えっ!? 今……何て?」
おい、聞き間違いだよな……聞き間違いであってほしい!
「聞こえなかった!? チンコよチンコ! 私はね、男子のチンコを見たりチンコを触ったりするのが大好きなのよ!」
うわぁ! 容姿端麗頭脳明晰な「学校一の美少女」からとんでもない言葉が出てしまったぁああああっ!
「でっ、でもどうして……」
「わかんないかなぁ!? セックスに興味があるからよ!」
うわぁっ! ボクの中の「美少女・常磐静香像」が音を立てて崩れていく……
「いいっ!? 女にだって性欲はあるのよ! セックスしたいのよ!」
常磐さんは開き直ったように衝撃発言を連発した。イヤだぁ! 学校一の美少女からこんな卑猥なセリフを聞きたくないよぉ!
「そもそも! 私にこんな行動させたのはアナタたちが原因だからね!」
「えっ!? 何でボクたちが……」
ボクが常磐さんと話すのは今日が初めてなんだけど……
「アナタたち男子が私のことを『学校一の美少女』とかはやし立てるから、誰も私にアプローチして来ないじゃないの! 私の方から近づいてもみんな遠慮して距離を置いちゃうし……」
そ、そんなこと言われたって……彼女に近づいたら他の男子から何をされるかわからないじゃん! ましてやボクレベルなんて近づくことすらままならない。
「もっと私にアプローチしてよ! かかって来いやー! カモーン!」
美少女には美少女なりの悩みがあるってことか! でも今の常磐さんは美少女というより……
「あっ、今チンコ触ってるコイツとは付き合ってるワケじゃないからね! チンコさえ立派だったら誰でもいいのよ! チンコ最高ー! チンコしか勝たーん!」
……ただの痴女だぁああああああああっ!
常磐さんの話だと、どこかのクラスが体育の準備で着替えている休み時間を狙って時間停止しているのだそう……理由は制服よりジャージの方が効率いいからだとか。それでどこかのクラスが体育の時間前になると時間停止していたのか。
――えっ……てことはまさか?
「ところで……アナタはどこのクラス?」
「あっ、隣のA組です」
「そっか……A組なら確か二か月くらい前に忍び込んだわね」
そ……それってまだボクが時間停止に気づいていなかった時期だ! ま、まさか常磐さん、ボクのアレを……見た?
「あーでもゴメン! アナタのこと、よく覚えてないわ」
なるほど……ってことはボクのアレは印象に残らないほど「お粗末なモノ」だったってことですよねぇ~!
「そういえば……何でアナタはココへ?」
「えっ、そっ……それは……」
すると常磐さんはニヤッとしながら
「あー! もしかして私を探してたぁ?」
――ぎくっ!
「てことはぁ……私の裸を見ようとしてたのかなぁー!?」
――そっその「もしかして」ですよぉー!
「うわー引くわ……スケベ!」
……今この瞬間も男子の局部触っている人に言われたくないでーす。
「あっ、もうこんな時間だわ! アナタも! 早く元いた場所に戻って!」
「えっ……はっ、はいっ!」
そろそろ十五分……ボクは慌てて時間停止前にいた自分の教室へ戻った。
※※※※※※※
〝キーンコーンカーンコーン〟
放課後になった。さて、帰るか……色々と疲れたので部活はサボろう。
今日は衝撃的な出来事が多すぎた。もはやトラウマ級の精神的ダメージだ。そんなボクが教室を出た瞬間……
「ねぇ、アナタ……」
――常磐さんに声をかけられたぁああああっ!?
学校一の美少女に声を掛けられるなんて男子にとって勲章に値する名誉なことだが……今のボクには違う感情「も」芽生えていた。
――怖い!!
この人は痴女……つまり変態だ。ボクは恐怖に慄きながらそっと振り向くと、
「あっ、あのさ……一緒に帰らない?」
常磐さんは少し顔を赤らめながら言った。うっ、やっぱりこの人は何をやっても絵になる「学校一の美少女」だ……前言撤回!
