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恋人が幼児化したんだけど可愛すぎて俺の父性がやばい

作者: ネコタツ

 俺にはつき合って二年になる恋人がいる。


 名前はマリ。


 サークルの新歓コンパで出会ってすぐに意気投合し、勢いでつき合うことになったのだが、はっきり言って俺は彼女のことを愛している。社会人になったら結婚することも考えているくらいだ。


 そんな俺が愛してやまない彼女の身に不思議なことが起こってしまった。


 なんとある日突然、子供の姿になってしまったのだ。


 原因も理由もわからない。まだ日が昇って間もない朝っぱら、彼女の妹であるユーリからいきなり電話がかかってきて呼び出しを食らったので、何かと思って家に来てみればそうなっていたのだ。


 玄関開けたら四、五歳くらいの子供を見せられて「マリだよ」と言われたときはどんな冗談かと思ったが、本人がしきりにマリを自称するので信じざるを得なかった。


 しかも、知能も見た目相応まで退化しているらしい。


 喋り方が子供特有の大声でゆっくりはきはきとした感じになっているし、小学生以上の記憶が残っていない。


 大学で知り合った俺のことも覚えていないみたいだ。


「で……これを俺にどうしろというんだ?」


 俺の右足に抱きつくマリを見下ろしながらユーリに尋ねた。


「お兄さん、彼氏なんだからお姉ちゃんの面倒見てよ。幸い懐いてるみたいだし」


「おいおい、丸投げするつもりか。たしかに俺はマリの彼氏だけど、お前は家族だろ。もっと優先的にこいつの面倒を見なきゃいけない立場だろ」


「だってあたし高校生だし。お父さんもお母さんもしばらく家にいないからお兄さんしか面倒見られる人がいないんだもん」


 俺だって大学生なんだが。大学生って暇人だと思ってる? 俺も朝から講義あるからね。


 そんな俺たちの事情を知ってか知らずか、マリはきょとんとした顔で俺のことを見上げていた。


 疑わずに見てみれば大学生のマリの面影があるような気がする。


 眉毛は剃っていたからわからないけど、髪型や輪郭、顔のパーツの一つ一つがこの子がマリであることを俺の直感に訴えかけてくる。


 それにしても子供時代のマリか……。


 上目づかいで見てくるつぶらな瞳、ぷにぷにのほっぺた。


 おとなのあいつも可愛いけど、子供のころのあいつもめちゃくちゃ可愛い。


 もしも俺と彼女の間に娘がいたらきっとこんな感じの子が……。


「……パパ?」


「パパだよ~」


「違うでしょ! なに父性芽生えてんの!」


「はっ……!」


 いかん! 俺はマリの彼氏だった! 


 自分の頬に平手打ちをかます。


「パパ?」


「パパだよ~」


 平手打ちをかます。


 油断していたらやられる! 強い意志を持たねば一瞬でパパにされてしまう!


