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第5話 二人きりの資料室

 第一回目の代表会議を終えてから数日後。シャルロットは授業が終わると資料室に向かっていた。次の代表会議が始まるまであと2日。その間に過去の資料を確認して、この後の代表会議を円滑に進めたいと考えていた。

 シャルロットは公爵令嬢だが、ただその身に流れる血が高貴なだけ。魔力は平凡で女神からの贈り物である祝福の才能もない。むしろ心配要素として呪われていることが挙げられる。


 そんな自分が役に立てることはなんだろう。寮で考えた結果、誰にでもできることだが、事前の調査や情報をしっかり入手して会議に挑むことだった。これなら接触は控えめにしつつも、セヴリードの役に立てる。良い発想だとシャルロットは思った。


 資料室に向かう途中、鍵を借りるために教員室に寄ったが、誰かが先に借りていたようで鍵はなかった。


 目的地に続く廊下を歩きながら、シャルロットは一人で物思いに耽る。代表会議、初回は顔合わせで済んだが、今回から会議が本格的に始まる。王女主催のお茶会のようなことは起きないようにしなければ。

 側にいられるのは、やっぱり嬉しい。近くでセヴリードの活躍を見ることができるだなんて、役得だった。けど、迷惑をかけたり、セヴリードを傷つけてしまう可能性がある。浮かれてなんていられない。十分気をつけないと。


 決意を新たにしていると、あっという間に資料室にたどり着く。聞いていたとおり、鍵はかかっていなかった。

 誰がいるのだろうか。少し不安になりながら扉をゆっくりと開ける。

 資料室は紙とインクの独特な匂いが充満していた。たくさんある本棚には本や資料などがぎっしりと詰まっている。代表会議が始まるまでに資料を確認できるといいが、これはなかなか大変そうだ。


 先客は本棚に隠れて見えない。紙をめくる音だけが聞こえてくる。


 声をかけた方がいいか悩んだが、集中していた場合、迷惑になるとシャルロットは思い、静かに奥へと進んでいく。代表会議や過去の催しの記録は一番奥にある本棚に置かれていると聞いていた。

 歩きながら、先客の誰かを見つけることができないかと顔を左や右に向けて確認する。誰も見当たらなかった。


 残すは一番奥の本棚。

 こんなところに来るのは、代表会議に出席する人だけだ。


 セヴリードではないことを祈りながら、ついにシャルロットは目的地に到着した。


「あれ、シャルどうしたの?」


 どうやら祈りは届かなかったらしい。シャルロットの視界に入ったのは、資料を片手に持ちながらこちらに優しく微笑むセヴリードだった。


「あの、過去の催しの実績を確認しようと……。殿下がいるとは知らず、申し訳ございません。お邪魔してしまいましたね。私、失礼します」


「そんな気にしないでいいよ。僕もシャルと一緒で過去の記録を確認しようと思っていたんだ。クレリーには使える備品の確認をしてもらってる。せっかくなら一緒に読もうよ。シャルと事前に準備できたら心強いな」


「殿下……。では、お言葉に甘えて」


 帰るに帰れなくなったシャルロットはおずおずとセヴリードのいる場所に近づく。するとセヴリードは手に持っていた資料をシャルロットに差し出した。


「これ、過去10年分のお茶会をまとめた資料。もう僕は目を通したから、良かったらシャルも読んでみて。僕はその間に舞踏会の資料を探すから」


「殿下、それなら私が資料を探します」


「ありがとう。でも気持ちだけで十分だよ。読み終えた僕が探した方が効率が良い。それにシャルの意見も聞きたいから、まずはその資料を読んでほしいんだ」


 そこまで言われてしまったらシャルロットはどうしようもない。


「……分かりました」


 次期国王に探し物をさせていることに、後ろめたさを感じるが、セヴリードはシャルロットに資料を渡すとすぐに本棚に顔を向け、他の資料を探し始めてしまった。


 シャルロットは落ち着かない気持ちだったが、手元の資料に視線を落とす。資料には過去に実施されたお茶会の概要と費用や人員、資材について記載されていた。

 昨年は花をメインにしたお茶会が実施されていたようだ。費用は茶葉や茶器よりも生花が高く、テーブルも花瓶専用のものがいくつも手配されていた。もはやお茶会というより、花の品評会だ。

 一昨年は茶菓子の費用がずば抜けて高い。クラス代表に外務大臣の子息がいたからか、異国の菓子をたくさん集めたようだ。見慣れない菓子の名前ばかりで、味すら想像が出来ない。


