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あの夏、僕と彼女とピザトースト

作者: 缶江 ボス

0:プロローグ

誰にだって好きなもの、嫌いなものってあるでしょう?

人間は結構そういうの目立つよね。

人・もの・場所・環境・季節・・・なんでもある。

もちろん食べ物だってそう・・・

でもさ、なんでこんな好きなものとか嫌いなものってあるのかな?

って時々考えたことって・・・ないかな?

見ただけで好きとか嫌いって決めるときもあれば、

過去の経験で好きになったり嫌いになったりするよね。

でも・・・だからこそ・・・人間なんだろうね。

これってさ、とっても幸せなことだと思うし、その反面

とても不幸なことだとも思っちゃうんだ。なんだか矛盾してるね・・・

でもそういった理屈を考えててもしょうがない。

好きなものは好き、嫌いなものは嫌い・・・そうでしょう?


1:8月13日

ある朝、僕はいつか聞いたことあるようなないような・・・という、

いつものことながらあいまいな夢を思い浮かべつつ目が覚めた。

僕の名前は――――――。一応普通の大学に合格して今二年生だ。

今は夏休み、これといった目標もなく、だからといって家にも

帰ろうとは思わず、現在アパートの自室でぼけっとしていた。

今としては特に何も感じなくなったこの時期。昔はもっと・・・


ザ・・・ッ


と、そこまで考えたところでなぜかノイズのようなものを感じてしまい、

そこで考えを中断してしまう。何時頃かはわからないが、気づいたら

こんな身体になってしまった。とはいえ特に何の障害もないので、

ただ日々を過ごしていくようになっていった。

それにしても・・・毎日毎日暑くてかなわないよ・・・まったく・・・

これも毎年考えることだ。とはいえ大多数の日本人はそう感じているだろう。

世間は夏真っ盛りである。電気代がもったいないため極力クーラーは使わずに、

窓を全開にして凌いできた・・・ものの・・・今日は特に暑いなぁ・・・

我慢できそうもないが・・・かといって今動くのもだりぃ・・・


「あの・・・こことても暑くないですか?」


「ん・・・あー、そう思うなら・・・窓閉めて、クーラー入れてくれ・・・」


「あ・・・わかりました・・・」


あー・・・暑いなぁ・・・もぅ・・・あれ?

さっきまで微妙な涼しさとむあっとくるような温風が止まった・・・

そしてすかさず上のほうからとても爽快な涼しい風が・・・

僕何もしてないのに勝手に窓が閉まって、クーラーが―――


「つくわけないじゃん!」


「きゃっ」


って・・・あれ?誰だ・・・この子?

年は、同じ位には見える・・・新緑のワンピースっていういかにも夏らしい

服装、髪は腰くらいまであるロングヘアだ。顔は・・・とてつもなくかわいい・・・

顔立ちは整っているし、髪と同じ位の黒い瞳、きれいな二重まぶた・・・

まぁ・・・普通に街とかですれ違えば絶対に振り返って見たくなるような感じはする。

街ならね・・・でもここは、僕の部屋・・・だよな・・・?


「むぅ・・・」


「あの、どうしたんですか?いきなり大声出した後にうなるなんて・・・どこか

悪いんですか?」


「あ、いや・・・そういうわけじゃないが・・・っていうか」


「はい?」


「きみ・・・誰?」


彼女はしばらくの間キョトンとしていたが、しばらくすると理解したように

一度うなずいた。


「あぁ、覚えてないですか?まぁ、十年ぶりなら、わからないかもしれませんね」


え・・・十年前・・・って言ったら、小学生の頃か・・・えーと、えーと・・・

こんなかわいい娘、そうそう忘れるとは思えんが・・・むぅ。

まったく心当たりがないわけではないのだが・・・そんな偶然あっていいのか?

少なくとも今まではそんなことはなかった・・・今回も多分そうだろう。

あてずっぽでいって、外れなら外れでいいか。


「えっと、もしかして―――――?」


「あ、覚えていてくれたんですね・・・よかった・・・」


あてずっぽうで言っただけなんだけどね・・・でも、他に該当しそうな娘もいなかったから、

まぁ・・・覚えてたのかな・・・?

