1-1、転生しました
精白された天井に壁。天井にある照明は驚くほど明るく青白く光っていた。
庶民の家は粘土を混ぜて造られていたため、黄色みが強かった。
ここまで白い室内ということはよほど裕福な貴族の屋敷に違いなかった。
しかし、貴族様の屋敷だとしても、ただの農民では入れる場所ではない。
自分の記憶を探ろうとするも、大量の映像が頭に流れてきて必要な情報が引き出せない。
頭痛が酷く何も考えられないばかりか、腕すら上がらない。
真っ白なシーツが掛かったベッドに仰向けで寝かされて、しっかりと胸まで布団を掛けられていることは分かったが、身体の上から大きな岩を乗せられて身動きが取れないような、そんな感覚と似ていた。
そして息も苦しい。
短い呼吸を繰り返すことで何とか安定した空気量を得ることができたが、この体に異常があるのは確かだった。
「うっ・・・いたっ・・・」
余りの痛みに思わず声が漏れてしまったが、自分の声に耳を疑った。
聞き慣れたかすれ声と明らかに違うのだ。引っ掛かりがないというのだろうか、声のトーンも少し高い。
ただ、今はそんなことはどうでもいい。
この頭痛をどうにかしなければと、重い腕を上げることに全力を尽くそうとしていた。
なんとか掛け布団から右腕を引き抜き、手を持ち上げることに成功したのだが、次は目を疑った。
(なんだこの真っ白プニプニな豚足は!!!!!!!)
毎日の農作業で培った浅黒い肌と筋肉は、脂肪が乗った色白な腕と指に置き換わっていたのだ。
(まさか呪いでもかけられたか・・・?)
色々考えたいことはある。しかし、頭の痛みが全てを邪魔する。
持ち上げた指先を自分の額に当て、目を閉じて呟く。
「・・ヒーリング」
すると、指から放出された熱が頭全体に溶け込んで行き、スッと頭の痛みが引いていくのを感じた。
完全に痛みが消えた訳では無かったが、これでまともな思考ができる、そう考えた時だった。
「真白ーーーー!!」
甲高い声が足元から襲ってきたと思ったら、ガバっと抱きつかれていた。
「うえええええええええん、心配したんだよぉおお。よかったよかったよかった!!!」
この女誰だ・・・・小さいけれど子供というわけではない。
わんわんと泣きじゃくるこの女性をじっと見つめながら、頭の中の色んな映像が全て繋がっていく感覚がした。
(いや・・・俺この人知ってるわ)
「お母さん、ちょっと落ち着いてください!」
突如、白い服を着た男が現れ、女性の肩を叩く。
すると、女性は少し名残惜しそうに体を起こし、男の後ろへと控えた。
「自分の名前分かるかな?」
白い服の男は問う。
少し戸惑うも、ここで出す正しい答えは頭の中のイメージが教えてくれていた。
「・・・波木真白」
「ここはどこか分かる?」
「・・・病院です」
ここは特別な貴族の屋敷でもなく、この世界ではごく一般的な病院だった。
(そうか俺は転生したのか)
すんなりと受け入れているこの状況に、自分でも少し驚いていた。
波木真白 16歳 高校1年生
波木夫婦の元に生まれた長男で一人っ子。
子供が授かりにくいと診断されるも、不妊治療の果て無事出生。
父親譲りの白い肌から「真白」と名付けられる。
親はやっと出来た息子を甘やかし、食べたいと言う物を食べたいだけ食べさせていたため、もっちりプニプニボディに成長。
白く丸い見た目と、きな粉餅が好物だったこともあり、餅ちゃんこと「もっちゃん」と同級生から呼ばれていた。
明るく前向きな性格から友達は多かった。
しかし、親の転勤により、中学卒業と共に引っ越し。家から一番近い高校へ入学するも、すぐにいじめに遭い引きこもるようになる。
(引きこもりから9か月後、自暴自棄になり自殺を決意。最後の晩餐にと、好物のきな粉餅に黒蜜をかけて食べるも、喉に詰まらせて自室で呼吸困難による心停止・・・・ね)
まぁ、ざっと記憶の中の「真白」の情報を集めるとこんな感じだった。
ベッドに腰掛けながら、前「真白」こと餅男の部屋を眺めていた。
死んだ当日は、机の上に洗っていない大量の食器と、足の踏み場もないほどのごみ、漫画本の山に、衣類。餅を喉に詰まらせた時にひっくり返してしまった皿ときな粉の粉末がその辺に散乱していたと思ったが、退院までの間に母親が片づけてしまったようだ。
漫画本は本棚の中に綺麗に整頓されていたし、ごみも全て捨てられていて、ベッドのシーツも新しい物に変わっていた。
餅男の記憶は、頭痛と共にインストールされたようだった。
ヒーリングによって頭痛はある程度収まったが、完全に痛みが無くなったのは翌日であった。
餅男の記憶を残したまま転生したことは幸運だった。この記憶がなければ、前世と全く違うこの世界で生きる術などなかったはずだ。
部屋の扉を叩く音の後、ドアの隙間から真白の母親が申し訳なさそうに顔を覗かせた。
「真白ちゃん・・・勝手に片づけてごめんね」
「いや、ありがとう。さすがに汚すぎた」
記憶にあるあの部屋を自力で片付けようと思うと、マジで嫌気がさす。
匂いの記憶はないが、見た限り悪臭が漂うに違いない。
特に狭い場所では、このでかい腹が邪魔でまともに動けないのだ。
真白が怒っていないと知ると、母はドアを全開にして勢いよく抱きついてきた。
「真白ちゃん、ありがとう」
真白の胸に顔を埋めているため表情は見えないが、口癖のようになっている母親のありがとうには、「死ぬなんて許さない」という呪いが含んでいるようにも感じるのだった。
「あのさ、俺、学校行きたいんだけど制服ある?あと、この髪切りたい」
肩までつく長い髪を手で束ねて、母に見せつけた。
毎日更新します。宜しかったら続きを読んでください。ありがとうございます。