あるクリスマスの日に
この学校にはとある言い伝えがある。
『クリスマスの日に学校の敷地にある大きなモミの木の下で告白をすると成就する』
このモミの木は樹齢100年を超えておりパワースポットとして生徒たちの間で話題となっている。
実際に告白をした生徒が何人もいるらしいが、その人たちから聞いた話によると成功率が100%になるというデータもあるくらいだ。もちろん噂だが。
そんなモミの木がある学校に勤めて今年で三年目の井上という教師がいる。
あぁ、もちろん俺のことだ。
三年目の俺はなぜかほかの先生達から生活指導教諭に推薦され、しぶしぶ生活指導教諭を担っている。
そんな俺にとある話が入ってきた。
〇
『井上先生、実はとあるところから聞いた話によるんですけど、なにやら立ち入り禁止となっているあのモミの木の下に行って告白をしている生徒がいるみたいなんですよ…』
『―――はぁ、それで?私にどうしろと?』
『いえ、ですのでね。生徒指導教諭である先生に頼み事なんですけど…』
『え゛っ!それを俺が?』
『えぇ。よろしくおねがいしますね、井上せんせ♡』
〇
「こんなことなら指導教諭なんてなるんじゃなかった…」
俺が今いるのはそのモミの木の近くに建てられていた元部室棟である。なんでこんなところにいるのかというと、現在このモミの木の裏が崖になっておりいつ崩落するかわからない。だから一人の先生をこの部室棟に監視に置いておこうというわけだ。そして、生徒指導教諭である俺に白羽の矢が立ったということ。
しかし、なぜこんな崖が近くにあるのに告白イベントが生じるのかというと、10年前までここは平地だった。10年前に校舎の建て替えを行った際にこの崖が生まれてしまい、今では立派な立ち入り禁止スポットである。
立ち入り禁止になった今でもその効果は続いているのか、この10年間で何人ものカップルがこのモミの木の下で成立した。そのカップルがその先どうなったのかは誰も知らない。モミの木が保証してくれるのは告白の成功だけ。その先の恋人生活には何も影響してこない。非情と言えば非情なのだろうが所詮は木だ。木に祈りごとをして叶うほうが奇跡に近い。
なんて卑屈めいたことを一時間くらい考えていた。別にこのクリスマスに過ごすやつがいないとかそういうことじゃないんだからな!ただカップルを見て思ったことを言っているだけだ!
ふと、そんなことを考えているとそのモミの木の近くにある崖の前に制服を着た女の子の姿が見えた。
女の子が一人だけでこちらに背を向けて立っている。誰かを待っているように見えるのだが、誰も来る気配はない。
「流石に、注意しに行くか…」
一時間も座っていたせいか椅子から立ち上がった時に膝の関節が固くなっていて、パキッ、と音がなった。俺は足どりが重いまま小屋の扉を開けてモミの木の下へ向かう。
モミの木にもたれかかっているその女の子はこちらに背を向けていた。長い髪、小さな背丈。どこにでもいるような普通の女の子だった。
「あー、そこの気にもたれかかってるキミ!そこは立ち入り禁止だよ!裏の崖が危ないんだから!」
俺は声を大きくしてその女の子に話しかける。しかし、返事はない。
「キミ!聞こえてる?」
もう一度声をかけるとその子はこちらを向いた。
「―――――え?」
俺は言葉を失った。
そこに居たのは俺の彼女だった。
いや、正確には元彼女だった女の子が制服を着て立っている。
「…そんなことは。だって、お前は!」
俺が驚いているのはなぜ彼女がここにいるのかではない。なぜ彼女がこの世にいるのか。
高校生の時に付き合い始めた二人だったが、彼女は大学二年生の時に病気で亡くなってしまった。
それからというもの俺は三日三晩泣きとおし、後にも先にも彼女だけが俺の彼女だった。
その彼女に告白したのはちょうど数年前の今日、このモミの木の下だ。まだ改築がされる前だったので当時は校庭の端の方にそびえたっていた。
そんな彼女が今俺の前にいる。これはなんだろうか。クリスマスの呪いなのか?
