4.少女の面割遊び
きいと古ぼけた酒場の扉が音を立てる。しかしその微かな音は、すぐに大きな怒声や笑い声によって掻き消された。
中に集っている男たちは、各々好き勝手に陣取ってエールを呷り店の奥の方に注目していた。小さな少女が入ってきたことには、誰も気付かない。
男たちは皆似通った格好をしている。色の褪せた黄土色の服には袖が無く、汚れも目立つ。靴も厚手の生地で踝までを覆っているだけのもので、裸足よりはマシという有様だ。
要するに、ニーナと同じように表に出て行かれないような立場の人間たちばかりだった。
それを見て、彼女は内心で細やかな安堵を感じる。ニーナにとっては、最早こちらの方が身近な世界なのだ。
しかしながら、「異物」もそこにはあった。
亜麻の布で縫製された服を着た中年くらいの男。多少汚れてはいるが、衣嚢の多い上着も羽織っている。何かの職人なのかもしれない。
鼻の下の薄い髭が特徴的なその男に近寄って見ると、彼はその態度も周囲の男たちとは違っていた。どこかやり切れないような疲れた顔をして、その視線を店の奥へと向けている。
「おじさん、どうしたんですか?」
声をかけると、その若干虚ろ気な目がこちらを向く。そしてその目は、急に大きく見開かれた。
「っ何してるんだお前!?」
「何してるって、お腹が空いたからご飯を食べに来たんですよ」
驚き動揺している男に、ニーナはにこにこしながら言葉を返す。
「私お金が無くて、今日はまだ何も食べてないんです。―――だからおじさん、何か恵んでくれません?」
男の袖をくいくいと引いて、上目遣いにニーナは強請る。
すると男は、はあと困ったような息を吐く。
「……子供は、他人事に思えねェな」
そして懐から取り出した銅貨を数枚ばかり、ニーナの小さな掌の上に載せてくれた。
「それをやるから、もうこんな所には来るな。いいな?」
言われてニーナは、「ありがとうございます」と応じて金を腰の布袋に仕舞う。
が、その場を離れることはせずに、注目が集まっている店の奥の方を窺う。
「向こうでは何やってるんですか? 見えない」
「いいから帰れ」
男に言われても、彼女はその場を動かない。それで男は、はあと溜息を吐いて答える。
「『面割』だよ」
「メンワリ?」
「『鍛冶町』の祭日によくやってるお遊びさ。木箱に参加者が好きなものを入れて、それを順に木材なんかで叩く。箱の蓋を割れたら、割った奴が中身を貰えるんだ」
「へえ、面白そうですね」
人垣の向こうに益々興味を惹かれ、釣られるようにそちらへ。
しかしその服の襟首を、ぐいと引かれる。またも首がぐっと絞まる。
「っもう何なんですかどいつもこいつも!」
「見なくていい。もう帰れ」
立腹するニーナに、男は諭すようにそう言う。
「何でですか。子供に見せられないようなことしてるわけじゃないんでしょう?」
「してるんだよ」
と、男は溜息交じりに答える。
「イカサマだ」
「ふうん、イカサマ……」
それを聞いて、しかしニーナは引き下がらない。むしろ関心は強まったと言っていい。
彼女はとんと跳ねて男の前のテーブル上に立つ。
「おい! 何して―――」
「おー、ここからなら見える」
机上で背伸びすると、店の奥で催されている「面割」の様子を観察することができた。
「よォし、次はどいつだ?」
衆目が集まる机上の木箱をばんと叩いて、身体の大きなスキンヘッドの男が問う。木箱は大人が軽く抱えられる程度のものだが、荒くれ者たちがその箱に送る視線は熱い。
やがて観衆の中から、手が挙がる。
「俺がやろう!」
その声を受けて、観衆がおおと声を上げた。
挑戦者は、大男が開いた木箱の中に銅貨を数枚放り込む。箱の中はよく見えなかったが、恐らく金が詰まっているのだろう。