※※※※※※※
〝ざわざわざわっ……〟
学校中の……特に男子がざわついていた。そりゃそうだ、学校一の美少女とただの陰キャ……どう考えても釣り合わない二人が並んで歩いているのだから。
しかも今日の朝まで何も接点がなかった学校一の美少女と……ボクは他の男子から殴られたりナイフで刺されないか心配しながら歩いていた。
「あ……あの常磐さん、どうしてボクと……」
その言葉を聞いた彼女は急に立ち止まり顔を近付けると、ボクを睨みつけながらこう言った。
「口止めよ! わかるでしょ!?」
でしょうねぇー! 微弱ながら「ボクに好意があるのでは?」と考えた自分が馬鹿だった。
「アナタは私の秘密を知ってるんだから……余計なことを言わないよう、これから授業以外はずっと私のそばにいなさい! これは監視よ!」
前門の虎(常磐さん)後門の狼(他の男子)……どのみち逃げ場はない。
※※※※※※※
「そういえばアナタ、名前は?」
「も、茂部……茂部 一人です」
ボクは常磐さんと二人で学校を出た。周りの視線(特に男子)からやっと解放されて少しだけ気が楽になった。
「そういえば茂部くん、アナタよく『原状復帰』ができたわね!?」
――原状復帰!? あぁ、元の位置に戻ったことかな?
「そっそれは……やっぱ時間停止前と後で違う場所にいたら、周りから見たら瞬間移動したみたいになっちゃうし……」
「そっか、わかってたんだ……ありがと」
――ありがと? えっ、どういうことだ?
「占い師のおばあちゃんのから言われたんだけど……このアプリはね、茂部くんが言ったような時間停止前と停止後で違う状況……になってしまうと自動的にアンインストールされてしまうらしいのよ! だからたまたま茂部くんがそうしてくれたおかげで今のところ無事機能しているわ」
あっぶねぇええええっ! もしボクが原因で時間停止できなくなったら彼女に殺されてたかも?
「あーでも、これで心置きなく男子のチンコを見ることができるわぁー! 茂部くん、これからも時間停止した時は原状復帰よろしくね!」
……アンインストールされた方がよかったかも? つーか往来でチンコって言うのやめてくれ!
※※※※※※※
「へぇ、妹さんがいるんだー」
「あっはい、まだ中学二年なんですけど……メッチャ反抗期で」
いつのまにかボクは常磐さんと時間停止以外の話をしていた。ふと我に帰ったらボクは凄い事をしているじゃないか!?
だって、普段女子どころか男子とすらまともに話したことがない陰キャぼっちのボクが、学校一の美少女と並んで歩きプライベートな話をしているのだから。
「あっそうだ茂部くん、ニャイン交換しない?」
「えっ!?」
そう言うと常磐さんはスマホを取り出した。ええっ!? 今日が実質初対面の陰キャぼっちのボクとニャイン交換? う、うれしいけど……何で?
「私ばかりイイ思いをしてたら不公平よね? これからは事前に時間停止を教えるから……アナタだって女子の裸を見たいでしょ!?」
こっ、この人……同性を売っちゃったよぉおおおおっ!
「ま、私は停止してないから無理だけど! あっ、それとも……時間が止まって周りが気づいていない間に私の裸見たいのかなぁ!?」
うわぁ! そ、その通りですけど……そんなこと口が裂けても言えない。
※※※※※※※
学校一の美少女・常磐さんと話をしながら下校している。彼女にはちょっと引く部分もあるが何て幸せな時間を過ごしているんだろう……そう思いながら歩いていると、目の前に公園の入り口が見えてきた。
このまま公園のベンチにでも座ってゆっくりお話しできたらなぁ……などと妄想にふけっていたそのとき、
〝ポーンッ〟
目の前にボールが飛び出してきた。サッカーボールより小さい、子どもが遊ぶ柔らかいゴム製のボールだ。しかしその後!
「あー、まってー!!」
ボールを追って子どもが飛び出してきた……まだ幼稚園児くらいの男の子だろうか、周囲には目もくれずボールを追いかけていた。
――えっ、マズくないかこの状況!?
何となくそんな予感がした。ボールは歩道を越えてそのまま広めの車道へ、そして男の子もそれを追って……
公園の前に横断歩道と歩行者専用信号があるが、信号は……赤。さらに……
〝ブロロロロッ〟
トラックが近づいてきた。ブレーキをかける様子もない……。
――これ……ダメなヤツだ!!
