表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

第1話 家康に過ぎたるもの

 蜻蛉が出ると 蜘蛛の子 散らすなり


 手に蜻蛉 頭の角の すさまじき


 鬼か人か しかと分からぬ 兜なり


その男の愛槍は、「蜻蛉切」と呼ばれた。


戦場で、刃先に止まった蜻蛉とんぼが、音もなく真っ二つに切られたという逸話から、この名が付いたという。


刃の長さは、43.8センチ。


槍の長さが、4メートル半であったこの時代、彼の「蜻蛉切」は、6メートルの長さを誇った。


なるほど、これを縦横無尽に振り回されれば、矢や鉄砲でも持ち出さぬ限り、無敵であったであろう。


 本多


  平八郎


    忠勝


徳川四天王の中で最強の名をほしいままにした武将である。


1572年のことだ。


本多平八郎は、信玄西征の前哨戦「一言坂の戦い」において、偵察部隊として先行する。


この時、彼は、不運にも、武田軍本隊と遭遇してしまった。


この情報を知らせるため、平八郎は、徳川軍本隊へ向かうが、武田軍は、当然、これを追撃する。


 其疾如風 ~ その疾きこと風の如く


武田軍は、素早い動きで徳川軍を追い詰め、一言坂で戦いが始まった。


望まぬ形の開戦である。


家康は、いち早く撤退を決めた。


この時、内藤信成とともに平八郎は、殿軍を務める。


武田軍先鋒の馬場信春隊は、一言坂の上から、突撃を繰り返した。


信玄の近習・小杉左近は、一言坂の下で待ち伏せし、鉄砲隊で連射を行った。


馬場の騎馬隊の突撃をいなしつつ、彼は、小杉鉄砲隊に突入し、敵中突破を図る。


武勇優れる平八郎の部隊に、突撃されては、貴重な鉄砲隊に大きな被害が出かねない。


小杉左近は、道を開け、死を決意したこの部隊を見逃す決定を下した。


一言坂の殿軍において、坂の上からの馬場の騎馬隊の突撃を受けつつ、下からは、小杉鉄砲隊の連射を受けていたにもかかわらず、平八郎の体には、傷ひとつなかった。


 家康に過ぎたるものが 二つあり 唐の頭に 本多平八


この有名な狂歌は、鉄砲隊を率いていた小杉左近が、口にした称賛の言葉だと言われている。



1584年のことだ。


小牧・長久手の戦いにおいて、徳川軍本体の苦戦を知った平八郎は、わずか500の兵で戦の場に駆けつけ、秀吉の大軍の前に立ちはだかり、その軍の500メートル手前で、馬に水を飲ませるという大胆不敵な行動に出る。


この振舞いに、秀吉軍は、進撃を躊躇した。


家康は、窮地を逃れた。


平八郎の時間稼ぎの間に、苦戦していた徳川軍本体の陣を、整えることができたのだ。


秀吉は、「あっぱれ平八郎、日本第一の古今独歩の勇士である」と賞賛した。



この平八郎、生涯において参加した合戦は大小合わせて57回。


しかし、いずれの戦いにおいても、体にかすり傷ひとつ負うことがなかった。


例えば、関ヶ原の戦いにおいて、愛馬の「三国黒」が、島津の銃撃により死亡するような激戦の中に身を置いていたにもかかわらずである。


彼が、臨終に際して残した


 侍は首取らずとも不手柄なりとも 事の難に臨みて退かず


 主君と枕を並べて討死を遂げ 忠節を守るを指して侍という


この遺訓は、誠に三河武士の鏡と言うべきものだろう。



さて、平八郎の晩年のことである。


小刀で、木彫りで自らの名を刻む際に、手元が狂って左手を傷つけてしまった。


 「ふんっ、この本多平八郎も、傷を負うようでは、これまでよ。」


その言葉通り、1610年10月18日、所領の桑名にて、彼は、死去する。


享年63であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