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第18話 気持ちのお裾分け

 一座を招いた食事会は明後日の昼に開催されることになり、次の日から夫人はその準備に取り掛かっていた。

 何も手伝えることはなさそうだと眺めているシャルロットに公爵が聖女候補のアカシアを誘ってみてはどうかと提案をしてきた。情報交換が出来るのではないかと考えたらしい。せっかくなのでシャルロットはアカシアに公爵家の使いを出すことにした。

 アカシアは夏季休暇中、大樹の近くにある神殿で過ごしてはおらず、王都にある教会本部に泊まっているとシャルロットは聞いていた。

 公爵家の屋敷から教会本部はそこまで遠くないので、距離を理由に断られることはないだろうが、如何せん茶会を断った実績がある。予定がなかったとしても同じような理由で断られる可能性は無いとは言い切れなかった。

 考えたシャルロットはアカシアに来て欲しい理由を丁寧に手紙にしたため、それを使いに託した。

 その作戦は功を奏し、アカシアから返ってきた手紙には快諾の旨が記載されていた。


 食事会当日。気持ち良く晴れており、夏らしい暑さを感じる天気となった。あまりにも天気が良すぎるので、庭にはいくつかタープが用意され、その下に休憩用の椅子が置かれることになった。

 開始早々、シャルロットは暑さに負け、その休憩用の椅子に腰かけていた。タープ内には加工された風の魔石が置かれており、暑さにやられた身体を涼しい風が癒してくれた。

 座りながら中心部に目を向けると、同じ環境で育っているはずのエルヴェが元気に様々な人と話をしていた。無理していないと良いが。


「シャルロット様、大丈夫ですか?」


 隣の椅子に腰かけるアカシアが心配そうにシャルロットへ声をかけた。


「せっかく来てもらったのにごめんなさいね、アカシアさん。少し日差しが強くて……。アカシアさんは大丈夫なの?」


「はいっ! 私は元気ですのでご心配なく! 私、聖女候補になる前は田舎暮らしだったので慣れっこなんです。むしろ、都会暮らしの方が慣れなくて。人より馬や羊が多いんですよ、私の地元って。人によっては神殿付近を田舎だと言いますけど、私にはそう思えません!」


 張りのある声でアカシアは高らかに主張した。自然に満ち溢れた環境で育ったことを感じさせる活発さだ。

 公爵家も各地に領地があるが、基本は王都にある屋敷で過ごしている。公爵は定期的に領地を訪問しているようだが、シャルロットが各領地を訪問したのは片手で数え切れてしまうほど少ない。

 自分も自然の多い環境で育っていたら違う性格になっていたのだろうか。思わずそんなことも考えてしまうが、自分のことよりもシャルロットはアカシアに聞きたいことがあった。


「随分と暮らしが変わったのね。……聖女候補になった時、大変だったのかしら?」


 初めて会った時に聞ければよかったが、祝福の相談がメインで聞きそびれていた。純粋な興味もあったが、何かヒントを得られるのではないかと期待もしている。

 アカシアは魔石の風になびくホワイトブロンドの髪を押さえながら答えてくれた。


「そうですね、とにかくびっくりしました。家族も仰天していて、誰も理解出来ないうちに私は神殿に行くことになりました。教会で聖女様のお話や聖女候補になる可能性のお話を聞いていたので、抵抗はなかったです。元々、私自身に魔法が使えるほど魔力もありましたし。地元の友人に冗談半分で聖女様になるかもねって言われてたりもしたんですよ? 冗談じゃなくなっちゃいましたけど」


 懐かしみながらアカシアは笑う。


「緊張や不安が無かったと言えば嘘になりますけど、それより興味関心が勝ったんです。聖女様も面白い人ですし、ご縁で入学できた王立学園は刺激的で。シャルロット様にお会いできたのも幸運でした。このまま聖女になれるのか分かりませんが、やれることはやっていきたいと思ってます」


「アカシアさんは前向きね。素敵」


 シャルロットの羨望にも似た褒め言葉にアカシアは照れくさそうに微笑んだ。

 本人の意図していない要素で人生に影響が出ているという点で、シャルロットはアカシアと自分が同じような環境にいるように思えた。人生の影響度で言えばアカシアの方が段違いに大きいのに、それでも彼女はこんなにも前向きで意欲的だ。

 なんだかアカシアが眩しく見えてしまう。きっと彼女なら聖女候補から聖女になれるだろう。


「アカシアさんなら聖女になれそうだけど、一体どういう基準で候補から聖女になるのかしら」


「人によるみたいなんです。現聖女のエステル様は神殿の近くで倒れていた子供に祝福の力を捧げたところ、髪の色が一房変わったそうです。歴代の基準を聞く限り、祝福の力がきっかけで女神に認められるようですが、中身は本当にまちまちで。早く世代交代したいエステル様からは、一日一回祝福の力を使えと言われています」