ボクは無意識に道路へ飛び出した……この子を助けなきゃ! その思いが恐怖心というストッパーを外したのだ!
男の子に駆け寄り抱きかかえようとした……ところが、
――あれ、思ってたより重い! ドラマやアニメじゃ軽々と持ち上げてたのに。
そう感じた瞬間、目の前にトラックが迫ってきた。ボクは直感的に思った。
――これは……無理かも!?
でも……せめて男の子だけでも助けなきゃ! ボクは男の子を突き飛ばすとそのまま道路の上に倒れこんだ。
――あ、これ……確実に詰んだな。
これはトラックに轢かれて死ぬパターンだ! 人は死を感じた瞬間、走馬灯のように色々な出来事を思い出すといわれているが……まさに今がそれだ!
十七年の人生か……短かったなぁ。でも結局彼女もできない陰キャぼっちで童貞のまま死ぬのか……まぁ最期の日に学校一の美少女・常磐さんとお話しできたことが冥途の土産だな……
……ん? 常磐さん?
あっそういえば常磐さん、時間停止できるスマートウォッチ持ってんじゃん!
あぁ、でも! ここで助かるためには時間停止前と後で場所を移動しなければならない……つまり「原状復帰」ができないのだ!
そうなるとアプリが強制的にアンインストールされ二度と時間停止をすることができない。ボクなんかのために常磐さんの楽しみを奪ってはいけない!
このまま死を受け入れよう……トラックに轢かれるパターンなら異世界に行けるかもしれないし。
とりあえず男の子が助かって、常磐さんに迷惑かけなきゃそれでいいや!
さようなら……ボクの人生。
と、そのとき!
〝ピピッ!〟
――えっ!?
時間停止の電子音が聞こえた! えっ、何で!?
すべての音が消え、トラックが……あと五十センチくらいの所まで迫った状態で停止した。ボクに突き飛ばされた男の子は宙に浮いた状態で止まっている……
時間が……止まった!
ボクが呆然としながら歩道を振り返ると……スマートウォッチに右手を添えた常磐さんがそこにいた。常磐さんはボールを拾い、ボクの所へ駆け寄ると、
「早く! その子を連れて反対の歩道に行きなさい!」
「えっでも……そんなことしたら原状復帰が……」
「バカなの!? 命とどっちが大事なのよ!」
強い口調で怒鳴った。このままボクが元の位置に戻るのはあまりにも不自然……ボクは宙に浮いた男の子を抱きかかえ、常磐さんはボールを持って反対側の歩道へ移動した。
「じゃ、私がこっちにいると不自然だから戻るね!」
と言って常磐さんは元いた歩道へ移動し……十五分が経過した。
〝ブロロロローン!〟
再び時間が動き出し、トラックは何事もなかったかのように通過した……おいふざけんな! ブレーキの音も聞こえないなんて完全に前を見てないじゃねーか!
「ふっ……ふぇええええええええんっ!」
初めのうちはキョトンとしていた男の子が泣き出した。どうやらトラックが迫っていたことは理解していたらしい。おい坊主! これに懲りてもう二度と飛び出すんじゃないぞ!
横断歩道を使って男の子を公園の入り口まで送り届けた。公園から母親らしい人が出てきてボクたちに平謝りしたが、幸い時間停止……によって起こった瞬間移動を目撃した人はいなかったらしく、そのことで大騒ぎになることはなかった。
でも……
※※※※※※※
「うーん……やっぱダメみたいね」
常磐さんがスマートウォッチをタップしたが、何度やっても時間が停止することはなかった。そもそもアプリのアイコンが消えていたのだ。
やはりその占い師が言った通り、原状復帰できなかったことでアプリが強制的にアンインストールされてしまったようだ。ボクは常磐さんに対し申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「何か……ごめん」
「だからぁ! 茂部くんのせいじゃないでしょ!?」
「……ごめん」
「あぁするしか方法なかったのよ! 私たちは最善の方法を取ったからそれでいいのよ! それに……」
……それに?
「あんなこと……やっても無駄だってことに前々から気づいていたのよ」
「えっ、無駄って……どういうこと?」
「だって……私はセックスするのが目的だったのに!」
……えっ!?