金が放り込まれると大男が箱を閉じ、懐から短剣を取り出して挑戦者に渡す。その短剣で木箱の蓋を破れれば、中身を総取りというわけだ。
挑戦者の男は短剣を振り被って、それからやや慎重にどこかを狙うようにしてそれを振り下ろした。
がつんと、木箱が音を返す。しかしその蓋が壊れることは無い。それを見て、しばし静まっていた観衆が期待外れとも安堵ともとれないような息を漏らす。
「あー、もっと思い切り打てばいいのにー……」
ニーナも身を乗り出しながら、そんな感想を呟く。すると、傍で応える声がある。
「思い切り打てないのさ」
髭の中年男は、ふうと息を吐いてエールを呷る。
「力を入れ過ぎれば、刃が折れるから」
「―――それが、イカサマ?」
ニーナが首を傾げて見せると、男は項垂れるようにして首肯した。
「蓋を壊せるだけの力がかかれば折れるように作られてる。……それだけの腕があるなら、もっと真っ当に稼げる方法があるだろうに」
その話し方は、よく知っている者の表現だった。
「おじさんはあの大きなイカサマの人知ってるんですか?」
「知ってる」
と男は答える。
「よく知ってる。―――けど、こっちに来てから何があったのかは知らないな。大方、商売で失敗してうちに帰れずに自棄になってるってとこだろうが」
「ふうん……」
どうでもいいことだ、ニーナにとっては。どうでもいいが、しかし折角なのでニーナの筋書きに入れ込むのも悪くはない。
そう思い至って、彼女はテーブルの上で再び店の奥の方へくるりと身を返す。そして思い切り息を吸い込み、吐き出した。
「注目!」
大きな声に、髭の男が目を剥く。彼だけではない。奥の木箱に目を奪われていた観衆も、その衆目を攫っていた大男も、皆が机上の少女に視線を向けた。
「おい、何やってんだ!?」
慌てた様子の髭の男を無視して、ニーナはその人差し指をびしと荒くれ者たちの方へ向ける。
「あなた! あ、違う違う。その他大勢はどいて。―――そうそう、あなたですよイカサマのおじさん」
言って、見るからに不愉快そうな観衆に道を開けさせる。
その先では、スキンヘッドの大男がさらに不快気な表情を浮かべていた。
「……誰がイカサマしてるって?」
青筋立てて怒りを露わにした男は、その大きな体格も相まって大分迫力がある。もっとも、ニーナに恐れを抱かせるにはそれでも不十分なのだが。
「だから、あなたのことだって言ってるじゃないですか。この髭のおじさんが言ってました」
急に話を向けられてあんぐりと口を開く髭の中年男に、大男がぎろりと視線を向ける。
「―――またお前か、マストロ。わざわざご苦労なことだな」
「エレナに会いに来たついでだ」
と髭の男―――マストロは応じる。
「ラウル、もうこんなくだらねェことはやめろ! ここに居場所がねえなら、鍛冶町に戻って―――」
「てめえのいる家になんか戻らねえよこの変態野郎ッ!」
大男ラウルの荒々しい怒声で、マストロは声を途切れさせた。後には周囲の荒くれ者たちのざわざわ言う声だけが残る。
それらの中心、マストロの前のテーブルに座って事の成り行きを見守っていたニーナは、ちらとマストロの方を見やる。
「おじさん変態なんですか?」
「違う」
と彼は返すだけだった。あとはただ、今し方のやりとりで気力を使い果たしたかのように、ぐったりと椅子に身を預けている。
「お前はどこの子供だ」
それを見ていたニーナの背に、ラウルの声が飛んでくる。
「マストロの隠し子か?」
「いいえ、」
とニーナは答える。
「言っても分からないような、普通の家の子供ですよ」
言って、座っていたテーブルからひょいと降りる。そして、ラウルの方へと歩んだ。
「―――それよりイカサマじゃないって言うなら、そのメンワリ? 私にもやらせてください」