 あと自分の思考がおじさん化していっているのがわかって軽くショックだ。


「あたしパパだ~いすき。パパはあたしのことすき?」


「お、おう。俺はもちろんマリのこと大好きだぞ」


 マリは「やったー!」と嬉しそうに飛び跳ねていた。


 ちょっと返答に迷ったけど俺がマリを好きなのは事実だからな。パパとして答えたわけじゃない。


 しかしまいったな。この子、完全に俺のことをパパだと認識している。


 それはそれで悪い気はしないのだが、やっぱり俺は彼女とは恋人同士でいたい。


「けどなんで俺のことパパって呼ぶんだろう」


「お兄さん、うちのお父さんの若いころに少し似てるから」


「そうなんだ」


 それでこんなに懐いてるのか。まあ、怖がられてビービー泣かれるよりはましか。


 俺とユーリが話をしているとマリがまた俺の脚にギュッとしがみついてきて、今度はユーリのことをねめつけていた。


 どうやらユーリに警戒心を持っているようだ。幼児化によって妹のことも記憶にないらしい。


 正確には高校生の妹のことは知らない、だろうけど。


「おねえさん、パパとなかよし。どんなかんけい?」


「お姉さんて……。う~ん、なんだろう、友達?」


 少し困惑した様子で真面目に答えるユーリ。ふざけて誤解を招くような言い方をしなくて俺は内心で安堵する。


 ベストな回答だろう。まだ俺の妹じゃないし。ましてや不倫相手でもないし。


 しかし、腑に落ちないと言わんばかりにマリは質問を続ける。


「おねえさん、パパのことすき?」


「え? う~ん、どっちかっていうと好きかな。お姉ちゃんが彼氏にするだけあるし」


「や! おねえさん、パパをすきになっちゃダメ! パパをいちばんすきなのはあたしなの!」


 マリは俺の脚にギュッとしがみついてユーリのことを威嚇した。俺のことを独り占めしたいらしい。


「やだ! うちの娘可愛すぎる!」


「お兄さんの娘じゃないでしょ! 正気に戻れ!」


 平手打ちが飛んだ。


 どうやらまた父性が芽生えていたようだ。しっかりしなきゃ。


「あっ! もう学校行かなきゃ! じゃそういうことだから。お兄さん、お姉ちゃんのことよろしく!」


「ええ!? 俺も大学の講義があるんだけど……」


「一回休んだ程度じゃ単位は落ちないって。平気平気」


 休んでるの一回だけじゃないんだよなぁ。まあ、まだ大丈夫だろうけど……。


「じゃあお願いね! パパになったりしないようにね!」


「あ、ちょ、おい!」


 呼び止める暇もなく、玄関の扉がバタンと閉まってしまった。


 ……………。


 結局丸投げされてしまった。


 一人取り残されて唖然とする。


 彼女の家に恋人と二人っきり。


 冷静に考えたらすごい状況だ。恋人幼児化してるけど……。


 マジでどうしたらいいんだ。


 原因の究明が先決か? でもこんなおとぎ話みたいなことを起こすものがこの家にあるのか? というかこの世にあるのか? コ○ンじゃないんだぞ。


 気づけばマリが俺のズボンの裾を引っ張っていた。


「パパ~。いっしょにあそぼ~」


「ん、いいぞ。何して遊ぼうか」


 解決策が見つからない以上、今はこの子の要望に応えることしかできることがない。


 他人の俺が病院に連れていくわけにもいかないし。


 ネグレクトするわけにもいかないしなあ。


 そんなわけでマリの遊びにつき合うことにした。


 彼女は身体を動かして遊ぶのが好きだった。ボール遊びだったり、かくれんぼだったり。


 これは俺にとっては意外なことだった。


 俺の知っている彼女は少し気が強くて冷静でしっかりとした女性なのだが、子供の彼女は庭駆けまわる犬のように元気で、大人の彼女からは想像もつかないほど快活な女の子だった。


 あ、でもちょっと甘えん坊なところは似ているかもしれない。


 マリは特にニンテンドースイッチで身体を動かすゲームを気に入っていた。俺たちが子供のころにはなかったものだ。相当物珍しいに違いない。

 

「パパ~。つぎなにしてあそぶ~?」


「待って……マリ……元気すぎだよ……」


 俺はすぐにへばった。普段、運動していないこともあってか大人の身体は子供の元気さにまったくついていけていなかった。


 ゲームで身体を動かしまくって思いのほか疲れてしまったのでいったん休憩。


 まだ遊び足りないというマリをどうにか落ち着かせ、二人でお茶を飲んだ。


「パパ~。いっしょにおふろはいろ~」


 口に含んでいたお茶を盛大に吹き出した。


 疲れ知らずの彼女がもう次の事を言い始めたぞ、とか思う以前に内容が内容だったのでむせ返ってしまう。

 

「いや、それはなんか、いろいろとまずいような気がするんだが……」


 親子関係でもないのに女児とお風呂? 事情を知らない人間が見たら一発で通報するぞ。


「い~や~だ~! パパといっしょにおふろにはいるの~!」


 しかし、よほど入りたいのか駄々をこね始めるマリ。

 

 やばい! こんなに娘に求められたら嬉しさで死んじゃいそう!