 そのまま続けて過去のお茶会を確認していくが、読んで分かったことはクラス代表の色が濃く出ることだ。植物の研究で名を馳せている親を持つ代表がいれば花に力を入れ、外務大臣の子息がいれば外国の文化を主題にした茶会にしている。


 一通り読み終わり、段々と今年のお茶会の形が見えてくる。セヴリードがいるのだから、今年は王道な、あるいは伝統的な茶会にするのがいいだろう。


 シャルロットが没頭している間にセヴリードは舞踏会の資料を見つけたようで、黙々と冊子に目を通していた。

 真剣な眼差しを資料に向けながら長い指で優雅に紙を捲るセヴリードに、思わず目が奪われる。好きな人だと言うことを抜きにしても大変格好良いとシャルロットは思った。見ているだけで不思議と胸が締め付けられる。


「どうかした?」


 突然顔を上げたセヴリードと視線が重なる。シャルロットの視線に気づいたようで、不思議そうな顔をしている。恥ずかしくて見ていられないシャルロットは瞬時に視線をずらした。


 何か言わないと。少し頬を赤くしながらシャルロットは、必死に適切な言葉を探す。


「その、読み終わりまして。殿下に声をかける機会を伺っていたのですが、不躾な視線をお許しください」


「次回から遠慮なく声をかけてよ。なんだかシャルに見つめられると照れる」


 はにかみながらセヴリードはそう言うと、手元の冊子を閉じた。


「正直、舞踏会はお茶会と似たような内容だったよ。各代の色が強いね。後で読んでほしいけど、一昨年は仮装パーティになっていたよ。各地域、国の民族衣装がドレスコードだってさ」


「お茶会も凄いと思いましたが、舞踏会はもっと個性が出ているんですね。楽しそうですが、私たちの代には向いていないように感じます。今年はどうしましょうか。殿下がいらっしゃいますので、王道が良いのではないかと私は考えています」


「そうだね。僕も同意見。他の代表の話も聞いて決めたいけど、僕の気持ちはもっと単純なお茶会が良いと思ってる。テーマに拘るより、生徒同士の親交を深められるような内容にしたいな」


――――素敵ですね、殿下。私もそうしたいです。


 笑顔と共に思わず好意的な言葉が口に出そうになるが、シャルロットはすんでのところで止める。


「殿下がそう仰るのなら、それが良いと思います。私も異論はございません」


 代わりの言葉は随分と素っ気ないが、意図をちゃんと伝えることができた。真逆のことを言って会話を乱さずに済んでよかった。


 シャルロットの発言を受け、セヴリードは寂しげにほほ笑む。


「……他の人の意見も聞かないとね。明後日の代表会議もよろしくね、シャル」


「こちらこそよろしくお願いします」


 明後日の代表会議。今日みたいに上手く言葉を言い換えられるよう励もう。シャルロットは手元の資料を強く握った。



 * * *



 セヴリードと別れ、資料室を後にしたシャルロットは、寮に戻らず逓信室に向かっていた。家族とナタリーに手紙を出すためだ。


 逓信室は手紙や荷物を受け取ったり、送ったりする場所で、教室などがある第一棟に位置していた。

 随分と昔に違法魔石や違法薬物が学園内に横行したことがあり、全ての手紙や荷物は事前に加工された魔石によって危険物の検査を受けることになっている。それに加え、受け取るのも送るのも手続きが必要になっていた。


 今回のシャルロットのように手紙を送る場合は、送り先の確認だけで終わる。荷物の場合は、事前に承認されている宛先であればそのまま送れるが、承認されていない宛先の場合は逓信室の担当者とその場で確認した上で送ることになる。

 受け取る際は、手紙であれば受領簿に署名すれば簡単に受け取れる。荷物の場合は、送る際と一緒で、承認されている住所、名前であればそのまま受け取れるが、承認されていなけば同じように立ち合いが求められている。


 生徒としても学園としても手間でしかないが、意外と魔石の危険物検査で引っかかる荷物が多く、この制度が終わることは無いとシャルロットは聞いている。


 授業が終わってから暫く経っているため、逓信室は数名の生徒しかいなかった。シャルロットが出したのは手紙だったので、手続きはあっという間に終わった。


 シャルロットが公爵家を出てから一週間ほどしか経っていないが、随分と公爵家の人に会っていないような気がしていた。皆、元気だろうか。

 返信が早く来ることを願いながら、シャルロットは逓信室を離れた。

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