「現聖女様は本当に卒業されたいようね」


「長いですからね。確か聖女歴18年だったかなぁ。色々野心があるようです。今度会った時――――あっ!」


 突然、何かを思い出したのかアカシアが大きな声を出す。驚くシャルロットにアカシアは申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんなさい、大きな声出してしまって。実は、シャルロット様に日程の変更のお願いがありまして。明後日、お時間が大丈夫でしたら来週予定していた訪問をその日に変更できないでしょうか。祈りの日の打合せがずれてしまって」


 家でのんびり過ごす予定だったので、シャルロットのスケジュールは空いている。もしかしたら王女のテレーズからお茶会に誘われるかもしれないが招待状がこの時点でないので、少なくとも明後日は暇だ。


「大丈夫、問題ないわ。むしろ、そんなお忙しい時期にお邪魔して大丈夫かしら……」


 シャルロットが不安げに尋ねると、アカシアは目を丸くした。どうやらそんな風に考えたことがなかったようだ。

 安心させるようにアカシアは明るい声を出す。


「聖女様もシャルロット様にお会いするの楽しみにしているので大丈夫です! それに元々明後日のその日に打合せを予定していたので、シャルロット様が同行してくれないと何もない日になって、ただただ私が聖女様の厳しい指導を受ける日になっちゃいます。だから是非来てくださいね!」


「色々な意味で歓迎されていること理解したわ」


「ええ、ええ。そういうことなんです! 当日は教会の馬車に乗ってシャルロット様をお迎えしますね」


「分かったわ。アカシアさん、明後日はよろしくね」


「はいっ!」


 元気の良い返事が返ってくる。

 前向きで明るい気持ちをお裾分けしてもらえたような気分にシャルロットがなっていると、先程とは打って変わった小さな声でアカシアが名前を呼ぶ。


「あの、シャルロット様」


「な、なにかしら」


 深刻な内容なのかと身構えるが、伏し目がちでなんだか恥ずかしそうな様子を見るに、そこまで重くはなさそうだ。


「その、マチアスみたいに、私のことも呼び捨てで呼んでいただけませんか。もっとシャルロット様との心の距離を縮めたいというか」


 思いもよらない角度の話にシャルロットはすぐさま返答できなかったが、気を取り直してアカシアに微笑んだ。


「もちろんよ、アカシア。……アカシアも私のことを呼び捨てで呼んでも構わないのよ?」


「いいえ! それは流石に無理です!」


 シャルロットの提案はとんでもない勢いで否定された。


「……それじゃあ、あのシャル様で」


 照れくさそうにアカシアが言うせいか、シャルロットもなんだか気恥ずかしく思えてきた。

 いたたまれなくなり、テーブルに載せた杯を手に取って果実水を一口飲み込む。

 他に話題は無いものかと考えていると、丁度良いところにエルヴェが前を通りかかった。


「エルヴェ、良い情報は聞けた?」


 シャルロットの声にエルヴェが満足そうな顔を向ける。


「いい感じ。痺れ薬は5種類、惚れ薬は7種類の植物が使われていることが分かったよ。痺れ薬は国境付近にある貴重な植物を使っていて、数年に1本作れればいいってところだね。惚れ薬は身近な植物で作られてるみたいなんだけど、1種類だけ分からないんだよ。魔女たちは呪いの花と呼んでいたみたいなんだけどさ」


「物騒な名前ね」


「毒のある花あたりが怪しいんだけど……。聖女候補様は何か聞いたことありませんか?」


 突然話を振られたアカシアは暫く考え込んだが何も浮かばなかったようで、申し訳なさそうに答えた。


「ごめんなさい、聞いたことないです。聖女様なら聞いたことがあるかも。シャル様、明後日聞いてみましょうか?」


「せっかくだからそうしましょう。エルヴェ、花の呼ばれ方以外に情報はないの?」


「スライドの絵から考えるに白い花だと思う。なんだか申し訳ないな、僕の興味関心だけが理由なのに大事になっちゃって」


 そういうエルヴェにアカシアがにっこりと微笑んだ。


「聖女様、そういうお話お好きなので大丈夫ですよ。聞いてきますね!」


「ありがとうございます」


 エルヴェは素直にお礼を言った。


 聖女様訪問までもう少し時間があると思っていたが、急遽明後日になってしまった。

 色々と聞きたいことがあるが、本題はこの身体にかけられた祝福だ。期待半分、不安半分な状況だが、アカシアの前向きさをお裾分けしてもらえたので、幾分か気持ちが落ち着いているシャルロットだった。

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