第19話 聖女様とご対面
聖女様訪問日。約束通りアカシアは教会の馬車に乗って迎えに来てくれた。
今日向かう神殿は王都から少し離れた丘にあり、女神が住まうとされる大樹のふもとに佇んでいる。
神殿は解放されており誰でも訪れることができたが、基本的に王家や教会の関係者以外訪れることはなく、シャルロットも訪れるのは初めてだった。
「空気が澄んでいるわね」
馬車から降りたシャルロットは爽やかな空気を味わうように深呼吸をした。
大理石で作られた神殿は美しく厳かで、玄関からも神聖な場所であることが感じられた。周りには色とりどりのダリアが咲き誇っているため、荘厳ながらも冷たさはなかった。
背後にある大樹は見上げても全貌が掴めないほど大きい。天まで届いてそうだ。
「大樹保護のために植物の手入れが凄いですからね。ダリアの美しさと数は王宮にも負けないって、神官長様が仰ってましたよ。個人的には中庭のカサブランカが綺麗で好きなんですけど、来年に向けてもう切っちゃったんです。今度咲いたらお声がけしますから、一緒に見ましょうね!」
力強くアカシアは言った。
聖女候補が着る白の清楚なシュミーズドレスを彼女は纏っているのに、その言動は普段と変わらず活発で、シャルロットの瞳にはなんだかそれがとても魅力的に見えた。
アカシアに連れられて神殿の中に入っていくと、神官たちが到着を歓迎してくれた。特に神官長は二人の到着を待ち構えていたようで、凄い勢いで聖女エステルがいる聖女の間へと案内してくれた。
「この先に聖女様がいらっしゃいます。私はここで失礼いたします。どうぞごゆっくり」
聖女の間に続く扉の前まで来ると神官長はそういって去っていった。なんだか急いで帰っているように見えるのは気のせいだろうか。
神官長の背中を不思議そうに見つめるシャルロットにアカシアがそっと耳打ちをする。
「神官長様、聖女様とあまり会いたがらないんです。会う度に色々と言われて嫌になっちゃったみたいで」
「そ、そうなのね」
接した限り、神官長は温厚で親切な印象だった。そんな人に避けられる聖女がどんな人なのか、今更ながら心配になってしまう。
「安心してください。聖女様、教会関係者以外には毅然とした態度で対応していますから。シャル様は大丈夫です。私は……ダメかも」
そう言ってあははとアカシアは笑った。
「さっ、行きますよ」
アカシアが木製の扉を叩くと、男性の声が返ってくる。それに対して、アカシアは自分の名と要件を告げた。
ゆっくりと扉が開く。現れたのは背の高い整った顔の男性だった。神官の制服を着ているので、聖女付きの神官なのだろう。
「アカシア様とシャルロット様、ようこそお越しくださいました。エステル様がお待ちしていますよ」
通された部屋は飾り気がなく、清貧と呼ぶに相応しい内装だった。置かれている家具は執務机と来客用のテーブルとソファのみ。この部屋は執務室と応接室を兼ねているようだ。
奥の壁には別の扉があるので、きっとそこが寝室だろう。
部屋を見回しても聖女の姿は無い。どこにいるのだろうかと視線を彷徨わせていると、突然、奥の扉が勢いよく開いた。
現れたのは白金色の長い髪を持つ綺麗な女性で、アカシアより刺繍やレースが豪華なシュミーズドレスを着ていた。
気品ある容姿と格好だが、その見た目に合わない速度で彼女はこちらへと向かってくる。記憶にある優美な表情を浮かべている聖女とかなり乖離があるが、髪の毛の一部が極光に輝いているので聖女エステルに違いない。
聖女はアカシアの前まで来ると、切羽詰まった顔でいきなり問いただし始めた。
「アカシア! 前回渡した歴代聖女の覚醒についてまとめた資料は読み終えたのかしら!?」
「えーっと、次お会いする時には読み終えてます、はい」