「やってどうする」
とラウルは訝しげな視線をニーナに送る。
「イカサマかどうかを確かめるってか?」
それに、彼女は首を横に振って答えた。
「違いますよ。イカサマかどうかなんてどうでもいいんです。ただその木箱の中のお金が欲しいだけ」
にっこり笑ってそう言っても、ラウルは暫く探るような視線をニーナに向けていた。
が、やがて頷く。
「……いいだろう。だが参加料はきっちり払ってもらうぜ。子供だからってタダでできると思うなよ」
「もちろんです。おいくら?」
「銅貨三枚だ」
「はーい」
応じて、ニーナは腰に下げた袋から銅貨を取り出す。先ほどマストロから貰った金だ。それを、木箱の中へ放る。
遠くから見物した時には見えなかったが、箱の中では硬貨がそれなりの嵩を成している。これなら怪しくても思わず手を挙げてしまう人間がいるというのも頷ける。
ニーナが金を入れたことを確認して、ラウルは木箱に蓋をする。それから、例の短剣を彼女に差し出してきた。
「割れなくても、駄々こねて泣くんじゃねェぞ」
「それはこっちの台詞です」
言い返して、ニーナは短剣を受け取る。そして何度か軽く素振りした後に、「ではでは」と剣を振り上げて木箱の前に立った。立ったが、箱を上から叩くにはニーナの身長では足りない。仕方が無いので、椅子に立つ。
ニーナが改めて短剣を構えると、店内のざわめきがほんの僅かばかり小さくなる。もっとも、観衆の中にニーナが成功すると思っている人間はいないだろうが。
ニーナは剣を振り上げた格好のまま、しばし間を置く。それから、静かにそれを振り下ろした。
ひゅっと空気を裂いた短剣は木箱に打ちつけられ、そして圧し折れた。折れた刃が撥ねる。しかし同時に、木箱が音を立てて砕けた。
蓋が壊れた―――どころか、箱全体が強い圧力によって弾け飛んでいた。勢いは箱に収まらず、下のテーブルにもヒビを入れてしまっている。
無論、短剣の剣身によるものではない。
「ふーっ……」
ニーナは一息吐くと、その手に残った短剣の柄をひょいと放った。
「―――ね、割れましたよ面。中身貰って良いですよね?」
蓋どころか、面と言う面が今の一撃で破壊されている。文句のつけようもないだろう。しかしながらニーナが視線を送っても、ラウルからの返答は無い。
ラウルを始め、酒場に屯していた男たちは皆沈黙していた。何が起こったのか、まだその頭で処理できていない様子だった。
もちろん、ニーナにその時間を待っている気は無い。早速足元に散った硬貨を拾い集めていく。
が、散っているのは銅貨だけではなかった。
「―――ん?」
拾い上げてみれば、それは鉄屑。見渡せば、銅貨よりも大量にそれが散らばっている。
「……これ、」
「おいっ!」
不意に背中側から、威圧的な声が飛んでくる。
「てめェ、どんな手使いやがった!?」
「あー、その話?」
怒りを露わにするラウルの方を振り向いて、ニーナはその右手を挙げて見せる。
「どんな手って、こんな手ですけど」
ひらひら扇いだその手が、ラウルの怒りも大いに煽ったことは言うまでも無い。
「ふざっけんなッ―――」
「それより、コレ説明してもらえます?」
迫ってきたラウルに向かって、ニーナは小さな鉄屑を摘まんで見せる。すると、彼の勢いがいくらか削がれる。そこに付け込むようにして、ニーナは続けた。
「どうも木箱の中から出てきたみたいなんですけど……しかも大量に」
「煩ェ、てめェには関係無い―――」
「もしかしてなんですけどォ、」
とニーナはラウルの言葉を断つ。
「入ってた銅貨は上に見えてた分だけで、あとは鉄屑で盛ってた……とか?」
