第12話 聖女候補との出会い
マチアスの思いもよらぬ提案はすぐに実行され、その次の日の放課後には聖女候補のアカシアと対面することになった。
指定された通り、昨日と同じ東屋に行くと、そこには得意げな表情のマチアスと血色の良い顔で笑みを浮かべる少女がいた。ダークブルーの瞳は生命力に満ち溢れており、ホワイトブロンドの髪は肩につくくらいの長さで艶々だ。
一般的に、女神に近ければ近いほど髪は白金に近くなると言われている。
聖女候補として力が認められた少女にも当てはまり、元の髪色に関係なく徐々に彼女らの髪の毛は白金色に変わっていく。そして聖女と認められた暁には、髪が一房極光のような輝きを放つとされている。
未来の聖女と呼ばれるのも納得の容姿の持ち主だ。
噂の聖女候補に目を奪われていると、先に彼女からハキハキとした声で挨拶をしてくれた。
「は、初めまして! アカシア・トマです。シャルロット様のことは遠くからよく眺めていました。同い年とは思えない洗練された美しさで、これが公爵令嬢かと……! って、あのっ、不躾でしたよね! 本当にごめんなさい」
アカシアが勢いよく頭を下げるので、せっかくの綺麗な髪がつられて乱れていく。
「え、えっと。その、突然謝罪されても……!」
初手から聖女候補に謝罪されたシャルロットは困惑してしまう。そもそもアカシアからの視線を感じた覚えはなかった。
二人のやり取りに、マチアスが声を出しながら笑う。
「はは、アカシア、開始早々から飛ばしすぎだって。シャルロットが困ってるぞ。まあ、面白いからアリっちゃアリだけど」
「いやぁ、だってさ、もしかしたらこそっと見ていたことを怒られるかもしれないと思って。実際機会があれば遠くから眺めてたし……。だから、先に謝ろうと作戦を立ててたんだけど、えっと、これはもしかして失敗?」
下げた頭を戻したアカシアは眉尻を下げながらマチアスに尋ねる。
「俺は流石に気づいてもらえたけど、シャルロットは生まれてからずっと視線を集めることが普通になっている節があるから、よっぽど熱い視線じゃない限り気づいていない可能性が高い。自爆したな」
「うそっ。ということは、私、出会って早々謝罪する変な人になってるってこと!?」
「そういうことだ」
マチアスの指摘に項垂れたアカシアは顔を両手で覆いながら「恥ずかしい」と呟いた。
変な空気になっているこの場をどうにかするべく、シャルロットはアカシアに近づいて優しく声をかけた。
「えっと、私はアカシアさんに迷惑をかけられたわけじゃありませんし、むしろこれから相談に乗っていただく立場ですし……。あの、挨拶まだでしたよね。私、シャルロット・ダンヴェザと申します。よろしくお願いします」
気持ちを立て直したアカシアは視線を真っ直ぐシャルロットに向けた。まだ少し頬が赤いものの、落ち着きを取り戻したようだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
こうしてシャルロットは聖女候補のアカシアと言葉を交わすことになった。
このバンドーナ国には女神が住まうとされている大樹が王都から少し離れた丘に存在している。4か月後の紅の月にある祈りの日では、王家は国を代表してその大樹に祈りを捧げ、その見返りとして女神からこの国への祝福を授かっていた。バンドーナ国が天災に見舞われないのも、女神の祝福の力があるからとされている。
その祈りの日に12歳から15歳までの女子は、各教区の教会へ訪れることが義務付けられていた。そしてその中で祈りを捧げた際に、身体から温かな光が発せられた女子を聖女候補と呼んだ。聖女候補は3年に1人いるかいないかで貴重な存在だ。
このアカシアも3年ぶりに確認された聖女候補だった。
「私が聖女候補と認定されたのはほんの少し前です。15歳ギリギリ。だから、正直詳しいことは分からないんですけど、でもシャルロット様に祝福がかけられているのは分かります」