「ねぇ、私の声聞こえてる?今日は何年記念日なのかな…」
彼女はいつも記念日を大切にしていた。忘れると一日口をきいてもらえなかったっけ。
「わたしね、いつもあなたに感謝していたの。あなたは私に無いものを持っているんだもん。そりゃ憧れるし、嫉妬もした。でもね、それも全部好きだったよ?」
おれはいつのまにか頬に涙がつたっていた。こちらの声は彼女には聞こえていない。
でも、これがモミの木が見せてくれた奇跡だとしたら…。いくら感謝しても足りない。
それからは俺の体を心配する彼女に対して涙を流しながら相槌をうっていた。
「私はここで君に告白されて嬉しかった。その後の学校生活も、まぁ楽しかったかな。欲を言えばもっとイチャイチャしたかったけどね。でも、後悔はないの」
彼女は最初から最後まで笑顔で語っていた。その顔には全く曇りはなく本当に楽しい人生だったんだなと今になって俺は安心することができた。
「ただ―――ひとつだけ心残りがあるの…」
彼女はさっきとは違い顔を曇らせて俯き気味で話し始めた。
「私の妹が心配なの……。私がいつも相手してあげていたけど、私がいなくなったあともちゃんとやれているか…、不安で仕方ないからそれを君に頼みたいの。お願い。妹のことをよろしくね。私は天国からしか応援できないけどいつも見てるから!」
彼女はそう言って足の方から薄く透けて徐々に景色が体全体を包み込もうとしている。
「待ってくれ!俺はまだ!君に伝えたいことがやまほどあるんだ!」
それでも透過は止まらない。
こっちの声が聞こえているのかもわからない。
「君がいてくれたおかげで俺は優しくなれた!強くなれた!でも、それはこのクリスマスがなければ俺はいつまで経ってもダメだったかもしれない!だから―――――!」
こっちの声は彼女には届かない。
と、思っていたら、
彼女は俺の言葉を聞いて最後に今日一番の笑顔を見せてくれた。
その笑顔が見れただけでも満足だった。
もう死んでもいいかと思うくらいに………。
「危なあああああああああいいいいいい!!!!!!」
俺は咄嗟に横から体を押された。
何がなんだかわからずただ流されるように横に飛ばされた俺はようやくその事態に気づく。
いつの間にか崖が崩れてきていた。
この人が俺の体を押してくれてなければ岩に潰されてタダでは済まなかったかもしれない。
「ご無事でよかったです…。井上せんせい……」
俺を助けてくれた人は彼女の妹だった。
彼女の妹は今年からこの学校に養護教諭として勤務していた。それは知っていたが、葬式の時以来に会うし、少し気まずかった為に俺の方から遠ざけていた気がする。
「お姉ちゃんと話しているみたいだったけど大丈夫ですか?なにか幻覚でも見えたんですか?」
「いや―――、君のことを心配していたよ。私がいなくても大丈夫かな?ってさ」
もう!お姉ちゃんたら!と、妹ちゃんはモミの木を見て目を細めた。
「それより、どうして妹ちゃんはここに?」
「えっと……その――」
妹ちゃんは目をそらして明後日方向を向きながら答える。
「そ、そう!井上せんせいのことが心配だったんですよ!一人でこんなところに来るなんて!どうかしてます!」
俺はここでさっき彼女が言っていることがようやく分かった。
いつも妹ちゃんの仕事ぶりを見ていたらそんなことを思わなかったけど、彼女の言っていたことはそういうことだったのか。
「あっはは、そうか!心配してくれてありがとう!それで、助けてくれてありがとう。このお礼をしたいからさ、これから飲みなんてどう?」
妹ちゃんはこっちを見て少しびっくりした顔を見せた後、赤くした顔で見つめる。
「そ、それって…つまり……」
天国で彼女は笑っているかな。それとも…嫉妬してくれているかな。
でも、このクリスマスのサンタになってくれていると思っている。
お久しぶりです。今回はクリスマスです。みなさんはどんなクリスマスをお過ごしでしょうか。クリスマスに小説を書いているということは私はボッチです。それは言わないでください。
それはさておき、今回も学校を舞台にさせてもらいました。前回の二人ハロウィン( https://ncode.syosetu.com/n2431fc/)の時と同じ学校ですの良かったらそちらも読んでください。
近いうちにアトムスもあげたいですね…。