1-3、初級魔法しか使えませんが
学校2日目。
農家の基本は日の出前に起床、日の出と共に農作業である。
現世は本当に便利だと思う。なぜならスマホ1つで日の出時間が分かるからである。
こちらの世界のことはまだ知らないことだらけだ。
前世の世界は1年通して温暖だったが、ここは春夏秋冬と四季がある。
つまり作物の種類や植え方も異なるわけで、楽しみで仕方ないのだ。
勉学は必ず答えが決まっているが、自然を相手にするということは予期せぬ出来事の連続である。
まだ辺りが真っ暗な状態ではあったが、学校へ向かう。
日が昇る頃には畑作業を始めておきたいからだ。
昨日は制服を着て学校まで走ったが、今日は学校帰りに「みんなの味方ワークショップ」で購入した作業服を着込んだ。
体が重いのは変わらないが、ペース配分について見直すことが出来たので、昨日よりも早く学校に着くことができた。
朝日が昇り、辺りが明るくなってきた。
「始めるか」
前世の農業は、魔法を流用したものが基本であった。
というのが、すべての人間は「ファイヤーボール(初級)」「ウオーターボール(初級)」「ウインドカッター(初級)」「ヒーリング(初級)」という魔法能力を有していたからだ。
水やりはウォーターボールで事足りたので、乾燥地域でもそれなりに収穫ができた。
収穫や草刈りもウインドカッターで出来る。
しかし、真白の魔法に対する適応能力はゼロに等しかったので、初級以上にレベルアップすることは不可能に等しかった。
つまり、いくら努力しても適応能力がなければ「すごい魔法使い」にはなれないのだった。
(まずは草刈りからだな・・・)
辺りを見渡し、誰もいないことを確認する。
こんな早朝から構内の端にある雑草まみれのこの場所に、人が来るとは思えなかったが、念のためだ。
「ウインドカッター」
手を大きく広げ魔法名を唱える。
しかし、本来は現れるはずの風が吹かないどころか、手の先から発せられるはずのエネルギーが感じられない。
(この世界では使えないのか?)
一瞬疑ってしまうが、餅男から体を受け継いだ際、激しい頭痛に対して「ヒーリング(初級)」が使えたのだ。使えないはずはなかった。
「ウオーターボール」
他の魔法も試してみる。
しかし、これも働かない。
じゃあなぜ?
答えはすぐ出た。
枯渇だ。
前世では魔法が当たり前のように存在していたが、無制限に使えるというわけではなかった。
「人は神の祝福によって生まれ、神への祈りによって生かされ、加護を得て能力を発揮できる」
普遍的な理があった。
神への祈りは魔力を得るために必ず必要な習慣であった。しかし、祈りを捧げなければ死を意味するというわけではない。
生きることに関して影響がないといっていい。
しかし、魔力に依存している世界において、「祈りを行わない」という選択肢を誰も選ばなかったと言うだけであった。
善人・悪人問わず、祈りを捧げれば魔力を維持できた。神は人の善悪によって差別はしなかった。
前世では毎日神を祈りを捧げていた真白であったが、こちらの世界に来ても同じように祈りが必要だとは思っていなかったのだ。
真白はその場に跪き、自分の加護神に祈りを捧げた。
「我が加護神、オルス様。その御加護に感謝いたします。どうぞ私に力をお与えください。」
次第に体に力が湧いてくる感覚があった。
そして体が軽くなっていく。
(神の加護を得ていないこの世界の人間は、こんなに重い体で生きているということか・・・)
この餅男の体が重くてたまらなかったのは、体重の影響だけではないようだった。
そして、改めて魔法を唱える。
「ウインドカッター」
先ほどと違って手の平からエネルギーが沸き起こり、直径1m範囲の背高くなった草を根本付近から一瞬にして
スパっと切り落としてしまった。
(神よ、ありがとうございます)
祈るだけで得られる力なのだから、感謝しかないのである。
ウインドカッターによって、畑全体の草刈りはあっさりと終わったが、真白は大切なことを思い出した。
魔法能力初級の真白でも使える大事な魔法を忘れていたのだ。
「ヒーリングファイヤー」
両手を自身の胸に当てて、そう詠唱した。
初級魔法同士の合わせ技であり、基礎代謝を上げて体力を増強する農家愛用の補助魔法であった。
部室内で着替えた後、本館内に入ると絵奈と誰かが廊下で話している姿が見えた。
背の高い男子生徒で、スリッパの色から2年の生徒だと分かる。
真白が教室へ向かうためには、絵奈の横を通り過ぎなければならなかった。
二人の横を黙って通り抜けようとしたのだが、男子生徒の横を通り過ぎた時に
勢いよく首の後ろ側の襟を掴まれ、体のバランスを崩してしまう。
「おい、お前・・・俺を無視して良いと思ってんのか」
その男子生徒はもともと吊り目であろう目をさらに吊り上げ、ギッとすごい形相で睨んでくる。
顔に見覚えがあった。
(この男・・・・餅男を虐めていたやつか)
真白は表情を変えず、掴まれた腕を掴みスルッと体を翻す。それと同時に、男子生徒の腕を背中側にひねり捩じ上げた。
「いててててて・・・離せ」
真白の拘束から抜け出そうと藻掻いている。
「分かりました」
言われた通り手をパッと突き離すと、男子生徒は前方によろけてしまう。
真白は、茫然と立ち尽くしている絵奈に少しだけ視線を送った後、二人に背を向けて教室へと向かった。
「・・・お前、また遊んでやるからな!!!!」
と捨て台詞のような言葉が背中に刺さったが、振り返ることはしなかった。
自分の席に座ると、昨日机の中に仕舞っておいた教科書をぺらぺらとめくった。
(なるほどね)
真白は深く頷いた。
それにしても眠い。昨晩、中学の教科書を見ていたため睡眠が足りなかったか。
大きな欠伸をすると、真白は昨日と同じように机の上にうつ伏せになる。
睡眠不足は農作業効率が落ちるので大敵である。
「・・・おい、波木!!!起きろ」
耳元で大声が聞こえたと思ったら、肩を揺さぶられた。
その顔に覚えはある。数学の教師である。白髪が混じった髪をオールバックにしていた。
「お前、今日は寝るのは許さんからな」
教師の声には圧が掛かっていた。
この日も絵奈が「波木君今日で学校復帰二日目なんですーーー」と庇ってくれていたようなのだが、
2日目にその手は通じなかったようだ。
教師の言い分も分かるので、逆らうことはしない。
懸命に教えている側で寝られていては腹も立つだろう。
「寝るだけの根性があるんならお前この問題解けるのか。解いてみろ」
ホワイトボードに書かれた問題を解くようにとマーカーを渡される。
「はい」
前に出てすらすらと問題を解いて席に戻った。
「・・・・正解だ。寝てるくせにけしからん奴だ!!
じゃあこっちも解いてみろ」
教師は悔しそうにしていたが、解けるのが当たり前なので特に自慢に思うこともない。
仕方なく指示された問題も解いてみせる。
「お前、よく勉強しているな!今日だけは許してやるが、今後は寝ないように!」
意外と融通が利く先生で、真白はホッとしていた。
真白にとって勉強とは習うことではなく、得ることだった。