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第7話 名前の呼び方

 数日後の放課後、シャルロットは逓信室に来ていた。主担当のブルバーンから郵便物が届いていると教えてもらったからだ。きっとナタリーからだろう。

 授業が終わってすぐだからか、逓信室は混んでいた。少し待つことになるだろうが、早く読みたいシャルロットは列に並ぶため最後尾を目指す。

 すると、そこにはマチアスがいた。


「マチアス、ごきげんよう」


 相変わらず制服を着崩しているマチアスは、シャルロットの声に明るい笑みで返す。


「シャルロットか。何か出すのか?」


「いいえ、受け取りよ。たぶん、侍女から手紙が来ているわ。マチアスは?」


「俺も受け取り。ほら、この前言ったお茶会用の資材だよ、魔石とかの。魔法局に相談したらもう届いたってさ。早いよなー」


 マチアスは魔法局の手腕にただただ感心している。マチアスに来て欲しいと願う部署は多くあると聞いているので、この早さもマチアスに自分の部署を選んでもらうためだろう。

 シャルロットは改めて目の前の人物の評価の高さを認識した。


 他愛もない話をしながら順番を待つ。話に夢中になったからか、すぐにマチアスの番がやってきた。マチアス宛の大きな荷物がカウンターに置かれていく。どんなものがあるのか興味を惹かれていると、手続きが終わったマチアスによって軽々と運ばれていく。


「凄い腕力ね」


「そうそう、俺ってかなり力持ちなんだよね。って言いたいところだけど、俺、ほとんど力入れてないんだよ。小さい風を発生させて浮かせてるんだ」


 そんなことができるのかとシャルロットは思わずマチアスの手を凝視する。確かによく見ると手と荷物には小さな隙間があった。魔石は見当たらないので、これは魔法だろう。シャルロットから感嘆の声が漏れる。


「こんな小さな風を的確に操るだなんて……。マチアス、凄いわ!」


「褒めるのはまだ早いって。この中に入ってる資材を上手く加工できたらしっかり褒めてくれよ。明日、取りかかれると思うから、シャルロットもよろしくな」


「もちろん!楽しみにしてるわね」


 マチアスが去っていくのと同時に、「次の方」と受付から声がかかる。

 逓信室の担当者が差し出した受領簿の差出人欄にはやはりナタリーの名前があった。署名をして手紙を受け取る。


 逓信室で読むのは気が進まないので、シャルロットは寮に戻って開封した。



親愛なるお嬢様


 この度はお手紙をありがとうございました。お嬢様がクラス代表に選ばれたこと、自分のことのように嬉しく思っております。

 さて、こちらは大変です。旦那様のオカルト熱が再燃してしまいました。女神と魔女を主題にした展示会が教会主催で開催中ですが、それに毎日通われているのです。文字通り、毎日です! 日替わりでテーマが変わる学芸員の解説を聞くために毎日出掛けられているようですが、私達使用人としては変なことが起きないか気が気でありません。

 ただ、旦那様の顔色は悪くなく、奥様のご様子も普段と変わりないので安心しております。

 何か急変が起きた時、お嬢様が驚かれないよう事前にお伝えいたしましたが、きっと気苦労で終わるでしょう。

 新生活は何かと苦労があるかと存じます。どうかお身体を大切になさってください。


ナタリー



 読み終えたシャルロットは手紙を専用の箱に丁寧に納めた。どうやら父は何か出来ることがないか模索しているらしい。何か分かるといいが、呪いの影響でシャルロットだけでなく、家族の父と母も他者に詳しいことを話せない。どこまで聞き出せるだろうか。

 呪いは永続的ではないと聞くが、今のところ効力は落ちる気配を見せない。せめて呪いが最長何年効果を持続できるのかだけでも知りたいところだ。

 とはいえ、呪いは魔女にしか使えない。一時、国が呪いに似た術の開発をしようと試みた時期があるものの開発は中止となり、呪いについての詳しい資料はあまりない。

 溜め息を溢したシャルロットは専用の箱の横に置かれたベルベットの箱に視線を移す。お守りのようなこの箱は、寮にも持ってきていた。在学中に使えることはないだろうが、傍に置いてあるだけでシャルロットは励まされていた。

 明日のマチアスによる試作品作りにはセヴリードが参加する。さらにセヴリードだけでなく、興味を持ったロニカも同席することになっている。ロニカは活発な生徒なので彼女の発言に巻き込まれて、変なことを口にしないよう気をつけなければいけない。