「まだ読んでなかったのね! 私の年齢知ってる!? もう36よ! 3年ぐらいで任期が終わるって聞いていたのに、気がつけば歴代最長よ! 最初の後任候補は魔女になるし、その後は失踪したり、聖女の力に目覚めなかったり……。もう私にはアカシアだけが頼みの綱なの。女神様に認めてもらわないと! アカシア、頼むわよ、ねえ!?」
アカシアの両肩に手を置く聖女の目は本気だ。覇気の強さにシャルロットは戦くが、アカシアは慣れているのか暢気に笑っている。
「あはは、エステル様、そんなに元気ならまだまだ現役行けそうですよ?」
「元気なうちに違う生き方をしたいの!」
「そうでした、そうでした。エステル様の願いが成就するように私、頑張りますからとりあえず落ち着いてくださいよー。今日の主役は私じゃありませんし」
そのまま続けて「シャルロット様」とアカシアが呼ぶ。この流れは挨拶する流れではないと思いつつも、シャルロットは暢気な聖女候補の横に並ぶと淑女の礼をした。
「シャルロット・ダンヴェザと申します。この度は貴重なお時間をいただきまして、誠にありがとうございます」
シャルロットが優美に挨拶を済ませると、エステルも気持ちが入れ替わったのか、ようやく普段式典などで目にする聖女の微笑みを浮かべた。
「女神にお仕えするエステルと申します。何度かお目にかかったことがございますが、このようにお話しするのは初めてですね。シャルロット様、アカシアから話は伺っています。私が初めて受け持った聖女候補によって、シャルロット様にご迷惑をおかけしていることも」
事前にアカシアが説明してくれていたようで、エステルはシャルロットに労わるような目を向けた。
「エステル様、シャル様の祝福が条件付きなのは私でも分かったのですが、他に分かりそうなことありますか?」
アカシアの質問を受け、エステルはシャルロットに断りを入れるとシャルロットの額に自身の手を重ね、目を閉じた。
「条件付きの祝福が3つ。その内の1つが大きな軸になっているわね。その軸に紐づいて残りの2つが存在しているわ。この2つに関しては条件というより、むしろ制限ね。だから、大きな軸の条件さえ達成できればかけられた祝福は全部完遂すると思うわ」
「流石、エステル様! 条件の詳細って分かりそうですか?」
シャルロットが知りたいことをアカシアが先に聞いてくれたが、残念なことにエステルの顔は曇っている。
「そうね、恋愛絡みの条件だということは分かるけど……。あと、制限も恋愛絡みね。うーん、でも、これ以上の情報は無理そう」
エステルは自身の手をシャルロットの額から手を離すと、申し訳なさそうな顔を二人に向けた。
「ごめんなさい、具体的に何をすれば達成できるかは見えないわ。ただ、恋愛絡みなのは間違いなくて。制限の対象となっている人物、例えば好きな人かしら? その相手が条件を達成するのに必要なのは確かね」
制限の対象かつ好きな人と言えばただ一人、セヴリードだ。セヴリードとの距離は以前に比べれば信じられないほど物理的にも精神的にも近くなったが、条件を達成するのに必要な人物と言われると、今の関係性ではとんでもなく難しく思えてしまう。
「あの、条件付きの祝福を消すことは難しいのでしょうか」
「残念ながらかけた者以外、消すことはできません。例え、元聖女候補がかけた祝福であったとしても不可能なのです。条件を達成するか、かけた者がこの世を去るか、その二つでしか消えることはないのです」
「……そうでしたか。ご教授いただきありがとうございました」
正直、今日の訪問でこの状況を改善出来るのではないかとシャルロットは期待していた。しかしながら、達成も消すことも不可能と言われてしまった。
期待し過ぎていたシャルロットが悪いのだが、落胆の表情は隠せなかった。
「元を辿れば私にも非があります。……とりあえず、座ってお話しましょう」
エステルはそう言って二人に席を勧めた。