言うと、店内が俄かにざわつき出す。いつの間にか我に返った観衆が互いに言葉を交わし、そしてラウルに疑惑の視線を向けている。その視線に、ラウルは言葉を返さない。代わりに、ニーナをぎろりと睨み据える。
もっとも当の彼女は、全く気にせずに銅貨を拾い集めているのだが。
しかし観衆の目は、ニーナの方にも向いた。
「待てよ! 俺らも被害者だ。金は持ち主に返すべきだ」
「そうだそうだ! 返せ!」
「……鬱陶しいなァ」
ニーナは非難の声を背に受けながら呟く。騙しておいて八つ当たりするラウルの性根も悪いが、被害者面してニーナに集る観衆も相当に卑しい。
「おい、聞いてんのか子供」
「あーはいはい、聞いてますよー」
「大人の話はちゃんと聞くもんだぜ―――」
ばんと、音立てて木箱の破片が天井に突き刺さる。
「大人ァ? どこにいますか、そんなの?」
木片を蹴り上げた足でとんとんと地面を打ち、ニーナは笑顔で問う。当然、目は笑っていない。
ニーナが常人でないことは、既に伝わっているはずだ。今の行動は、それを再認識させたに過ぎない。それで十分だ。現に荒くれ者―――と呼ぶにはあまりに貧弱な彼らがそれ以上口出ししてくることはない。
代わりにその視線は、ラウルに集中する。
なんとかしろ。責任を取れ。
そういう視線だ。
もっともラウルにもどうにもできないということは、彼自身が一番よく分かっているはずだ。しかし黙って退けば、観衆は黙っていないだろう。板挟みというわけだ。自業自得だが。
さてどうします、とニーナは視線で彼に問う。
ラウルは黙ったまましばらくニーナを見ていたが、やがてこちらに歩み寄ってくる。
しかし、彼が近づいてくる前に声が一つ上がった。
「嬢ちゃん、金は俺が出そう」
振り返れば、そこにはマストロが立っていた。
「木箱に入ってた分の金は俺が出す。木箱の中身はここの連中に返す。―――それでいいだろ?」
最後の問いは、周囲の男たちに向けられたものだ。その声に、特に異論は出ない。
ところが、別の方から声が上がる。
「ダメだ」
声を上げたのは、ラウルだ。
「何言ってんだ! お前こんなことになっても金に執着するのか―――」
「金は、こいつから取り返す」
ラウルの視線は、ニーナに向いている。
「そうでなきゃ、気が収まらねェ」
「―――いいですねェ」
ニーナはにやりと笑う。性悪ではあるが、自尊心くらいはあるらしい。
「いいですよ。奪い返そうっていうなら、私受けて立ちますよ。―――但し、」
と、彼女は少し間を空けて条件をつける。
「私が勝ったら、あなたの手持ちのお金も貰います」
「好きにしろ。俺も勝ったら、お前の身包み剥ぐつもりだ。大した金にはなりそうもねえが」
「どうぞ。私の意識を奪えればの話ですけど」
言って、ぱんと拳で掌を打って見せる。
それが開始の合図―――というわけでもなかったのだが、それから互いに沈黙し見合う。観衆も二人に注目し、静まっている。ちらとマストロの方を窺って見れば、彼も苦々しい顔をしてこちらを見守っていた。
「どこを見てんだ?」
声に振り向くと、ラウルが傍まで迫りその拳を振り薙ごうとしていた。
「おっと、」
ひょいと後方に跳んでそれをかわす。
「言わなきゃ、当たったかもしれないですよ?」
「白々しい」
ラウルの声に、ニーナはちろっと舌を出して応じる。ただ実際、当たったかもしれない。効果があったかは別として。
ラウルは両の拳を胸の前に構え、左右交互に打ってくる。しかしニーナには当たらない。軽い身の熟しで全てかわす。
ラウルは身体が大きく、その太い腕を使って繰り出す拳には威力がありそうだ。しかしながら、動きは遅い。鈍重というわけではないのだが、それでもニーナの目では十分に追える速さだ。
「これじゃ、当たりませんよ?」
「煩ェ、」
言って、拳を放っていたラウルの動きが止まる。
「黙ってろ!」
