1-4、神ガチャに外れました。
「絶対的記憶力」
それは前世の真白が生まれながらにして得ていた固有の能力であった。
1度見たものについて絶対に忘れることなく、いつでも記憶から引き出せる。
ただ、前世では50人に1人はいるという、ごく一般的な能力で、魔道具でも似たような能力を保持できたため特に重宝されることもなかった。
農薬の配合や出荷量の調整をメモする必要がない、というメリットがあったくらいだ。
前世では、人の生誕は神の祝福によるものだと言われていた。それは、日々の祈りによって魔力を維持できるといったことにも由来していたが、それよりも人間であれば例外なく全員に1つの固有能力が与えられたからだ。
その生まれ持った固有能力を「ブレシングスキル」と言う。
100以上いると言われている神の中で、より高い能力を授けることが出来る神ほど知名度が高かった。
そのため、神の名が何であるかも重要な要素であった。
特に重宝されたのが魔法能力系のもの、戦術に関わるものであった。
国家騎士団、国家魔法士などの高職にも就ける可能性があったからだ。
この「ブレシングスキル」によって、この先の名誉や財力、結婚まで影響を及ぼす可能性があるのだから、親たちは子供が宿ったと知ると出来るだけ多くの神々に祈りを捧げ、少しでも良い能力を授けてもらうように願った。
真白の親も祈りに時間を割いたが、願いは叶わず平凡な能力となった。
真白へ加護を与える神の名を「オルス」と言った。
加護神の名を、3歳の誕生日に教会の職員によって伝え聞く。
その時の両親の反応を真白は記憶していた。
「オルス神・・・?」
両親は、お互いに顔を見合わせる。
その名を一切聞いたことがなかったためだ。
「一体どういう神様なのでしょうか?」
両親は、教会職員に問う。
「・・・えっと、少しお待ちください」
この女性職員は年齢20前半といったところか。若さから知識が不足している可能性はあるが、教会の人間ですら知らない神だというのか。そんなことあるのだろうか。
真白と両親をその部屋に残し、30分後に戻ってきた。
「古い文献ですが、ここに記載が・・・」
埃をかぶっていただろう古い本の後方に記載されたページを、若い両親に見せた。
「オルス神。男神・・」
「こ、これだけですか」
両親は不安そうにしている。
「は、はい。ただ、大変珍しい神様なので・・・」
若い職員は上目遣いに、両親の顔をちらっと見る。
「もしかしたら、すごい神様かもしれないっていう夢がありますよね!!素晴らしいです!!」
生まれ持った愛嬌で両親を励ますことにしたようだった。
「授業中に睡眠をとるのはダメか・・・」
数学教師に釘を刺されたのだ。それに逆らうことは出来ない。出来るだけ目立つことは避けたかった。
しかし、真白に授業は必要なかった。絶対的記憶力を前世より引き継いでいたからだ。
すでに中学の教科書と現在の教科書に記載されている内容すべてを記憶していた。
(授業中の時間を有効活用しないと・・・)
昼休憩に母特製のデコ弁を食べた後、図書室へ向かうことにした。
1度、図書室の前を通ったので場所は分かっていた。
授業中にこっそりと本を忍ばせ、この世界の知識を叩きこむのだ。
「波木君」
教室を出ようとした瞬間、絵奈が話しかけてきた。
表情は曇り、強く握った指が若干震えているようにも見えた。
「なに?」
「今朝のことだけど、本当にごめんなさい」
「なんで加瀬さんが謝るの?」
「だって私のせいで・・・波木くんが・・・」
絵奈は顔を下にそらす。
絵奈が言っているのは、今朝のことだけではない。それは分かっていた。
餅男は、元々明るく人付き合いが得意だった。それでいて正義感も強かった。
入学したすぐ、絵奈があの吊り目に絡まれていた際に「やめろよ」と止めに入ったのがいじめの始まりだった。
「あんなクソ女のことかばってんじゃねーぞ」