 ベルベットの箱を手に持ち、ゆっくりと開く。きらきらと輝く髪留めを見つめながら、シャルロットは気持ちを新たにした。



 * * *



「……っと、まあ、こんなもんだろう」


 マチアスが得意気な顔でポットからカップに液体を注ぐ。カップからは湯気が立ち上り、間違いなくお湯であることが分かる。


 放課後、談話室に4人は集まっていた。マチアスはシャルロットが逓信室で見た大きい箱を持ってきており、中には平べったい魔石と陶器のポットが入っていた。

 マチアスは平べったい魔石に魔力を注ぎ、次にポットの内側と外側の底に別で持ってきていた小さな魔石をそれぞれ魔法の力でくっつけた。土属性の魔法と陶器は相性が良いため、簡単に魔石を付けられるとのことだったが、シャルロットには良く分からなかった。魔法の才能が少しあるロニカは分かるようで、マチアスの発言に頷いていた。

 その後、平べったい魔石の上にポットを置き、水を注ぐ。暫くすると、ポットから湯気が立ち上った。

 水の温度を確認するためにマチアスがカップに注ぎ、そして今に至る。


「水がお湯になるぐらい強い熱を与えられたな。まっ、魔石に注ぐ魔力を調整して保温状態にするから、実際はこんな熱々にはならないけど」


「凄いね、マチアス。これならたくさんの紅茶を用意しても問題ないね」


「ははっ、セヴリードに褒められるだなんて光栄だな」


 ご満悦なマチアスにセヴリードが微笑む。いつの間にか、マチアスはセヴリードのことも名前で呼ぶようになったようで、マチアスの対人能力にシャルロットは驚かされた。


「本当にマチアスは魔力の扱いが上手ね。作れることは良く分かったけど、魔力を注ぐの一人で大丈夫なの?」


 生徒の数を考えたら魔力はもちろん、時間も足りそうにない。思わずシャルロットが問いかける。


「一人で出来るといえば出来るんだけど、正直面倒だから助っ人を考えてる。ほら、聖女候補のアカシアって子がいるだろう? 彼女なら頼れると思って」


「それは素敵ね。本当なら私も手伝えればいいのだけれど、生憎、魔法が使えないから……。他にできることがあったら遠慮なく言ってちょうだい」


「私ももうちょっと上手く魔法が使えれば手伝えたんだけどなぁ。私にも相談してね!」


 シャルロットとロニカの声にマチアスが満面の笑みで返す。


「ありがとう、二人とも。遠慮なく言うから、その時はよろしく」


「マチアス、僕にも言ってね」


「セヴには力仕事が発生したらお願いするよ」


「それなら自信あるよ。任せて」


 セヴリードとマチアスは二人して笑い声を上げる。楽しそうな二人の様子を見ていると、突然、ロニカが口をすぼめながら突拍子もないことを言い始めた。


「いいなぁ、マチアス。私も殿下のこと、お名前で呼びたーい」


 貴族でもないロニカの思いもよらない発言にも関わらず、セヴリードはロニカに優しく微笑んだ。


「僕は別に構わないよ」


「ほんとですかぁ! じゃあ、セヴ様って呼ばせていただきますね!」


――――セヴ様。


 それは昔呼んでいた呼び方と同じ。シャルロットの思考は思わず停止した。セヴ様と呼ばなくなったのは、いつからだろう。あの誕生日パーティから距離が出来て、それで……。


「シャルも昔みたいに呼んでいいんだよ?」


 突然セヴリードに呼ばれる。シャルロットは慌てて意識をこちらに戻した。


「いえ、あの、それは……。家臣である公爵家の者として、引き続き殿下と呼ばせていただきたいです」


「……そっか」


 ちらっとマチアスを見たかと思うと、セヴリードが寂し気に笑う。どうしてか罪悪感を覚えるが、こればかりはどうしようもない。

 本当は呼んでみたいが、呼んだら最後、セヴ様と呼んでいた頃を思い出して、自然な口調で好意を露わにしてしまうだろう。その結果、酷いことになるのは簡単に想像がつく。


「セヴ様、お茶会の準備順調に進んでいますねっ。私、とっても楽しみです」


「うん、いいお茶会にしようね」


 名前を呼んで、好意的な発言もできるロニカが眩しくて仕方がない。

 シャルロットはどうしようもない胸の苦しみを感じながら、ただ二人のやり取りを見ていた。

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