今度は、蹴り出した太い脚でニーナの足を払いに来る。もちろん当たらない。跳び上がって彼女はそれをかわす。
しかしその時、ラウルはもう次の行動に移っていた。懐に差し入れた右手には、ナイフが握られている。それを、空中にいるニーナに向かって振り薙ぐ。ナイフの切っ先は、確実に彼女を捉えた。
「―――なるほど、ですね」
ナイフの刃先を、ニーナの血液が伝う。
しかし驚いているのは、ラウルの方だった。
ニーナは、ナイフの刃を右手で握り込んでいた。飛んできた切っ先を、有ろう事か自分から掴みにいったのだ。そしてその刃は、ニーナに握り込まれて完全に勢いを失っていた。それは即ち、ラウルと力勝負で勝ったということ。
「どうしました? もうお終いですか?」
ニーナは未だ握ったままの刃による痛みを感じていないかのように、にこりと笑って見せる。
「いやァ、素手で戦ってる女の子相手にナイフなんて……ヒドイですねェ」
「女の子……?」
ラウルは、こちらを睨みながら呟くように言う。
「『化け物』の間違いだろ……!」
「……そうかも、ですね」
言って、ニーナはぐいとその右手に握ったナイフを引く。身体が前へのめったラウルはすぐにナイフから手を離すが、もう遅い。ニーナの左拳が、既に彼の鳩尾付近に向けて放たれていた。
「―――ッ!」
ラウルが声を上げる暇は無い。ただ苦悶の表情を浮かべて、そのまま膝から崩れる。
床に伏したラウルをニーナはしばらく見下ろしていたが、やがて思い出したようにその右手のナイフを持ち替えた。
「私勝ったから、このナイフ貰いますね」
無論、意識を失っているラウルには届かない。
「ヘボ短剣しか持ってないかと思ってたけど、良いナイフも持ってるじゃないですか。これもお手製ですかね?」
持ち主は答えられないので、ニーナはマストロの方へ話を向ける。
マストロは身を固くした状態のまま、口だけ動かす。
「……あ、ああ。恐らく」
「ふうん、良い仕事しますね。―――それなのにこんな、」
言いながら、伏しているラウルの身体を足でひっくり返す。
「こんな下らないことしてるんだ? 格好悪」
「お、おい。もう勝負はついたんだ。あんま手荒なことは……」
「分かってますよ。大丈夫大丈夫」
マストロの声に、ニーナはにっこり笑って答える。その笑みも、今は不安を掻き立てるものにしかならないだろうが。
「取るもの取ったら、こんなのに用は無いですよっと―――」
言って、ラウルの懐を探る。そして金の入った袋を見つけると、ラウルの腹の上に座って中身を改める。
「どーれ、……まあ、こんなもんですかね」
銅貨が十枚あるかどうか。パン一切れと寝る場所とで銅貨二枚は一日に使うので、無いよりはマシといったところだ。
確認を終えると、ニーナは先ほどから静まり返っている観衆にも目を向ける。
「皆さんもどうです? 欲しいですか?」
袋を振り振りしながら問いかけるが、彼らから返答は無い。先ほどまでは非難の対象だったラウルだが、こうなってはいっそ哀れに思っているのかもしれない。
「要らないなら、いいんですけど」
ニーナは肩を竦めると盗った袋に手を突っ込み、その握り拳を自分の袋に入れ込んだ。
「……さて、」
袋をラウルの懐に戻してから、ニーナは周囲を見渡す。
「拾い忘れはないかな? ―――拾ってないですよね、お兄さんたち?」
笑顔ながら威圧感のある問いに、男たちはぶんぶん首を振る。
「ふむ、ではもうここに用は無いですかね」
ニーナは店の入り口に向かって歩む。
道は自然と開いた。―――かに思われたが、一つだけ壁が動かない。退くものだと思っていたニーナは、その壁にぶつかってしまった。
むっとして顔を上げると、その相手も冷淡な表情でこちらを見下ろしていた。