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【一】空中庭園ロズルト





 ずっと、一緒だった。

 アリアとクロイスは、小さな手のひらで絵本を開き、二人でいつも覗きこんでいた。

 五歳の二人がいる、この空中庭園には、娯楽などなにもない。

 巨大な塔の上に建設されたその場所は、ロズルトと呼ばれている。


四季告(しきつ)げの鳥の巣には、大きな大きな 魔幻花(まげんか)が咲いているのね」

「うん。俺は見てみたい」

「ダメよ、クロイス。私達は、ここから出てはいけないんだもの」


 アリアはそういうと、子供らしいふっくらした頬の顔を持ち上げて、灰色の空を見上げた。もうすぐ雨が降りそうに見えるが、ロズルトの上空には、目には見えない丸いガラスのような結界が張ってあるので、雨が降っても音がして、水滴が見えるだけだ。


 クロイスもまた、空を見上げる。二人は同じ、緋色の瞳をしている。

 違うのは髪色と性別だ。アリアは微かに赤味が差して見える銀髪で、クロイスの髪は漆黒だ。二人とも、両親の顔は覚えていない。緋色の瞳を生まれつき持っていたから、売られて買われて、ここへと来た。緋色の瞳の持ち主だけが、魔幻花を栽培できる。


 この魔法植物は、非常に高値で取引される。

 その効果は絶大で、粉末状にし、様々な魔法薬の原材料となる。

 魔幻花なしでは、魔法薬を生成するのは困難だ。


 公的には、アルウェス王国が国を挙げて栽培しているとされている。だがその実、このロズルトのように、ひっそりと、露見しないように緋色の瞳の持ち主を集め、違法に働かせて、魔幻花を売りさばく業者は後を絶たない。


 このロズルトには、そうして連れられてきた子供から老人までが、五十人弱暮らしている。寝所は、黒光りする魔鉱石をくり抜いて作られた、蜂の巣のような穴の中だ。全員が黒い首輪をつけられていて、そこに識別番号が刻まれている。それと同じ番号の穴で、皆が布をかけて眠るのである。


 そして名前だけは、元々のものを持つ事を許されている。それはドックタグに刻まれて、首から皆が提げている。だからアリアは己がアリアだと分かるし、それはクロイスも同じだ。雨が降り出した頃、二人は隣り合っている寝所へと向かった。隣接していると、隣の穴と穴を繋ぐ、丸い窓があり、そこには網が嵌まっているが、会話が出来る。


「どうして俺達は、ここから出ちゃダメなんだろう?」

「大切なお仕事があるからでしょう?」

「でも俺は、結界越しじゃなく、本当に空を飛んでいる四季告げの鳥をこの目で見たいし、巣に行って、大きな花だって見たい。アリアにも見せてあげたい」


 すると困ったように、アリアが笑った。

 そして食事である、クッキーを手に取る。栄養補給だけが目的のそれは、いつも同じ品で、日に二回与えられ、皆がそれを食す。


「外に行ったら、かぁ。外にはきっと、沢山の食べ物があるわ。私、ちょっとだけ覚えてる気がするの。ママが……甘い物……白い……柔らかくて……うーん、忘れてしまったけど、なにかを作ってくれたの。あれはきっと、ママだったと思うのよ」

「食べ物、か。じゃあ俺と一緒に食べに行こう! この前、ムムル爺さんが、みかんっていう果物を食べたことがあるって言ってたから、きっとある!」


 緋色の瞳を輝かせて、楽しそうにクロイスが空想を語る。キラキラした瞳のクロイスを見ていると、アリアはいつも温かい気持ちになった。その後は、全員が同一である白いワンピースの服と白い下衣を穿いたままで、二人はこちらも白い布にくるまり眠った。室温は、空中庭園内と同様に、魔術で管理されているので、寒さはない。このロズルトには、四季すらも無関係だ。いくら外を、虹色の羽を持つ四季告げの鳥が飛ぼうとも、なんら関係は無い。


 翌朝、アリアは早く起きた。そして目を擦ってから、一冊だけある絵本をまた開いた。

 そこの書かれているのは、子供にも分かりやすいように書かれた四季告げの鳥の神話だ。

 四季告げの鳥は、アルウェス王国に、四季を知らせる鳥なのだという。きっと王国とはこの外の世界なのだろうと、アリアは考えている。四季告げの鳥が来る度に、四つの四季が巡ってくるらしい。


 四季告げの鳥はとても温厚で、国を優しく見守っているのだという。

 しかし――一度逆鱗に触れると、災禍の歌を嘴から放ち、王国を滅亡に導くと書かれている。そのくだりが、アリアはいつも怖いく感じる。


「ええと、滅びを回避するには……回避、回避ってなんだろう? ええと……」


 アリアは何度も繰り返し呼んでみる。


「滅びの予兆は、四季告げの鳥の災禍の歌の他にもあって……えっと? ロギアの花が生えてくる? ロギアとは……魔幻花に似て異なる神の餌で……? 四季告げの鳥に、ロギアで作ったお酒を捧げる……? お酒ってなんだろう。でも、それを飲むと、四季告げの鳥の怒りが収まると書いてあるわ。そうすると、ロギアは枯れてしまうのね。ロギアが満開になるのは、王国が滅ぶ時だとあるものね」


 まだ、幼いアリアには、その絵本は難しかった。


「いやだぁ……離してくれ! 離してくれぇ!!」


 見ればムムルという名の老人が、左右の腕を、ロズルトの管理者である顔からすっぽり布で覆った白装束の神官に抱えられ、連れて行かれるところだった。息を呑んだアリアは、両手で口を押さえる。


 ――働けなくなり、足腰が弱った老人は、皆、何処かへ連れて行かれるのだ。


「……」


 返ってきた者は、アリアが知る限り、一人もいない。何処へ行くのだろうかと、当初は、外へ行ったのだろうかと考えていたが、ある日ぽつりと暗い目をした大人の女性が、『介護なんてしてもらえないから、末路は皆、首を刎ねられ終わるのよ』と呟いているのを聞いてしまった。それが、殺されると言うことだとは、アリアにも理解出来た。


 夜が明けるまで、アリアは両腕で体を抱いて震えていた。


「アリア? どうしたんだ? おはよ」

「っ、あ、お、おはよう……クロイス」


 クロイスには、この事は話していない。だからなんでもない素振りで、無理をしてアリアは微笑んだ。


「今日も一日お仕事ね。頑張りましょ!」

「――そうだね」

「ええ。交代時間になったら、また今日も四季告げの鳥の絵本を読みましょうね」

「うん」


 頷いたクロイスが、穴を出て行く。慌ててアリアもそうした。

 目の前には、規則正しく管理されている、魔幻花の大庭園が広がっている。


 ――何故、ここにいるのか。

 ――何故、働くのか。

 ――何故、花を育てるのか。


 それらに疑問を抱くことは、固く禁じられている。管理者である神官達は、『それが当然だからだ』としか言わない。尋ねた者は、警棒で打たれる。従う以外に、ここにいる者はなにもできない。その上、衣食住を保証されているこの空中庭園から、出たとしても生きていけるかは疑問だ。遙か高くにそびえ立つ塔の上からでは、王国の様子は何一つ分からない。


「……」


 きっと四季告げの鳥ならば、王国の風景を知っているのだろうなと、空を見上げて漠然とアリアは考えた。雨上がりに本日は、驚くほど空が青い。快晴だった。




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