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第16話 花火

 落ち着いたロニカにシャルロット達が安堵していると突然大きな音が鳴り響く。振り向くと夜空に大輪の花が咲いていた。

 皆と一緒に見ることを楽しみにしていたグレトーナの顔が曇る。


「花火、始まってしまったわね」


 落ち込む彼女にフィンが優しく声をかけた。


「うちの商会だけでなく他の商会の余剰在庫も打ち上げているので、終わりまでまだまだ時間があります。ですから、皆揃って見ることができると思いますよ」


「そうね、落ち込むのはまだ早いものね。フィンくん、ありがとう」


 グレトーナはそう言って微笑みを返した。

 なんだかとても良い雰囲気で、自分が邪魔のように思えたシャルロットはドリンクを取りに行く振りをして二人から距離を取った。


 フィンの発言通り、かなり打ち上げているのに終わる気配は見えない。中心部からはその豪華さに興奮している観客の拍手が何度も聞こえてくる。

 椅子に座ってシャルロットが花火を眺めていると焚火で十分暖を取れたのか、火の後始末をしたロニカが合流してきた。グレトーナとフィンは相変わらず二人で花火を眺めている。大変良い雰囲気だ。


「ロニカ、もう大丈夫?」


「はい、ありがとうございました。なんだかごめんなさい。せっかくの花火に水を差しちゃって」


「ロニカは悪くないわ。水をかけた男子生徒が悪いのよ」


「そう言ってもらえると救われます。それにしても二人なかなか帰って来ないですね」


 ロニカが不思議そうに呟くと、突然聞きなれた声が会話に割って入ってきた。


「俺のこと呼んだ?」


「マチアス!」


 振り向きながらロニカが嬉しそうに名前を呼ぶ。つられてシャルロットも振り向くと、にこやかな表情のマチアスがそこにいた。

 シャルロットはすぐに辺りを見回すが、セヴリードは見当たらない。


「セヴリードはまだ残ってるよ。一連のことを紙にまとめてから来るってさ」


 シャルロットの視線に気づいたのかマチアスが知りたいことを教えてくれた。にやりと笑っている顔からこちらをからかっていることが伺える。自分の気持ちを知られているのは恥ずかしくて仕方がない。

 勝手に熱くなる頬に困りながらシャルロットはマチアスに顔を向ける。これ以上からかわれるのは嫌なので、話を変えたかった。


「教えてくれてありがとう、マチアス。それで、話し合いはどうだったの?」


「無事に終わったよ。大事にするとロニカを巻き込む可能性があるし、今回は注意だけで終わらせた。次はないって釘は刺したけどね」


 ロニカは顔を見られたくないのか、マチアスから花火が打ちあがる夜空に顔を向け直す。そしてしみじみしながら言葉を紡いだ。


「そっか、ありがとう。……どうして私に水をかけたのか理由言ってた?」


「あいつ次男坊らしくてさ。家を継げる立場じゃないし、有力なツテもなくて将来に希望を見出せなかったと言っていたよ。頑張れよって俺は思ったんだけどさ。ロニカみたいな貴族じゃないのに有力なツテを作っている奴らが憎くて、で憂さ晴らしに馬鹿らしい行動をしていたってさ」


「そんな理由で私に水をかけたのかぁ。なんだか理由も馬鹿らしいね」


「全くだよ。それを聞いたセヴリードも困惑していたよ。結局、本人の問題だからな。セヴリードからそんなことをしても何も環境は変わらないって話を含めた注意をして終了。反省していたし、もう大丈夫だろ」


「そうだといいな」


 そういうロニカの声は花火にかき消されそうな程小さかった。


 その後、程なくしてセヴリードが戻ってきた。

 皆が揃ったので乾杯をしようとマチアスが声をかけ、散らばっていた一同が一か所に揃う。ようやく全員で花火を楽しむことができる環境が整った。


 乾杯後、ロニカがすぐにセヴリードに声をかけに行った。


「セヴ様、ありがとうございました」


「今まで気づけなくて辛い思いをさせちゃったね。ロニカが教えてくれたおかげで、今後の被害者をなくすことができた。話してくれてありがとう」


「セヴ様……っ! セヴ様のこともともと尊敬していましたが、その気持ちが強くなってもっと好きになりました」


「あはは、その期待に恥じないように努めないといけないね」


「おいおい、俺には何もないのかよ、ロニカ」


「マチアスはマチアスだもん」


 楽しそうなやり取りは花火を打ち上げる音がどんなに大きくても鮮明に聞こえてきた。


 辛いことが起きたばかりだというのに、ロニカはもう気持ちを切り替えているようだ。その強さと自分の思いを真っ直ぐに伝えられる素直さが羨ましい。

 聖女様に会ったら自分もセヴリードにありのままの気持ちを伝えられるようになるのだろうか。そうなったら良いとシャルロットは思った。


 学園生活は楽しいし、セヴリードの傍にいられて信じられないほど幸せだ。けどその分、今みたいな羨ましさによる切ない気持ちも味わっている。そろそろこの気持ちとはお別れしたい。

 焚火を上手く作れて万能感でいっぱいだったのに、セヴリードと話が出来ないだけでこんなにも寂しくなる自分が情けない。さっきまでの前向きさはどこにいったのだろうか。


 今だって本当は出来ることがあるのではないだろうか。


 気落ちしている自分に渇を入れ、改めてセヴリードに目を向ける。すると、手に持っているグラスがちょうど空だった。

 行動に制約はない。

 シャルロットは新しい器に飲み物を注ぐと、それを持ってセヴリードの所へと向かった。


「殿下、こちらを」


「ありがとう、シャル」


 言葉数は少ないもののしっかり渡せることができた。

 花火に照らされたセヴリードはいつもより特別で、目が離せない。


「……僕の顔に何かついてる?」


「あっ、いえ……。失礼しました」


「シャルに見られるのは嫌じゃないから謝らないでよ。……少し恥ずかしいけど」


 そう言ってシャルロットが持ってきた器に口をつける。シャルロットも手持ち無沙汰な状況なので、つられて器に口をつけた。横に並んで一緒に花火を見ているからか、特別な味がした。


「例の男子生徒、交友関係が広いロニカに嫉妬していたみたいなんだ」


「マチアスから話は聞きました」


「お茶会は生徒同士の親交を深めるのを目的として企画したけど、十分じゃなかったんだろうね。成功したと思っていた自分が恥ずかしいよ」


「企画に問題があるのではなく、生徒に問題があるように思えますが……」


「彼自身に問題があるのは事実だけど、もっと何かが出来たと思うんだ。他に悩んでいる生徒がいるかもしれない。夏季休暇後は交流できる機会をもう少し増やしたいな」


 寂しげな顔のセヴリードにシャルロットはどう励ませばいいのか分からない。例え分かったとしても、今のシャルロットには到底言えない言葉だろう。

 励ます言葉を告げる代わりに、シャルロットは自身も力になれることを伝えることにした。


「私でよろしければお手伝いいたします」


「ありがとう、シャル」


 少しだけセヴリードの表情が和らぐ。もっと気持ちを届けることができたら、セヴリードの憂いを晴らすことが出来たかもしれないが、今のシャルロットとしては及第点だろう。

 夏季休暇に入れば聖女様に会えるのだし、まずは一緒に花火を見られていることを楽しまなければ。


「花火、綺麗だね」


「はい、殿下」


 もう一度だけセヴリードの顔を盗み見る。やっぱり花火に照らされるセヴリードの顔は特別だった。

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