でも、なんだろう・・・この、違和感、みたいなものは・・・


「でもなんでまた急にここに?小学校以来だし、それ以降連絡も取れなかったのに」


「あ、それは・・・ほら、――君の家って変わってないじゃないですか?

 だからお母さんに聞いたんです」


「あー・・・なるほどね・・・幼馴染だったしな、僕たち」


それなら、まぁ・・・それなら合点もいくが―――


「けどさ、どうしてまた急に僕の所に?連絡した後でもよかったのに」


「それは・・・久しぶりすぎて驚く――君を見たかったからですよ」


「・・・そのためだけに?」


「はい。さっきの驚き様は想像以上でおもしろかったですよ」


う・・・しまった、急だったし・・・あぁもう、くすくす笑われてるし・・・

でもま、思い出すなぁ、―――はあの時と何にも変わってない・・・

小学生だった、あの頃―――


―――ザ・・・ッ―――


「・・・・・・・・・」


「あれ、どうかしましたか?」


「ん、あ・・・いや、なんでもない。まだ少し寝ぼけてただけだ」


「もう・・・早く起きてくださいよ。朝ごはん冷めちゃいますよ」


「あれ?作ってくれたのか。ありがと」


「いえいえどういたしまして」


最近はどうも学生生活に加えてバイトも忙しいせいか、なかなか自炊する気にならなくて

コンビニとかですませてたから久しぶりに手料理を食べられるな。

んー・・・なんか忘れてるようなきもするが、まぁ気のせいだろうな・・・


「それじゃ着替えるから先に行ってて」


「あ、はい。わかりました」


でもまぁ、一緒に話をすればするほど―――はあの頃と同じか・・・

小学生までだったけど、成績はいつもトップだったし、

スポーツも人並み以上はできていたはずだ。

それでいて人となじみやすい性格で人気者だったな。

後は・・・えーと・・・ホントに何か忘れてるような―――


「―――あ、そうだった・・・これを忘れてた」


「う・・・だ、だってこれしか作れないの覚えてると思ってたから・・・」


今、僕の目の前のテーブルの上に彼女が作ってくれた朝食がおいてある。

それは真ん中に一皿だけおいてあった。

皿の上には、三枚の・・・ピザトースト・・・

しかも、そのピザトーストは食パンの上にケチャップをぬって

ツナとチーズをのせてレンジで加熱させただけのもの・・・

今時小学校低学年ひとりでも簡単に作れるものだ。

そうだった・・・けっこう万能に見える彼女の最大の欠点が、

料理がまったくといっていいほどできなかったんだ・・・

よくまわりの―――にあこがれてた男子が、


「―――ちゃんの手作り料理食べてみたいなぁ」


とか言ってたが、実のところまったくできないのだ。

まぁ、小学生ならしょうがないじゃないかとも思う。

だけど彼女の料理オンチぶりは尋常じゃなかった。

包丁もたせるともう見ていられないくらいにやばかった。

当時の僕はそんなことも知らなかったからごく自然に、


「こんど、―――ちゃんの料理食べてみたいな」


と言ってしまった。

その時は別段何も感じなかったが、今になって思うと罪悪感を感じてしまう。

それでも、彼女は作ってくれた。

もちろんすぐ作ってはくれなかった。


「もう少ししたら・・・作ってあげます!」


―――はただ、その一点張りだったのは覚えている。

家は結構近かったから一緒に登校するのが当たり前だったのだが、

その日からなかなか一緒にいく日はすくなくなった。

そして日に日に彼女の指の絆創膏。彼女は、


「たいしたことじゃないですから・・・」


といっていたから、その時の僕は特に気にしなかった。

今の僕でもそうしただろう。その方が、彼女のためだろう、と。

そして月日はながれていって、彼女が×××××××××前の日、

僕を家に連れてきて、今目の前にあるピザトーストを作ってくれた。

あの時は目を真っ赤にしながら僕にトーストを差し出し、


「ごめん・・・こんなのしか、できませんでした・・・」


と、今にも泣きそうな声をもらした。