「やっぱりマチアスの言った通り、呪いじゃないのね。確かにおかしいとは思っていたの。呪いは永続的ではないって。でも、祝福ってかけられた人は女神の加護によって守られ、導かれるのよね? そんな気配が一切ないのだけれど……」
「それもそうでしょうね。だって、シャルロット様の祝福は完成していない祝福なんです」
頷きながらアカシアはそう告げた。
「完成していない祝福?」
聞きなれない言葉をシャルロットはそのまま繰り返す。マチアスも知らないのか難しい顔をして聞いている。
「はい、そうです。お悩みの原因は条件付きの祝福による制限だと思います。治すというか、制限を解除するには条件を達成し、祝福を完遂させなければなりません」
条件付きの祝福。シャルロットは初めて聞く話だった。祝福について知っているのは、先天性の才能で王家を除くと一部の女性にだけ才能が認められることや、魔力に依存しないことなどの一般的な知識ぐらいだ。振り返ってみてもシャルロットは祝福について詳しく聞いた覚えはなかった。
「そんな祝福があるのね。勉強不足で知らなかったわ、私」
「俺も初めて聞いたよ。流石未来の聖女様」
「もうマチアスったら。茶化さないで!」
「悪い悪い。で、詳しく教えてくれよ」
「えっと、祝福にも種類があって。その中でも条件付きの祝福が最も強力! 普通の祝福は一過性ですが、条件付きはその条件の難しさによって、数年だったり、永続的だったりします。でもそれは条件を達成できたらの話で、出来なければ中途半端に制限がかかったままです。今のシャルロット様はその中途半端な状態ですね」
アカシアの説明を聞き、シャルロットは自身の置かれた状況を理解できたような気がした。
終わりが見えないのも、祝福が効いていないのも、その条件を達成していないのが原因なわけで。逆に言えば、その条件さえ達成すればこの状況から解放されるはずだ。
シャルロットは一筋の光に希望を見出した。思わず、前のめりになってアカシアに聞いてしまう。
「じゃあ、その条件を達成できれば私のこの状況も改善されるのね!」
「単純な話であればそうなんですけど……。ちょっといいですか?」
そういうとアカシアはシャルロットの手に触れ、瞳を閉じる。何かを感じ取ろうとしているのか真剣な表情だ。
暫く無言の空気を味わうとアカシアがゆっくりと目を開いた。そして、自身の手をシャルロットから離すと、そのまま顎に当てた。
「うーん、この祝福をかけた方はなかなかに意地の悪い方ですね。というか、執念深い? 条件付きの祝福って高度な技術と繊細な感覚が求められると聞いているんですけど、それを複数シャルロット様にかけていますね」
「……そうね、間違いなく恨み辛みを抱いて私に祝福をかけたと思うわ」
脳裏に父の姿が過る。遠い目をするシャルロットに、合点がいったアカシアは大きな声を上げた。
「あー、もしかして! 現聖女様から聞いたことがあります、とんでもない人がいたって。あの人ですね。魔女に堕ちても祝福の才能は女神様の意向で消えませんからね。悪用する話は初めて聞きましたけど」
苦笑するアカシアにシャルロットも同じような表情を浮かべる。自分に呪い、否、祝福をかけた魔女が関係者にとんでもないと呼ばれているとは流石に思いもしなかったが。そんな聖女候補を生み出す原因となった自分の父も父だ。当時の姿は知らないがその浮名の流しっぷりに呆れてしまう。
「複数かけられていることはよく分かったわ。ありがとう。それらの条件を知ることはできないのかしら」
「そうですよね、知りたいですよね。でも、ごめんなさい。力不足で私にはできないんです」
アカシアは申し訳なさそうに頭を下げた。色々教えてもらっているのはこちら側だというのに、アカシアのそんな態度にシャルロットは慌てて言葉を紡ぐ。
