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巻き込まれ体質の異世界者  作者: 田原あんぱん
7/19

1-7、ヒーロー

真白が絵奈の家を訪れた次の日、絵奈はいつもの時間に登校していた。


すでに席に座っていた真白に挨拶を済ませると、


「私・・たぁくんとちゃんと話してくるね」


と謎の宣言をされた。


「あ、うん。頑張って」


取り合えず応援しておくのが正解だと感じた。


昼休憩になると、絵奈は早々に食事を済ませ、真白に謎の笑顔を向けて教室を出て行った。

吊り目くんのところへ向かったのだろう。


それから5分後ぐらいだろうか、同じクラスの女子が慌てて教室に入ってきた。


「波木くん・・!!!加瀬さんが上級生に・・・いいから来て!!」


真白はクラスの女子に腕を引っ張られ、3階に向かった。


「お前みたいなクズが俺に何逆らってるんだよ」


廊下に生徒が群がっており、その先の様子は見ることができなかった。しかし、その罵声が吊り目くんのものだということは判断できた。


真白の腕を掴んで離さないクラスメイトは、まるで「私関係者です」みたいな雰囲気で人込みをかき分け、そして真白をその円の中に突き放した。


「いや俺、関係な・・」


そこには、仁王立ちをしている吊り目くんと、廊下に座り込む絵奈の後姿があった。


「私のお父さんが悪いから、たぁくんの言うこと聞いてたら罪滅ぼしできるんじゃないかってずっと思ってた。

でも、それは間違ってた。

たぁくんはみんなの人気者で私のヒーローで、大好きだった。だからこそ、もうたぁくんの言いなりにならない!

昔の大好きなたぁくんに戻ってほしいの!!!」


絵奈は泣きながら訴えかける。



すると、おおおおーーーと謎な歓声が周囲の生徒から上がる。


吊り目くんは突然の絵奈の告白(?)に顔を真っ赤にし戸惑っている。


「なんだよ好きって・・・!!お前みたいなブス、もういい!!!消えろ!!!」


そう言い放つと、吊り目くんは周りの生徒に「邪魔だ!!どけ」と言いながら階段を下りて行った。


「ひどいーー!最低!!」


周りからブーイングが起こる。


とりあえずそこに立ち止まっていた真白に「ほら、波木くん。加瀬さんを慰めて」と、クラスの女子が耳打ちしてくる。


(いや俺マジ関係ないんですけど)


そう思いつつも、座り込んでいるままの絵奈に手を差し伸べた。


「まぁ、頑張ったな」


とりあえず、慰めの言葉をかけておいた。




あれから吊り目くんが絵奈に絡んでくることはなくなり、春休みを迎えた。


その間、真白には進級するために必要な出席日数が足りない、という問題が浮上した。

しかし、両親が「引きこもりの原因であるいじめは、学校の管理不足にも原因がある」と圧力をかけてくれたこともあり、補習とレポートを提出するということで学校と折り合いが付き、無事進級することができたのだ。


春休み中も絵奈と一緒に畑の手入れに力を注いでいた。

やっぱり農作業をすることが、生きがいだと思う。


(マジで動けるようになってきたな)


ヒーリングファイヤーの効果と日頃の努力の甲斐もあって、真白は劇的に脂肪を減らし続けた。


思い通りに動いてこその体である。


畑の傍に野性的に増殖していたハーブを摘み、それをお茶にして飲みながら休憩を取っていた。


「加瀬さんって、自分で髪切ってるんだ?」


前髪を切るのに失敗したと笑う絵奈に、真白は聞いてみた。


「うんそうなんだ。うちお母さんだけでしょ。だから、できるだけ節約したくて」


少しの沈黙の後、真白は口を開いた。


「今日ってこの後時間ある?俺んち来ない?」


「え、うん・・・あるけど・・・」


絵奈は恥ずかしそうに下を向いている。

男子の家にお呼ばれなんて思春期の女子には一大イベントである。


「じゃあ親に連絡しとくよ」


真白にその乙女心は分からないようだった。



絵奈と家に着いた途端に玄関ドアが開いた。


「いらっしゃーい」


真白の母が立っていた。


「真白ちゃんが女の子連れてくるって聞いて待ってたの」


顔は笑顔であるが、表情が引きつっている。


「あ、あの加瀬絵奈と言います。何度かお邪魔しまして」


母はジーーーッと絵奈の顔を覗き込む。


「あ、加瀬さん!!あらすっかり変わっちゃってて全然気づかなかったのごめんなさい」


今までの表情をコロッと変えて、家に招き入れる。


「頂き物のおいしいクッキーがあるの。加瀬さん、クッキー好き?」


「はい、大好きです」


「あー良かった。今お茶入れるわね」


真白の母は一転してご機嫌なようだ。

餅男が引きこもっている間、絵奈は定期的にノートを持ってきてくれていたようで、母はとても感謝していたらしい。

餅男がそのことを聞こうともしていなかったので、記憶には残っていなかった。


その時の絵奈はとても饒舌だった。

真白と二人で荒れ地だった畑を一から耕していることなど、楽しそうに話す。

それを隣で聞いていた母は「普段なーんにも話してくれないんだから」と、少し拗ねながらも、我が息子の元気な姿を想像して感激しているようだった。


「加瀬さん、良かったらうちの母さんに髪切らせてあげて」


一通り絵奈の話を聞いた後、真白は突如提案をする。

帰宅したすぐに、母に頼んでおいたのだ。


絵奈はすごく驚いていた。


「母さん元スタイリストなんだ。だから美容師の資格も持ってる」


「すごいですね!でも・・・」


絵奈はブンブン頭を振っている。

申し訳ないと言いたげであった。


「遠慮しないの!真白ちゃんの髪も私が切ってるんだから。

加瀬さん可愛いから、ママ本気出しちゃう!!」


母の力強いガッツポーズに絵奈は一瞬目を丸くしながら、「・・ありがとうございます」と、恥ずかしそうに微笑んだ。




真白は2年になり新学期を迎えた。


真白は早朝の畑の手入れを終えると、部室で着替え靴箱へと向かう。


「波木くん、お、おはよう・・・」


絵奈が少し声を上擦らせながら、挨拶してきた。


「おはよう。眼鏡どうしたの?」

絵奈がいつも掛けていた黒縁眼鏡が見当たらなかった。


「えっとね・・波木くんのお母さんに髪切ってもらったでしょ。それを見たお母さんが、眼鏡のままじゃ勿体ないって。コンタクトにしなさいって、コンタクト買ってくれて・・」