僕はただ、そのつたないトーストを一口かじり、

ただ一言、一言だけいった・・・


「・・・―――ちゃんのりょう――――


―――ザ・・・ザー・・・―――


「えーと、どうか、しましたか・・・?」


「え、あ・・・いや、なんでもない。少し昔を思い出しただけだよ」


「あ、そ・・・そうでしたか・・・」


彼女もそのときのことを思い出したのか顔を真っ赤にしてうつむいちゃった。

さて、朝食を冷やすのも悪いから、食べようかな・・・だけど・・・

僕・・・ピザがつく食べ物は・・・だめなんだけど・・・

いつからか忘れてしまったが、嫌いな食べ物だ・・・

・・・それでも・・・


「さて、久しぶりのピザトーストか・・・」


そういいながらテーブル前に座り、トーストを口に運んで、

一口、かじる・・・


「あ・・・ど、どうでしょう、か?」


「ん・・・こ、これは・・・」


「え・・・お、おいしくなかった・・・ですか・・・?」


しばらく唸ってみせたり、考え込んでみたりして彼女の反応を見た。

もしまずかったらどうしよう、とか顔にそのまんまかいてあって

少しおもしろいが、あんまりからかうのもよくないし・・・


「あの時と変わらない味で少しおどろいた・・・おいしいよ」


「ほ、本当ですか・・・よかったぁ」


ま、この程度の材料でまずくなるほうがおかしいと思うんだが、

ここはあえて言わないようにしよう。

かくして、ある夏の日、唐突に―――が家にやってきた。


2:8月14日


なんていうのか・・・すごく焦った・・・

昨日は夜になったら帰るものだと思っていたら、


「えと・・・泊まっていきたいんですけど、いいですか?」


と言ってきたのだから、焦った。

まぁ、すごくオトシゴロで健全な男子なら是非とも、って思うんだけど

いやそれもどうなのよ実際、って思う良心もあるわけで・・・

でもそう思っていても下心が働かないという保障もないしなぁ、と

マジで考えてしまった。でも、


「やっぱり、だめですか・・・?」


彼女の下から上目遣いで覗き込んできた。

まぁそんなことされたらもう泊めるしかないでしょ。オトコノコだもの・・・

とまぁ簡単にころっと転がってしまうダメな性格はどうでもいいとして、

8月15日までこっちにいるといっているし、なにより彼女から頼んだことだし

まぁいいやと考えるダメな僕・・・はぁ・・・

あとこっち、っていうのは、僕の通っている大学と―――の住んでいる家が

かなり離れているらしく(詳しくは教えてくれなかったが)こっちには暇をみて

遊びに来てくれたらしい。おまけに彼女の家はこっちほど遊べないそうなので

今日は街にでていろいろと回ろうと約束して、今現在にいたるわけだが・・・

これって、デート、っていうのかな・・・と考えてしまい、

昨日は満足に眠れなかった・・・今正直いって体がすごく重い・・・

でも、ココロはとてもかるくて充実していて・・・

こんな気持ちは本当に久しぶりだ・・・いつぶりだろう―――


―――ザー・・・ザ、ザーッ・・・


「へぇ・・・結構にぎやかなんですね」


「うん、こっちに行くのは少し久しぶりだったんだが、ここはあいかわらずだな」


「そうだったんですか?だったら私のことは気にしなくても・・・」


「あぁいや、久しぶりだからこそいい機会だからいいかなって思ったから

 気にしなくていいいよ」


「そうですか。なら気にしません。」


「そうそう。じゃ、行こうか」


「はいっ」


さて、今日はどこに行こうかな・・・

今昼前だし、まずは飯食って、ゲーセンとか色々まわろう。

僕にとっても、彼女にとってもいい一日でいられるように・・・

ほんの一分、一秒、一瞬、刹那でも長く・・・

いつのまにか、そう、願っている自分がいた・・・

だって、僕は・・・―――のことが・・・

いや、あの頃から僕の―――への気持ちは―――


―――ザザッ・・・ザーッ、ザーッザザー


「今日はホントにありがとうございました。こんなに大きなぬいぐるみ

