「財布がない!!」
「財布がない!!」
突然、一人の同僚が悲鳴を上げた。
彼の名前は『縦倉』。入社2年目の若手である。
カバンの中に入れておいた財布が消えてしまったらしい。
話を聞くと、縦倉は財布の入ったカバンを休憩室に置いたまま、その場を1時間ほど離れてしまった。
戻ってきたら中の財布が無くなっていたのだ。
「本当にカバンの中に入ってたのか?」
「どこかに置いてきちゃったんじゃないの?」
「ロッカーにあるんじゃね?」
周りから色々言われる縦倉。
縦倉はムッとし、「確かにカバンの中に入ってたんですよ」と強く言い張った。
事件が起きた休憩室は、休憩時間以外はほとんど人の出入りが無い。鍵は無く、誰でも自由に出入り出来る。そんなセキュリティゼロの環境にも関わらず、私物を置いたままにする人(特に若手)が多い。
そんな状態が何年も続いていたが、不思議と盗難が起きた事は今まで一度も無かった。つまり、今回が初めての事件。
「よし、みんなで探そう!」
そう言い放ったのは、縦倉の2つ上の先輩の『ピータロー』だ。
ピータローは後輩の面倒見がよく、後輩たちからも慕われていた。もちろん縦倉からも。
困っている縦倉を見て、居ても立っても居られなくなったらしい。
その場にいた数名で辺りを捜索する。だが、いくら探しても見つからない。
「やっぱり盗まれたのかな...。」
泣きそうな顔で言う縦倉。
「そんなことする奴、この職場にいるかな? きっと見つかるよ!」
縦倉を励ますピータロー。捜索はまだまだ続く。
縦倉が今日立ち寄った場所、歩いた道、全てくまなく探した。
だが、財布が見つかることはなかった。
キーーンコーーンカーーンコーーン...。
終業のチャイムが鳴り響く。捜索は中止された。
「オレ財布の中に定期入れてたんですよ。帰りの電車代自腹か...。ってか、財布が無いから切符も買えないし。」
しょんぼりする縦倉。
すると、それを哀れに思ったピータローがこう言った。
「今日オレ車だから、お前の家まで送ってってやるよ。お前の家知ってるしね。」
驚く縦倉。先輩に家まで送ってってもらうなんて、そんなことお願い出来るはずがない。しかも縦倉の家とピータローの家は全くの逆方向。
「とんでもない! 同期に金借りるので大丈夫です。」
「本当にいいの? 送ってあげるのに。」
「大丈夫です! オレのことは気にしないでください。今日は一緒に財布探してくれてありがとうございました。」
ピータローは悲しそうな顔で帰っていった。
なんて素晴らしい先輩なんだ。一生あなたに付いていきます。そう心に誓った縦倉であった。
翌日、今回の事件は職場全体に知れ渡っていた。
会社からは「貴重品は置いたままにするな」という忠告が下された。
「よお縦倉。お前も財布盗まれたのか。」
そう声を掛けたのは、縦倉の3つ上の先輩の『西原』だ。
「俺もこの前パチンコ屋で財布盗まれたんだよ。」
先日、会社帰りにピータローとパチンコ屋に行った西原。ちょっと目を離した隙に財布が無くなっていたという。
「免許やクレカの手続きがクッソだるかった。金も下せないし。」
「ですよねー。俺もやらなきゃ...。」
ため息をつく2人。そんな2人のもとに、ピータローが近づいてきた。
「あ、ピータローさん! おはようございます! 昨日はありがとうございました!!」
元気に挨拶する縦倉。
「おはよう。昨日は災難だったね。大丈夫?」
「大丈夫じゃないです...。」
しょんぼりする縦倉。
すると西原がピータローに向かってこう言った。
「おい、ピータロー。お前、疫病神が憑いてんじゃねーの?」
「ちょっとー、西原先輩、変なこと言わないでくださいよー。」
ピータローをいじる西原。2人はとても仲良しだ。
今回の事件以降、休憩室に私物を置く人はいなくなった。だが、それも束の間。半月が過ぎると、また置き始める人が徐々に現れていった。
そして、またもや事件が起きてしまった。
つづく