「ああ、謝らないでちょうだい。私たち家族はずっと呪いだと思って調べてきたから、祝福、それも条件付きの祝福だってことが分かっただけでも大きな進歩なの。無理を言ってごめんなさい。教えてくれて本当にありがとう、アカシアさん」
「私は分かることだけをお伝えしているだけですし……。聖女様なら分かるかもしれませんが。あの、シャルロット様は夏季休暇をどう過ごされる予定ですか? もし校外学習でなければ、一日使って私と一緒に聖女様に会いに行きませんか?」
アカシアの提案にシャルロットは言葉を忘れた。アカシアと聖女に会いに行くだなんて、想像もしていなかった。どう返せば良いのかすら考えが及ばないシャルロットの代わりに、マチアスが答えていく。
「いいじゃん。シャルロットは実家に帰るって話だったよな? 一日ぐらい空いてるだろ?」
確かに夏季休暇は2週間もあるので、時間に余裕があるのは間違いない。
代わりに答えてくれたおかげで、少し心にゆとりができたシャルロットは落ち着いて言葉を返していく。
「ええ、そうね。一日や二日ぐらい時間は空いているけど、聖女様のご迷惑にならないかしら」
「大丈夫ですよ! 私、毎月、神殿に顔を出しているので、聖女様とは密な関係を築けているんです。というか、築かされているというか……。とにかく、今月は終わってしまったので、来月行く際にその次は二人で行くと伝えておきますから! 聖女様も歓迎してくれると思います!」
「じゃあ、お言葉に甘えちゃっていいかしら」
「もちろんです! 困っていることがあったらじゃんじゃん言ってくださいね。私、本当にシャルロット様に憧れていたんです。童話や絵本に出てくるお姫様みたいなのに、代表の活動を一生懸命されている姿は凛とされていて!」
目をキラキラと輝かせながら賛辞を贈るアカシアにシャルロットは思わずどぎまぎしてしまう。そんな純粋な目を向けられるほどの何かをした覚えはなかった。
マチアスは助け船を出さずにただ楽しそうに笑っているのだから質が悪い。
「えっと、それは結構大げさだと思うのだけど……」
「そんなことないですよ。とにかく顔を合わせてお話しできて嬉しいんです! これからよろしくお願いします!」
「そ、そうね。私もお会いできて嬉しかったわ。こちらこそよろしくね、アカシアさん」
アカシアの勢いに負けたシャルロットは流されるように言葉を返した。
寮に戻ったシャルロットは部屋にある机の前に座って、便箋を取り出した。衝撃な真実が判明したので手紙でそのことを家族に伝えようと思ったのだ。もちろん、書きすぎると条件が発動してしまうので、その線を越さないように細心の注意を払いながら書いていく。
的を射ないざっくりとした内容のため、第三者が読んでも全く意図は伝わらないだろうが、詳細を書いたら燃えてしまうことを知っている家族が読めば伝えたい内容は分かるだろう。
家族宛の手紙を書き終え、続いてナタリー宛の手紙も書いていく。
内容を改めて確認するため、シャルロットは専用の箱から先日受け取った手紙を取り出して目を通す。
――――旦那様のオカルト熱は終わりを迎えるどころか過激になっています。最近では、学芸員から仕入れた情報を元に魔女に縁のある地を巡られています。その旅の道中で出会った幻灯機の催しを大変気に入ったご様子で、お嬢様やエルヴェ様が戻られる夏の間お屋敷に呼ぶそうです。
――――その際我々にも見せていただけるとのことでした。幻灯機なんて久しぶりなので楽しみですが、魔女の絵がおどろおどろしくないか不安な気持ちもあります。
ナタリーからの手紙には主に父について書いてあった。どうやら父は何か興味深い情報に出会えたようで、今度の夏季休暇には幻灯機を用意するらしい。呪いではないことが判明した今、得られる情報があるか不明だが、知識を広げるのは悪くないことだろう。
幻灯機も楽しみだがナタリーに会えることも楽しみだと伝えながら、シャルロットは近況報告を書いていく。
早く皆に会いたい気持ちが溢れているからか、いつもより筆が乗っていた。