 ももらっちゃって・・・いいんでしょうか?」


「いやいいんだよ。UFOキャッチャーの景品だし、取るの結構簡単だったから。

 それに僕にはそういうのは似合わないよ。僕よりも―――が持ってたほうが

 いいと思うよ。」


「ふふっ・・・ありがとう」


「う、うん・・・」


どうしよう・・・さっきから動悸が激しくてその音が―――にも届きそうで

少し怖い・・・息が詰まりそう・・・だけど・・・この心地よさは、とても

今が幸せに感じられる・・・ホントに久しぶりだな・・・

彼女が家に来てから少しづつあの時の記憶がよみがえっていった。

あの頃から僕は、彼女に憧れている一人であったこと。

彼女とは幼稚園からの幼馴染であったということ。

結局彼女がいなくなってしまう前に想いを伝えることができなかったこと。

明日には・・・伝えよう・・・あの頃、伝えることのできなかった、この想いを・・・


「そういえばさ、―――は明日のいつ頃帰るの?」


「え・・・あ・・・」


あれ・・・さっきまでの明るい表情が急に影が差してしまった・・・

なんか・・・まずいことでも聞いたっけ・・・?いやそんなはずは・・・

ただ明日のいつ頃帰るのかを聞いただけなんけどな。

でも、なんだろう・・・この急に押し寄せてくるどうしようもなくて、

これまでに感じたことのない、不安感は・・・


「あの・・・―――」


「ん・・・どうした?」


「昨日と今日・・・ホントにありがとうございました・・・短い間でしたが、楽しかった」


「それは、こっちとしても久しぶりに楽しかったよ。お互い様ってことで」


「そうですか。ふふっ」


なんだか、―――の今の笑顔は、彼女自身の出す包んでくれるような暖かさと・・・

一抹の、どこまでも深く突き刺さるような冷たさを、感じた・・・

でも、そう感じたとしても・・・僕は・・・

笑って、返した・・・


「じゃ、帰ろっか」


「はいっ」


いつの間にか、さっきまでの影が消えていて、いつもどうりの明るい表情だった。

それでもなお、僕の中に、この言いようのない不安感は消えなかった・・・

そして、その不安感に煽られるように、―――が帰ってから、親に聞いてみよう・・・

今の僕には、ココロの奥底の記憶はどうしても溶かせそうになかったから・・・

僕の家に帰ってきたときには時計の針は夜の7時過ぎを差していた。

今日は特に時間の早さを感じた。それほどに今日は楽しかった証拠だ。


「それじゃ、今日は―――がせっかく来てくれたことだし、今日の晩飯は気合い入れないとな」


「え、―――って料理できるんですか?」


「なにその意外そうな声は・・・僕だって自炊ぐらいしてるよ・・・時々だけど」


「すごいですね。じゃあとても楽しみにしてます」


「うん。すごく期待しててよ」


自炊といっても、言うほどすごい料理ができるわけでもない。

なにしろ僕一人分で少々おいしければなんでもいいや的なものばっかりだった。

でも今日は―――もいることだし、ホントに久しぶりに親直伝のアレを作るか。

僕が料理を作るようになったのは中学3年頃のことだ。といっても母親が、


「これからひとり立ちしようと考えてるなら料理くらいは自分で作らないと」


と言ったからで、この強制的に料理を教えることが無ければ僕が自炊なんて

夢のまた夢となっていたかもしれない。でも、強制的だったとしても

ここまで作れるようになったのは、―――のおかげでもある。

彼女が料理がまったくできなくて、それでも努力して、僕に作ってくれた。

いつの間にか、その姿を無意識に追いかけていたのかもしれない。

と、そんなことを考えているうちに料理が完成した。

それを二つの皿に分けて・・・っと、できた。


「できたぞー」


「あ、今日は何作ったんですか?」


「まぁ、期待しろってほどいい出来じゃないが、

 一番作ってきたものだから味は大丈夫だと思う」


そしてその料理をテーブルに置き、―――の向かい側に座った。


「これ・・・チャーハンですか?」


「そう。ツナ入りチャーハン」


