第4話 初めての代表会議
学園生活初日から各クラス代表の顔合わせが設けられていた。
代表会議は校内にある談話室で行われるのが通例。二人は一緒に向かうことになった。セヴリードの従者で同じクラスのクレリーは別の用事があるようで不在。本当に二人きりだ。
教室を出てから無言が続いていたが、ふいにセヴリードが口を開く。
「シャル、ごめんね」
「えっ……?」
突然の謝罪に思わず足を止めてしまう。セヴリードも足を止め、シャルロットに視線を向けた。その表情はどこか寂しげだ。
「断っていたのに、僕の我が儘に付き合わせちゃったね」
拒否していたシャルロットを無理矢理に近い形で代表にしたことに、セヴリードは思うところがあったようだ。
突然の謝罪にシャルロットは戸惑いながらも耳を傾ける。
「僕が皆の前でああ言えば、断りにくくなるのは分かってたんだ。ずるいやり方だってことは、理解してた。けど、どうしてもシャルと一緒にやりたかったんだ」
「どうしてそこまで私を……」
「一年一緒に頑張る相手はシャルが良かったんだ。僕の個人的な理由。そんな理由で一年間無理矢理付き合わせることになって申し訳ないけど、でも、どうか一緒にやってほしい」
澄んだ瞳からも真っ直ぐな想いを向けられる。
確かにあの場で王太子であるセヴリードが発言するのは、卑怯なやり方だった。
しかしながら、セヴリードだけが理由ではないとシャルロットは思った。断りたければシャルロットが断固拒否の姿勢を見せればよかったのだ。でも、そうはしなかった。最終的に決断したのは他でもない、シャルロット自身だ。
「あの、殿下。過程はどうあれ最終的に決めたのは私です。あの時、私は消極的な気持ちでした。そんな私を後押ししてくださったのは確かに殿下です。が、決めたのは私です。ですから、謝罪の言葉など口にしないでください。……私、頑張りますから」
言いきったシャルロットはセヴリードを安心させるように微笑んだ。呪いが発動せず、そのまま伝えられてよかった。
自分が良いと言ってくれて嬉しかった、と本当は言いたいところだが我慢した。どんな発言に変わるか、考えるだけで恐ろしい。
「ありがとう、シャル。僕、本当に嬉しいんだ。シャルと一緒に務めることができるのが。一年間、よろしくね」
柔らかい声と共にセヴリードが微笑む。自分だけに向けられているその表情は、シャルロットの顔を赤くするのに十分だった。
* * *
目的地である談話室にたどり着くと、もうすでに他のクラスの代表は円卓の前に座っていた。
豪華絢爛な談話室は生徒たちの憧れの場所。そんな素敵な場所に集まった今年の代表たちも部屋に負けないぐらい華やかな面々だった。
貴族の中でも格式ある家の子女と一芸に秀でた者が集まる第一クラスは、王太子のセヴリードと公爵令嬢のシャルロット。
貴族や地主の子女で構成される第二クラスは、侯爵家の次男マチアスと伯爵家の令嬢グレトーナ。
新興勢力や留学生で構成される第三クラスは、国内最大手の商会の後継者であるフィンとやり手投資家の娘ロニカ。
シャルロットが過去に顔を合わせたことのある生徒はグレトーナとフィンだけだったが、侯爵家や評判の投資家の話は耳にしていた。
セヴリードとシャルロットも他の代表に合わせて座る。話し声は止まり、視線がセヴリードに集中する。代表会議の開始は通例に従いセヴリードの言葉によって開始される。
「皆 、揃ってるね。それでは、第一回代表会議を始めようか」
セヴリードの宣言に、皆、拍手で返す。
シャルロットは手を叩きながら、一年を共にする仲間の顔を見ていた。
第二クラスの伯爵家令嬢グレトーナはおっとりとした笑みを浮かべていた。栗毛のふわふわした髪は下ろされており、ヘーゼルの大きい瞳は温かく細められていた。
何回か顔を合わせて話をしたことがあるが、見た目どおりのたおやかな令嬢だ。
第三クラスのフィンとは定期的に顔を合わせていた。彼の家の商会が公爵家を定期的に訪問しており、フィンも勉強のために同行していた。宝石やドレス、素敵な小物などならシャルロットも分かるので母と一緒に楽しんだが、難しい商いの話をする時は、よく分からないのでフィンと一緒に話をして時間を過ごした。仕事の同行で国内外問わず旅するフィンの話は、小説の冒険譚を読んでいるようで楽しかった。
フィンは茶髪に茶色の瞳と色自体は珍しくなかったが、髪の毛は艶があり、瞳は涼しげで、全体が整っていた。
最大手の商会の跡取りといっても貴族ではない。手が届きそうだということから、ありとあらゆる女性達が彼の妻の座を狙っているというのは有名な話だ。本人はそういうことに疎いようで、気にしていないのも有名な話。
シャルロットは馴染みの顔を一通り眺めた後に、初めて顔を見る二人に視線を移す。
侯爵家の次男マチアス。焦げ茶の髪は毛先を遊ばせて、瑠璃色の瞳は飄々としている。着崩した制服を見る限り、あまり真面目ではなさそうだ。代表に選ばれているので、人望や統率力はあるのだろう。