恥ずかしそうに手で顔を覆ってしまう。


「どおかな?変かな」


「いや、とてもよく似合ってる」


絵奈も痩せて可愛くなったと思う。

顎に沿って切られた丸みのあるミニボブの髪が、春風に煽られてふわりと広がった。




絵奈はその日、夏川に呼び出されていた。

しかし、前のように突然の呼び出しではなく、場所と時間が指定されていた。


そこは、夏川と子供の頃にいつも遊んでいた小さな公園だった。

日も暮れかかっていて、子供の姿はなかった。


(懐かしいなぁ)


いつも足が遅い絵奈を夏川はいつも待ってくれたし、怖いと言えば手を差し伸べてもくれた。

時間は巻き戻せない。でもいつか昔のような関係に戻りたいと思う。


滑り台で座って待っていた夏川は、絵奈の姿を見て近づいてくる。


「絵奈、来てくれてありがとな」


「うん・・」


夏川は下を向いて少し黙った後、覚悟を決めたかのように真っ直ぐ絵奈を見て話し始めた。


「実は、親父が退院したんだ・・・

それで、俺に聞くんだ。絵奈ちゃんと菜穂ちゃんは元気かって。

それで俺何てことしちゃったんだろうって・・」


夏川の目からは涙があふれ出している。


「いつも親父のようになりたいって思ってたのに」


「たぁくん・・・」


絵奈はそっと、夏川の手を握る。


「ほんとごめん」


夏川は片手で涙をぬぐいながら、絵奈の手を強く握り返した。


「たぁくん、大丈夫だよ」


絵奈もいつの間にか泣いていた。


夏川が泣いたのを見るのは2回目だった。

前回は、怒りに満ちた涙だった。今回は後悔の涙だろうか。


高ぶった気持ちを落ち着かせるように夏川は深呼吸した。


「あとさ、波木にも謝らなきゃな!」


夏川の言葉には力強さがあった。

虐めた相手に謝るというのは、勇気がいることだろうと絵奈は思う。

ただ、夏川は本来、とても真っ直ぐな人だ。


「許してくれるかな・・・?」


「んーー分からないけど、波木くんの心の傷が消えるまで、謝り続けよ。

私も一緒に謝るから」


「絵奈、ありがとう」


少しだけ二人の間に昔の空気が戻ってきたように思えた。



しかし、相手は夏川である。そんなに綺麗な結末を迎えることなどできないし、それでは夏川ではない。


「あと、絵奈さ・・・お前があんなに俺のこと、す、好きとか、ヒーローだとか思ってくれてるの知らなくてさ、お前可愛くなったし、どうしてもって言うなら、付き合ってやっても・・・・」


恥ずかしそうに話す夏川の言葉を遮って、絵奈が食い込むように言い放った。


「あ?!関係ない波木くんを虐めるようなクズ野郎、今も好きなわけないだろ!!頭煮えてんのか」


夏川の束の間の恋はあっさり崩れ去っていったのだった。




「ひどいことしてほんとごめん!!」


苗の間引き作業をしていた真白は、目の前で頭を下げる吊り目くんに驚いていた。


いったい何があったのだろうか。



「いや、別に俺は気にして・・・」


と、そこまで言って口を噤んだ。


確かに真白は何も気にしていない。

ただ、餅男はどうだろうか。あっさり許すのも餅男が可愛そうではないか。

身体をくれた縁もあるわけだし、少しは何かしたほうがいいのかもしれないと思う。


「じゃ、ちょっと待ってて」


真白はそう言うと近くにあったバケツを持って、その場を離れた。


何が起こるのだろうかと考えていると、真白がバケツに水を入れて戻ってきたのだ。


「じゃ、ちょっと息止めといて」


そう言うと、夏川の頭上から水が入ったバケツをひっくり返す。


夏川は、それを慌てることなくすべて受け止めた。


これで真白が許してくれるとは思っていないが、それで気が済むのなら全然良かった。


傷つけられた心は、そんな簡単には戻らないことを夏川が一番よく知っているのだ。


「はいこれ、タオル」と、真白はすぐにタオルを差し出した。

予め渡そうと準備していたのだろう。真白の素早さに夏川は唖然としている。


「ありがとう・・・」


真白の優しさに目元が温かくなる。


「それ使ってないからキレイだから」


「う、うん」


「てことで、俺忙しいからもういい?」


そして、夏川から背を向けると、真白は元々していた作業に没頭し始めた。


「お人好しかよ・・・ありがとな」


夏川は背を向けて、歩き始めた。


真白は少し悩んだ末に夏川の背中方向に手を突き出し、


「ヒーリングファイヤー」


と呟いた。


(まぁ、風邪ひいて恨まれても困るしな・・)



こうして、真白は平和な日常を手に入れた



・・・はずだった。



しかし、転生者に平和な日々なんて、そう簡単には訪れないのが、セオリーなのである。




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