「へぇ、ツナが入っているんですか・・・ふふっ、―――はツナがホントに好きですよね」


「まあね。どこかの誰かさんのピザトーストのせいだけどね」


「あれは、他にのせるものがなかったからですよっ」


「ふぅん・・・ま、そういうことにしとくか」


「むーっ」


「そんなむくれっつらしてないで、食べてよ。冷める前にさ」


「あ、そうですね。いただきます」


僕は―――がチャーハンを食べるまでじっと見ていた。

一番作ってきたのは確かなんだが、なにしろホントに自炊が久しぶりだったから

少し怖いところもある。でも、それでも―――には食べてほしかった。

無意識に、そういう夢を抱いていたかもしれないと思った。

あの時に、僕にピザトーストを作ってくれた、せめてもの、お礼に・・・


「ど、どうかな?少し自信ないけど・・・」


「んー・・・そうですね・・・」


う・・・13日の時の僕と同じことしてるよ・・・

いざされてみると心臓に悪いなぁ・・・

うまいのか・・・まずいのか・・・もしホントにまずかったら・・・


「・・・ふふっ・・・くすくす・・・」


「な、なんだよ、ったく・・・」


「くすくす・・・あ、ご、ごめんなさい・・・だって、―――の顔が、

 面白かったから・・・ふふっ」


「はいそうですか。んで、どうなの?うまいの?まずいの?」


「あ、はい・・・とっても・・・おいしいですよ」


「ほ、本当に?」


「はい」


「そっか・・・よかった」


そういいながら自分の分のチャーハンを食べ始める。

うん。いつもどうりで代わり映えしない味。

ここまで味が変わらない、というのも味気ないものだな。

確かに味は変わらない。だけど、いつも食べてる食事とはまた別の、

この、とても暖かいもの・・・一人で食べるのとではわけが違う。

いいものだな・・・こうして、人と食事するのは。

その後は食べながらの談笑も絶えず、いつもなら十五分とかからず食べ終わるのに、

今日は40分以上もかかってしまった。


「さて、片付けも終わったし、今日は疲れた・・・」


「ふふっ、おつかれさま」


「あぁ、ありがとう。別に皿洗いぐらいできる体力はあるのに」


「いいんですよ。これはお礼なんですから」


「まぁ、―――がそういうならいいけどさ」


「そうですよ。気にしなくていいんですから」


なんだろう・・・この気持ちに気づいてから、彼女ヘの想いが

どんどん膨らんでいくのがわかる。

とてももどかしくて、苦しくて、どうしようもないこの気持ち。

でも、とてもいい心地よさがあって、一刻も早く伝えたい。

それでも、その一歩を踏み出せないでいた・・・

そして、そのまま床につき、次の日を迎えた。


3:8月15日


もどかしい気持ちを抱いたままついた布団は、とても苦しかった。

どうしたらいいんだろうと考えれば考えるほど混乱していって、

結局なにも見出せないまま、少し寝ては起きての繰り返しをしてしまった。

起きるたびに動悸は早くなるし、どうしようもない夜を過ごした。

そして、寝つけてもすぐ起きてしまうのは―――のことだけではない。

意識が飛んで、そのまま、と思っていたら―――


―――ザザー・・ザッザー・・・ザーッ


段々と大きくなっていくノイズ・・・雑音・・・のようなもの。

その間から垣間見る、昔の思い出・・・記憶・・・

小さな頃の僕、両親、友達、クラスメイト、先生、道行く人、人、人・・・

そして・・・すべて白黒の世界・・・過ぎ去った時間・・・

そのすっかり色あせた世界と世界の狭間にある、彩られた記憶・・・

なぜこの記憶だけ・・・残っているのだろう・・・

その疑問を考え始めようとすると、いつの間にか視界が自分の部屋の天井だった。

ひたすたにそれの繰り返し。永遠に続いているのかもしれないという錯覚を、

全身に感じる疲労感、喪失感、それを証拠付けるように流れる汗、

全身から吹き出る汗、特に顔から出てくる汗、汗、汗。とても熱い、汗。

そしてそこから生まれてくる恐怖感を感じないようにうずくまって目をつぶる。