「なのに! 誰一人として『ボッキ』してなかったのよーっ!」
当たり前だよぉおおおおっ! もし体育の着替え中に同性の裸見てボッキしてる男子がいたら……それはそれで大問題だよぉおおおおっ!
「だから!」
と言って常磐さんはスマートウォッチを外すと、ボクに向かって放り投げた。
「えっ!?」
「それ……茂部くんにあげるわよ! 一応スマートウォッチとしては使えるし、私はスマホだけで事足りるから正直必要ないのよ」
そうなんだ……まぁボクも健康管理にそこまで気を使っているワケじゃないから正直いらない。でも学校一の美少女・常磐さんが着けていたものだし、ここはありがたく頂いておこう。
これがスマートウォッチなのか。そういや実際に使ってみるのは初めてだな……ん? 何か変なアイコンが出てきたけど……なんだろう? ボクはそのアイコンをタップしてみた。すると……
〝ピピッ!〟
――えっ!?
道路を走行している車が停止し、散歩をしている犬も人も立ち止まった。さっきまで揺れていた街路樹は風が止まったように静まり返り、飛び立った小鳥は空中で止まったまま……
――もしかして……時間が止まった?
「えっ……何で?」
静寂の中、かすかに聞こえた声の方を見るとそこには……信じられないといった表情でボクの方を見ていた常磐さんが震えながら立ちすくんでいた。
「ど、どういうこと!? 使えないんじゃ……」
「えっ、ちょっと待ってよ! まさか、これって……」
ボクと常磐さんの考えはどうやら一致したようだ。
「持ち主が代わったら使えるようになるってこと!?」
「そ、そうとしか考えられないわね……」
やった! またボクたちは時間停止を体験できるんだ! でも……常磐さんは停止しないから彼女の裸を見ることができないし、常磐さんも男子の局部を見るという目的を失くしている……どうすればいいんだ?
と……せっかく復活した「時間停止」能力の使い道に困っているボクに、思いがけない出来事が起こった。
「茂部くん、ちょっと目をつぶってくれる?」
えっ!? 常磐さんからいきなりそんなことを言われて戸惑ったが、言われた通りに目を閉じると……
〝チュッ!〟
――えっ!?
――ええっ!?
――えぇええええええええっ!?
唇の感触に驚いたボクが思わず目を開けると、目の前で常磐さんの顔がアップになって……ま、まさか! ボクは……
学校一の美少女、常磐さんとキ……キスしたのぉおおおおおおおおっ!?
「もぉっ! 目を開けちゃダメでしょ!?」
常磐さんは顔を真っ赤にしながら斜め下の方に視線を逸らした。
「茂部くん! 何も考えずに道路に飛び出すなんて無謀よ」
「え、あぁごめん」
「でも……カッコよかったよ」
そう言うと常磐さんは再び……今度はボクが目を開けているにもかかわらず抱きついてキスをした。
「これはきっと何かの運命よ! だって私たち二人だけ時間が止まらないっておかしくない!?」
確かに……何でボクと常磐さんだけなんだろう? 今のところボクたち以外に動いている人を見たことがない。
「ねぇ! 私たち……付き合わない?」
えっ……えぇええええっ!? ボッ、ボクが学校一の美少女と!?
「えっ、私じゃ……ダメ?」
「そそっ、そんなことありませんよ! おっ……お願いします」
むしろボクごときでよろしいんですかぁああああっ!? まぁ唯一「難点」があるとすれば明日から全校の男子に命を狙われるくらいかなぁ……。
……あ、もう一つ「難点」があったか。
こうして……
「ねぇ茂部くん! 私かアナタ、どちらかの家に行かない?」
「えっいきなり!? どこかでデートじゃなくて?」
「だって、外じゃさすがに恥ずかしいでしょ!?」
「――?」
ボクは……
「で、家に行ったらさぁ! 部屋で時間停止してくれる!?」
「えっ、何で!?」
「だって、家族の誰かが入ったらマズいでしょ?」
「――??」
学校一の美少女……
「でもって、時間を止めたらさぁ! 茂部くんの……」
もとい……
「ボッキしたチンコ見せて♥」
学校一の『変態』とお付き合いすることになった。
〝ピピッ!〟(時間停止……終了!)
最後までお読みいただきありがとうございました。