第24話 東屋で
中庭の一角にある東屋には、午後の柔らかな光が差し込んでいた。
アカシアに連れられてここまで来たシャルロットは、腰を下ろしながら周囲を見渡す。庭師の仕事のおかげか、中庭の花壇にはカサブランカやダリア等の花々が華やかな空気を作り出している。
セヴリードがくれたカサブランカの花束を思い出す。確か庭師に作ってもらったといっていた。とても嬉しい誕生日プレゼントだった。
「シャル様、どうかされましたか?」
不意にかけられた声に、シャルロットは思考を現実へと引き戻した。
「ごめんなさい、ちょっとカサブランカに気を取られてしまって……」
シャルロットが正直に答えるとアカシアは笑った。
「学園のお庭っていつも綺麗ですよねー! あっ、でも神殿の中庭のカサブランカも負けませんよ? とっても綺麗なので、シャル様、来年は是非見に来てくださいね!」
「ええ、楽しみにしているわね」
その言葉に頷き合い、会話はいったん途切れた。
「シャル様、よかったら今度の祈りの日に神殿までお越しになりませんか?」
祈りの日は各地の教会で女神へ祈りを捧げる礼拝が行われる。そして神殿では教会関係者と王族が集い式典が執り行われていた。非公開ではなく一般公開もされているが、シャルロットは一度も見に行ったことは無い。
その日は学園の授業も休みとなり、生徒たちは敷地内にある教会で祈りを捧げるか、希望者は家族のところに戻ることもできた。シャルロットは家が近いこともあり、せっかくだから戻ろうかと考えていたところだった。
すぐに返事が返ってこないのを見て、アカシアは小さく首を傾げた。そして、思案するシャルロットの背中を押すように明るい笑みを浮かべた。
「聖女様も是非とおっしゃっていましたよ! 聖女様、あの一件からシャル様とのご縁を強く感じてるみたいで!」
「聖女様にそう思っていただけているだなんて……。それなら当日は神殿に伺わせていただこうかしら」
シャルロットの前向きな返事にアカシアは満面の笑みを返した。
その後もしばらく、取り留めのない話に花を咲かせていたが――――ふと、シャルロットは中庭を歩く人影に気づいた。
ロニカが難しそうな顔をして中庭を歩いている。アカシアも気づいたようで同じ方向に視線を向けていた。
「ロニカちゃん、何してるんだろう」
「なんだか声をかけづらい雰囲気ね」
明るくて元気な印象が強いロニカだが、花火の一件からシャルロットが抱く印象は少し変わっていた。
無理をしていないか心配になってしまう。
そのまま二人で見守っていると、それが原因なのかロニカは不意に東屋の方へと顔を向けた。目が合い、なんだか微妙な空気に包まれる。
「シャル様、アカシアちゃん、こんにちは。お二人で何を話されていたんですか?」
東屋までやってきたロニカは難しそうな表情から一変し、笑顔をこちらに向けた。
「祈りの日の話をしてたんだよー。実は夏季休暇中にシャル様と神殿に行って聖女様と会いに行ったの! 聖女様、シャル様のこと凄く気に入ったみたいで祈りの日も神殿に来ればいいってお話になって。それでお誘いしてたんだよ」
アカシアが詳しく説明するとロニカは口を尖らせながら、どこか羨ましそうに視線を落とした。
「そうなんだ。いいなぁ、夏季休暇楽しんでて」
「ロニカちゃんはそうじゃなかったの?」
ロニカはひときわ大きく頷いた。
「もう母様が本当にうるさくって! お守りだとか何とかで変なペンダント渡してくるし。つけたくないって言ったら、凄い色々言われて。ねえ、アカシアちゃん、このペンダントってなんか変じゃない?」
そう言って首にかけていたペンダントを外し、アカシアに手渡した。
シャルロットは横から覗き見てみた。ペンダントトップは雫のような形のガラスを金で装飾していた。ガラスは中が空洞のようだが、特に何か入っているようではなかった。見た限り、シンプルなペンダントトップという印象で特段変な感じはしなかった。
アカシアも特に気になるところはないようでうーんと小さく唸りながらペンダントを眺めた。
「見た限り、変なところはないよ。あ、でも祝福はかかってるね。祝福が施されてるアクセサリーってあんまり見ないから……何かの催しで配られたものかな。私は初めて見るけど」
そう言いながらアカシアはロニカにペンダントを返した。
「えー、そんなに珍しいものだったんだ。じゃあお守りというのも本当そうだね。きっと、父様がどこかで入手したんだろうなぁ」
身元がはっきりして安堵したのか、ロニカは表情をやわらげ、ペンダントを指先でもてあそびながら小さく息をついた。
「なんかもう色々嫌になっちゃって。あ、シャル様、明日は代表者会議ですよね?」
「ええ、そうよ」
「あー、早く明日になってほしいなぁ。気分変えたいし、セヴ様にお会いしたーいっ!」
唐突に出てきたセヴリードの名前に、思わずシャルロットは瞬きをした。なぜ、その名だけが挙がったのかが分からない。
シャルロットが反応を返せないまま、会話は先へ進んでいく。
「セヴリード王子かぁ。そういえば私はお会いしたことないなー」
「アカシアちゃんも会えばきっと尊敬したくなるよっ。私にとって今一番尊敬している方で、一番気になる方なの!」
含みのある言い方に、シャルロットの胸の奥が、ひやりと冷えた。
アカシアも何かを感じたのかゆっくりと口を開いた。
「え、それってつまり」
「そう、私、セヴ様が好きみたいなの!」
* * *
突然の告白をしたかと思うと、颯爽とロニカは去っていった。残されたシャルロットは茫然とし、アカシアは気まずそうにしていた。
夏季休暇中、アカシアはシャルロットの告白を倒れずに全て聞いている。思うところがあるのだろう。
「シャル様の感情を知っている人ってどれくらいいるんですか」
「……祝福の制限については家族も知っているけど、そんなところまで知っているのはアカシアだけよ。他の人に話そうものならそもそも倒れてしまうし、家族には、その、そういう話したくなくて」
「そうでしたか……」
何とも言えない沈黙が二人を襲う。
あんな風に真っ直ぐと好意を伝えられたらどれだけ気持ちが良いのだろうか。セヴリードだって、変な態度の公爵令嬢より、素直で明るく元気に自分への好意を告げてくれる女子の方を好ましく思うだろう。
ああ、どうして自分にはこのような制約があるのだろうか。素直に感情を吐き出せたらどれだけ素敵なことだろうか。シャルロットは虚しくなっていく。
あからさまに気落ちしているシャルロットにアカシアが優しく声をかけた。
「ロニカちゃんの気持ちを否定するわけではないですけど、私シャル様を応援していますから」
「ありがとう、アカシア」
「どうにかしてこの条件付きの祝福を達成させましょうね。少なくとも現役の聖女と、聖女候補がシャル様にはついていますから!」
「ええ、そうね」
一人で暗い気持ちになっていたシャルロットにアカシアの明るい言葉が響いていく。
今までは本当に一人でこの気持ちを抱え込んでいた。でも、今は違う。
そのことがシャルロットの心を温め、静かに前を向く力をくれたように思えた。