必死に、ただ必死に意識を次の日にむけて飛ばすかのように・・・

そしていつしか疲れ果て、文字通り泥のように眠りにつき・・・

気がつけば、時計は8月15日の昼の3時過ぎを指していた。


「うわっ、寝すぎた・・・あ、―――は!?」


僕はすぐに跳ね起き、ドアを開けた。そして飛び込んできた景色は、

いつの間にかすごく片付けられた部屋、ものすごくきれいに畳んである布団、

僕の分のピザトーストが二枚、そしてその横に一通、置手紙がおいてあった。

それをひったくるような勢いで取り、食い入るようにその文字を読み始めた・・・


『―――へ。私が起きて、あなたを起こそうと思ったんですが、すごくうなされていて、

 起きそうもなかったので、今日の朝ごはんを作っておいておきます。私は今日の

 4時には、むこうへ帰らなければなりません。最後にお別れの言葉をあなたから

 直接聞きたかったのですが、これ以上は待てそうもありません。ごめんなさい。

 それでは、さようなら・・・                     ――― 』


「な・・・なんだよ・・・これ」


何度読み返しても、僕にはこれがまたあえるという保障がどこにもない、

これが最後のお別れだというような内容にしか、見えなかった・・・

なぜこんな内容の手紙を残したのか、どうしても気になって・・・

震える指を必死に押さえながら、自宅へ電話をかけた。

それは人間としての真実を知ろうとする欲求そのものでしかない。

それがおろかな行為だとしても、今の僕にはそんな余裕は無かった。


「・・・もしもし・・・」


「どうしたんだ?ただでさえ全然かけてこないお前がめずらしい」


「そ、そんなことより・・・聞きたいことがある」


「まったく、それが人に聞く態度か・・・」


「ごめん、今そんな余裕は無いんだ・・・説教は後でまた聞く・・・それで―――って

 小学生のときにいたろ?」


「あぁ、いたなぁ確か。幼馴染だったから覚えてる」


「それで・・・―――がそっちに俺の住んでる場所を教えたか?」


「・・・は?何言ってるんだお前・・・―――は・・・


――――スデニ、コノヨニイナイジャナイカ・・・――――」


「・・・・・・は・・・?」


「だから、小学生のときに交通事故で死んだじゃないか。忘れたのか・・・お前・・・」


「は・・・え、そ・・・さ、ま・・・」


「・・・はぁ・・・思い出したくないお前の気持ちもわかるが、だからいつになっても

 墓参りすらしなかったのか・・・まったく・・・」


「あ・・・う・・・そ、か・・・わか、た・・・」


僕はやっとその言葉を搾り出した後に電話を切った。

電話からの声を自分の中で反芻してみる。

―――コノヨニ、イナイジャナイカ―――

何度も何度も繰り返す・・・未だに掴めないこの状況・・・

すでに・・・この世にいなかった・・・?

じゃ、じゃあ・・・つい昨日まで笑いあってた―――は・・・一体・・・

ちゃんと飯も食ってたし、起こされたときの感触は間違いなくあった。

い、いやそんなことよりも―――は4時には帰る、と書いてあった・・・

・・・まだその意味は理解できない・・・それに時間も無い・・・

今、3時半・・・あと30分・・・急がなければ・・・

せめて・・・せめて後一回でも、あって話がしたい・・・

でも、どこにいるんだろうか。ここは地元じゃないから、思いつく場所がない。

もし、地元まで行ってたとしたらもうどうしようもない。

くそ、いったいどうしたら・・・―――


―――ザーッザザザザッザーッ―――


その時、最近感じていたノイズが急激に大きくなった。

今までとは違ってはっきりとした音。どうしてまたいきなり・・・

そう思っていたら、そのノイズから、少しづつ声のようなものに変わっていった。

次第に声がはっきりとしていく・・・


―――ここ、で・・・まってる・・・よ―――


「!?」


なんで―――の声が・・・いや、そんなことよりも・・・どこで、待っているんだ?