 父性が溢れて止まらなくなっていく。


 世の娘を持つ父親はこんないい思いをしているのか! 畜生! なんて羨ましいんだこんちくしょう!


 結局、駄々をこね続けるマリの要望を断りきれず仕方なく、仕方なく一緒にお風呂に入ってあげることにした。


 ていうか大人の彼女とすらまだ一緒にお風呂に入ったことなかったんですけど!

 

 初混浴がこんな形になってしまうなんて……。


 といってもお湯を張るのは時間がかかるからシャワーで身体を洗うことになった。


 最初は女児の身体に触れることに抵抗感があったが、一度触れてしまえばどうということはなかった。ただマリに触れているだけだと思えば慣れるのは早かった。


「おっふろ、おっふろ、た~のし~な~」


 全身をゴシゴシと洗われている間、マリは見るからにご機嫌だった。その様子が可愛くて、俺は心の中で悶えっぱなしだった。


 ああ、もう! うちの娘可愛すぎる!


 俺もうこの子のパパでいい!


 この時点で俺の父性は最高潮に達していた。


 身体を流し終えたら、今度は頭。

 

 姉妹が普段使っているであろうシャンプーを拝借し、乱雑に泡立てながら彼女の髪を洗っていく。


 女性用のシャンプーのことはよく知らないけどこんなに泡立ちがいいんだと感心しながら調子づいて洗ったものだから、気づけば彼女の頭は大きな白いマッシュルームのようになっていた。


 ……ん?


 ここへきてさすがに違和感を覚える。女性用のシャンプーのことをよく知らない俺でもこの状況がおかしいことくらいはわかる。


 いや、いくら何でも泡立ちすぎじゃないか?


 なんか俺の意思とは関係なく、どんどんどんどん泡立っていっているような……。


 実際、俺はもう洗うのをやめているのに泡は勝手に膨張していく。


 そして、はしゃいでいるマリをよそに泡はみるみる増えていき、あっという間に彼女の全身を覆い隠してしまう。


 何かが起こっているというのは直感的に理解できたが、それがいいことなのか悪いことなのかまでは判断がつけられない。


 これまでにしたことのない経験に、思考が鈍る。


「マリ!」


 考えるのをやめた俺は泡の中に手を伸ばし、彼女の身体を抱きしめた。


 触れている感覚があることからいなくなったりはしていないようだ。


 しかし、マリが暴れているからなのか知らないが、身体の感触が次々と変わっているような気がする。いったい泡の中はどうなっているんだ。


 しばらくすると膨張していた泡がひとりでに萎んでいき、やがてマリの姿が現れる。彼女は無事だった。


 ところがそこから現れたのはお転婆な女児ではなく、大人の女性だった。


 丸みを帯びたボディライン。ふくよかになった胸囲。そこに回っている俺の両手。


 泡の中から出てきたマリは俺が知っているいつものマリだった。


「……………………」


「……………………」


 長い沈黙の後、先に状況を理解したのは彼女の方だった。


「いやぁぁぁぁああああ!!!!」


 風呂場から絶叫と平手打ちが頬に入った音が響き渡った。


 その後、やはり心配になったのかユーリが午前中で授業を切り上げて早退してきたのだが、俺たちの状況を見て何かを察したらしく、冷静にマリのことをなだめてくれた。


 俺も一緒になって事情を説明し、とりあえず和解はしたのだが彼女の機嫌はどうにも戻らなかった。


「お姉ちゃん……」


「悪いとは思ってるけど仕方ないでしょ!」


 一応反省はしてくれているようだが、まだぶたれた頬がヒリヒリしていて災難の余韻が残っていた。


 結局マリが幼児化した原因はさっぱりわからなかった。心霊現象とか神の悪戯とか、そういう表現しかしようのない、なんとも不思議な出来事だった。


 でもちょっとだけ幸せな気分になれた一日だった。


クスッとしていただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] くすっとさせられました。 主人公の精神抵抗力が低すぎるのか マリの精神攻撃力が高すぎるのか おそらく両方と思われるけど。 主人公よ、結婚したら、 娘ばかりかまってないで ちゃんと家事の手…
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