彼は本来なら第一クラスに在籍するはずだが、複雑な事情により第二クラスに在籍している、と聞いていた。マチアスの兄はシャルロットと同じ第一クラスに在籍している。同い年の兄弟、という時点で察せられるものがあるが、シャルロットはあまり深く知らない。
それよりもシャルロットがマチアスについて知っている事といえば、彼が天才魔法使いであるということだ。魔力の質、量、共に素晴らしく、魔法研究所では各部署で彼を獲得するために熾烈な争いが繰り広げられているとか、いないとか。
魔力は自然からのプレゼント。そこに貴族、平民などの括りはない。どんな人でも魔力は備わっているが、魔法を使うには才能がいる。ほとんどの人に才能はなく、魔石を用いた簡単な魔法を使うのが一般的だ。複雑な魔法や魔石の開発などは魔法研究所に勤める魔法使いに一任されている。
シャルロットは一般的な魔力と才能のため、魔石を使うことしかできない。マチアスが使う魔法を見てみたい。きっと華やかに違いない。機会が訪れることを密かに願った。
残る投資家の娘ロニカだが、シャルロットはあまり詳しい話を聞いたことはなかった。父親の投資家については色々な噂を聞いていたが、妻と娘の話は聞いたことがなかった。
黒い髪の毛は左右で分けて結ばれており、ピンク色の瞳はぱっちりとしていた。シャルロットから見ても大変可愛らしい。にこにこしているので、話しかけやすそうだ。せっかくの縁。どこかの機会で話をして仲良くしたい。
拍手が落ち着くと、まずは自己紹介をすることになった。
「僕は、まあ知っていると思うけど、一応自己紹介させてね。僕の名前はセヴリード・バンドーナ。充実した一年間になるよう励むので、どうぞよろしく。じゃあ、次はシャルにお願いしようかな」
セヴリードがシャルロットに視線を送る。今日だけで、ここ数年分の視線を交わしている。慣れない距離の近さに心臓の脈打つ速さが加速するのを感じながら、シャルロットは自己紹介することにした。
「シャルロット・ダンヴェザと申します。せっかくのご縁ですので、皆さんと仲良くできたら嬉しいです。よろしくお願いします」
「ありがとう 、シャル。じゃあ、次はマチアス」
「俺はマチアス・ディンダード。ディンダード家の次男。第一クラスにいるブリュノは俺の兄だ。まー、会って早々の第一回で重い話はしたくないからこの場での詳細は控えるけど、俺は家のこと聞かれても構わないから、知りたかったら遠慮なく聞いてくれよ。魔法のこともさ。一年、よろしくな」
爽やかな笑みを浮かべながら飄々と答えていく。複雑な状況に置かれているはずなのに、マチアスは気にしてなさそうだ。さっぱりとした自己紹介に、シャルロットは興味を惹かれた。家のことは深入りすると失礼になるかもしれないが、魔法のことは是非とも聞いてみたい。
「グレトーナ嬢、いいかな?」
セヴリードの声掛けにゆっくりとグレトーナが頷く。
「グレトーナ・ガローズと申します。皆様のお役に立てるか大変不安に思っているところですが、励みますのでどうぞよろしくお願いいたしますね」
深窓の令嬢という言葉がぴったりなグレトーナは柔らかな声で挨拶を終えた。
「二人ともありがとう。次は、フィン」
「はい。フィン・ラファシェと申します。私自身はもちろん、ラファシェ商会でもお手伝いできることがあれば何でもいたしますので、よろしくお願いいたします」
簡素な説明ながらも営業スマイルと共に商会のアピールも済ませたフィンに、シャルロットは思わず笑みを浮かべてしまう。相変わらず、商売上手だ。
グレトーナといい、フィンといい、馴染みのある人たちと一緒の時間をこれから過ごせる事実にシャルロットの心は弾んだ。
「フィン 、ありがとう。最後にロニカ嬢お願いできるかな」
「はいっ、もちろんです。ロニカ・ルフェーブルです。父は色々な業界に顔を出しているので、父のことをご存知の方もいらっしゃるかもしれないですね。私は母と一緒に遠方にいましたので、学園に知り合いがいません。よければ仲良くしてくださいっ!よろしくお願いしまーすっ」
洗練された立ち居振舞いではないが、親しみやすさをシャルロットは覚えた。
他の代表も好ましく思っているようで、場は和んでいる。
一通り自己紹介が終わったことを確認すると、セヴリードは今後のスケジュールについて話し始めた。
この学園の二大行事であるお茶会と舞踏会。お茶会は2ヶ月後の金緑の月に行われ、舞踏会は8ヶ月後の瑠璃の月に行われる。
それらの企画、運営を主な議題とし、基本的に週に1度会議は開催されるとのことだった。
「質問はあるかな?」
セヴリードの問いかけに答える人は誰もいなかった。
「個別に聞きたい人はいつでもいいから聞いてね。じゃあ、これにて初回の会議は終了にしよう。次回はお茶会の方向性を決めるから、皆も案を考えてね」
それぞれ頷いたり、微笑んだりして反応を返す。シャルロットも頷いていたが、頭はお茶会の方向性をどうするかで占められていた。
せっかくシャルロットが良いとセヴリードは言ってくれたのだから、役に立ちたい。
自分は何ができるのか。寮に戻ったら落ち着いて考えてみよう。きっと出来ることがあるはず。
前向きな自分の気持ちに驚きながらも、シャルロットの心はわくわくしていた。