声だけではよくわからない・・・だけど、今3時40分、そう悩んでいる時間は無い。

ノイズが―――の声に変わった瞬間、彼女はこの街のどこかにいる。そういうふうに

感じるようになっていた。確信は無い。だけど、僕の中ではどこかにいる。

なら、もうそうこうしている余裕も無い。急がなければ・・・

アパートから出た僕は、頭に響いてくる声が鮮明に聞こえる方向へ向けて走り出した。

とにかく一秒でも早く会いたいという想いが、僕を突き動かしていた。

そして十分後の3時50分。僕の足は、小高い丘の頂上で止まった。

息が整わないのもかまわずに、彼女がどこにいるかを探し始めた。

それほど広くも無い丘の頂上、彼女は数秒もしないうちに見つけた。

彼女は街のほうを見ているので、その背中に声をかけた。


「やっと・・・見つけた・・・」


「・・・見つかっちゃいましたか・・・」


そういいながら―――は僕のほうを向いた。心なしか、少し影が薄れている以外は、

昨日までいた、彼女そのものだった。


「・・・どうして・・・」


「そんなの・・・決まってるじゃないですか・・・」


夕日越しに見える彼女は、今までに見てきた中でも、一番綺麗に見えた。


「あと一度でも・・・あなたに逢いたかったからです」


「でも・・・ぼく、は・・・きみのことを・・・」


「わかっていました。あなたが私のことを忘れて、頭の中に沈めてしまったことを」


そしていままで顔を伏せていた彼女がゆっくりと顔をあげていく。


「それでもいい・・・私のことを忘れていてもかまわない・・・

 でも、あなたは忘れていなかった・・・すごく、うれしかった・・・」


「そんな・・・忘れるわけ、ないじゃないか・・・だって、ぼくは・・・」


顔を上げた彼女の瞳には、ひとすじの涙が流れていた。


「ぼくは・・・きみを―――」


「うれしかった・・・だって・・・わたしは、あなたを―――」


それでもなお・・・彼女は・・・笑っていた。

それにつられて、僕も・・・笑った。


気がつくと、夕暮れの中、僕の腕の中にいたぬくもりが、いつしか消えていた・・・


4:エピローグ


あの時から、もう何年たったのだろうか・・・僕はよく覚えていない。

でも、あの出来事から、僕は毎年の夏、彼女の墓参りを欠かしていない。

凍てついていた記憶も、いつしか融解していった。

当時はとてもつらくて、忘れようと記憶の奥底に閉じ込めた想い出。

でも今ではそれをしっかりと事実と受け止められた。

そういえば、―――と逢って、いなくなってしまって以降、あの変な夢を

すっかりと見なくなってしまった。好きなもの、嫌いなもの、か。

今でも僕の嫌いなものはピザって名前のついてるもの全部だ。

それはあのときから変わっていない。

なんで嫌いになったか・・・それはいなくなってしまった彼女を、

ピザを見るたびに思い出してしまいそうだったからかもしれない。

でも、あの出来事を通して僕の好きなものがひとつ増えた。

そして、家で作ったそれを、彼女の墓に一つをそっと置いた。

なんの変哲も無い食パンに、ケチャップをぬりつけ、その上にチーズとツナを乗せた、

小学生でも簡単に作れるピザトースト。僕の、好きなものだ。


好きなもの、嫌いなもの。これが増えていくのは、進歩と言えるものなのだろうか。


今の僕にはわからない。そう、わからないものはこの世にはとても多い。


そうだとしても僕には明日という道がある。


そして、その道を歩いていく。


その道にいつもくじけそうになる。


でも、いつでもそばに彼女がいてくれる。


だから僕は、歩いていける。


だから、歩こう・・・彼女の分まで・・・


僕は―――の墓に一礼し、その場を立ち去る。

そしてしばらく離れてから振り返ってみる。

彼女の墓に備えられた花たちが、

ただ静かにやさしい風に吹かれて、揺れていた。


                         FIN・・・

どうも初めまして!缶江ボスと申します。

今回初めてここに投稿しました。

まぁ紆余曲折して小説家といってもラノベですが

になろうと思い、ここを見つけました。

今回の作品は最近色々書いてた中でごく最近の作品です。

あまり自信はないですが、感想やご指摘がありましたら遠慮なく送ってくれるとうれしいです。

それでは〜

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