吊り目が叫びながら、餅男の頭からバケツの水を浴びせている映像が真白の脳内に鮮烈に流れる。
「・・・本当にごめんなさい。」
「あー全然気にしていないから」
真白にとって、それは本心だった。自分ではなく餅男の記憶だからという理由もあるが、
肥料として使っていた家畜の糞尿のバケツをひっくり返し、被ったこともあるくらいだ。
バケツの水など水浴びくらいにしか思えない。
「うん・・ありがとうね」
少しだけ絵奈の表情が明るくなったような気がした。
「それより、図書室行きたいんだけど場所教えてくれる?」
放課後、真白は心を躍らせながら園芸部の部室へ向かった。
この時間のために、学校に来ていると言っても良かった。
畑作業を行うため作業服に着替る必要があった。
部室の一部にカーテンが敷かれていて、そこを更衣室として利用しているようだった。
女子部員と共有していたため、使用時は「使用中」の看板を垂らしておかなければならない決まりがある。
部室に入ると、部長の鏡花が勢いよく近づいてきた。
「波木君!!!!」
「は、はい」
この人にパーソナルスペースは存在しないらしい。顔を思いっきり近づけてきたため、思わず後ろにのけ反ってしまう。
「部長、新入社員を威喝しないでください」
椅子に座ってお茶を飲んでいた副部長の田島がのっぺりとした声で注意するが、鏡花の耳には入ってないようで、そのまま勢いよく話し出した。
「あの畑もうあそこまでやったの!!!!?」
畑一帯の草が全て刈られ、草が端の方にまとめて置かれていた。
「あ・・はい」
「えええええええええーーーーーいつよ、いつーーー?」
「朝早く学校に来て」
「朝だけであそこまでできるーーー?」
部長は犯人を追い詰めるような眼をしている。
「え、まあ・・マッハで・・」
やり過ぎたようだった。
魔法無しであの量の草刈りは確かにできないだろう。
「うーーん」
鏡花は真白から顔を離し、左手で右腕を支えながら、指を顎に添え唸りだした。
探偵ポーズと言ったところだろうか。
「・・・もしや!!!!草刈り機使った?」
草刈り機、それは現代に存在する便利な道具である。
「あ、はい・・・」
使ってはいないのだが、そういうことにしておこうと思った。
「さすが名探偵、鏡花」
鏡花は嬉しそうに頷いている。
名探偵かどうかは置いといて、鏡花がそれで納得してくれるのならばそれで良かった。
「伝えてなかったのが悪いのだが、生徒の草刈り機の使用は禁止されているのだよ。
だから、ここだけの話と言うことでいいかな」
鏡花は真白の耳元で囁く。
「すみません」
とりあえず、シュンとして置くことにした。
「そうですね、ちゃんと伝えていない部長が悪いですね」
囁いた言葉までしっかり田島に届いていたようだった。
「田島・・・!でもまぁその通りだ。
それにしても・・・どうやって草刈り機をここまで持ってきた?」
また名探偵鏡花が不思議そうに真白の顔を覗き込んできたのだが、
「俺着替えてきます」
と、早々に逃げ出すことにした。
(魔法は最低限にしておこう・・)
真白は、畑を鍬で耕しながら、反省していた。
鏡花はなかなか鋭い。魔法についてばれても困る。
ヒーリングファイヤーを自分自身にかけたおかげで、代謝が上がるのにあまり疲れないのだから、
人力でやったところで普通よりかは早く作業ができる。
そして何よりこの土の匂い。手作業でやるからこその味わいもあると思う。
「私にも手伝わせてもらっていいかな」
突然、後ろから聞こえてきた声に真白は目を向ける。
足元は長靴、鴬色のつなぎ、手には軍手を付けた絵奈だった。
拒否する理由はなかった。
農業で生計を立てていた頃とは違って、作業スピードは問題ではない。
ただ、土と触れ合えるこの時間が大切なのだ。
「じゃあその奥のほうを耕してもらえる?」
「うん!!!」
絵奈は小走りで鍬を取りに向かった。