第8話 ほんの少しの積極的な気持ち
授業が終わり、シャルロットは荷物をまとめながらセヴリードに視線を向ける。今日は代表会議が予定されている。特段の事情がない限り、シャルロットはセヴリードと一緒に談話室へと向かっていた。
少し離れたところにいるセヴリードもシャルロットのことを見ていたようで、互いの視線が重なる。セヴリードがはにかむものだから、シャルロットは思わず顔を背けてしまった。見続けていたら、自分の気持ちを抑えきれなくなってしまうに違いない。
自分だけに向けられた視線と表情に、胸の鼓動が勝手にうるさくなる。そろそろ慣れても良い頃合いなのに、セヴリードとの距離の近さにシャルロットは未だに戸惑っていた。
気持ちを落ち着かせるために手早く荷物をまとめ、セヴリードの元へと向かう。セヴリードも準備が出来たようで、シャルロットのことを待っていた。
何か声をかけようとシャルロットは口を開くが、それよりも早く近くにいた生徒がセヴリードに声をかけた。
「殿下、今日も一緒に走りましょうよ」
声をかけてきたのは軍部に強い影響力を持つ侯爵家の子息だった。爽やかな笑みを浮かべながら腕を振って、走る動作を真似ている。
視界からも伝わるお誘いにセヴリードは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめんね、今日はお茶会に向けた準備があるんだ」
「そうでしたか。知らずに声をかけてしまい申し訳ありませんでした! 殿下の走りっぷり、凄かったと話題ですよ。また一緒に走りましょうね!」
「ありがとう。走りたい気持ちになったら、また声をかけるよ」
子息はセヴリードの前向きな発言に満面の笑みで是非と返し、そのまま軽やかに去っていく。身体を動かすと前向きな気持ちになりやすいのだろうか。仮にそうだとしてもあの子息は別格なように思える。
そんな子息と一緒に走っていたらしいセヴリードは、相変わらず身体を動かすことが好きなようだ。思わずシャルロットは声に出してしまう。
「殿下は身体を動かすのが本当にお好きですね」
「……まあね。良い気分転換になるんだ。じゃあ、談話室に行こうか」
「はい」
* * *
「――――という過程でマチアスが作ったのがこのポットと魔石の台。マチアス、資材の方は集まりそう?」
円卓の上に置かれているのは、先日マチアスが作ったポットと台。参加していなかったグレトーナとフィンに向け、セヴリードが説明を行っていた。
セヴリードの問いかけにマチアスは得意げな表情を浮かべる。
「もちろん。費用も予算内どころか、相当安くしてもらったよ。一部はもう届いているから、これが終わったらアカシアと一緒に作る予定」
自信たっぷりに答えながら、マチアスはセヴリードに「これが新しい見積書」と言って書類を渡す。
「えー、楽しそう。役に立たないけど、私もついて行っていい? 未来の聖女アカシアちゃんが魔力使うところみたーい」
「おお、良いよ、ロニカ。歓迎するよ」
マチアスの承諾にロニカは歓声をあげた。侯爵家の子息といい、ロニカといい、皆とても元気だ。もう少し、自分も積極的になった方がいいのではないかと思わずシャルロットは考えてしまう。
呪いを言い訳にして、様々なことから距離をとっていた。もう少し積極的に呪いと向き合っていれば、今頃は呪いから解放されていたかもしれない。たらればの話なんて全く意味がないというのに。
思わず考え込んでしまったシャルロットをフィンの声が現実に呼び戻した。
「素晴らしいポットと魔石をありがとうございます。正直、売物として取り扱いたいと思うほどの品です。僕は皆さんが対応してくださっている間に他の商会の生徒を呼んで茶葉の手配をしました。グレトーナさんも手伝ってくださったので、間違いないです」
「普段見慣れた茶葉や異国の細長い茶葉もあったりと、とても楽しかったです。きっと、皆さんに満足いただけると思います」
うっとりした声のグレトーナは、本当に楽しかったのか目がキラキラと輝いていた。
「今日、逓信室に一部届いていると聞いていますので、後日、改めて茶葉の説明をさせてください」
グレトーナの様子に微笑みながらフィンがそういうと、セヴリードは大きく頷いた。
「皆、ありがとう。方向性が決まってからこんなにも早く準備が進むとは思わなかったよ。皆が協力してくれるおかげだね。マチアスとロニカ嬢はこの後、作業をよろしくね。フィンも逓信室での受け取りがあるだろうし、今日はこれで終わりにしよう」
セヴリードの提案に皆が頷き、会は終了することになった。
それぞれ席を立つ中、セヴリードは座ったまま資料を鞄から取り出し、それらを机の上に広げていく。どうやらまだ談話室を出ないようだ。残って何か作業をするのだろうか。
気になったシャルロットは帰る支度を止め、セヴリードに声をかけた。
「殿下、残られるのですか?」
「うん、マチアスとフィンからもらった書類を見たり、今後の日程を考えておきたいから。シャルはもう帰って大丈夫だよ」
こちらを気遣うようにセヴリードは微笑む。
本当は帰った方がいいのだろう。教養は公爵令嬢として恥ずかしくない程度に身につけているが、魔法は使えないし、何より呪われていて、セヴリードに何を言うか分かったものじゃない。セヴリードが望まない限り、離れていた方が良いに決まっている。
でも、とシャルロットは思う。先程の積極的な二人が脳裏を過って仕方がない。もっと積極的になった方がいいのではないかと思わずにはいられなかった。もしかしたら、何かが変わるかもしれない。
過去の出来事はたらればになってしまうが、今は自分の意志で変えることができる。
「あの、殿下」
「ん? どうかした、シャル?」
新緑の瞳が優しくシャルロットに向けられる。言葉を選べば呪いが発動することは無い。シャルロットは今までの経験を踏まえ、ぎりぎり発動しない線を目指して言葉を発する。
「この後、予定が何もないのです。お茶会成功に向けて、何か私にも出来ることはありませんか。書類のとりまとめしかできませんが」
呪いは発動しなかった。
一生懸命紡いだ言葉がどうセヴリードに届くかシャルロットは不安になるが、それは一瞬のこと。
セヴリードは目を大きくしたかと思うと、すぐにその目を細め、極上の笑みで返してくれた。
「ありがとう、シャル。嬉しいよ。お願いしていい?」
セヴリードの表情に、シャルロットの頬は勝手に熱を持つ。言って良かった。この後、慎重に会話をする必要があるものの、この胸を満たす喜びに比べたら些細なことだ。
「はいっ……!」
発言そのものは遠回りだったものの、久しぶりに素直になれた気がしたシャルロットだった。