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星の生まれる日。  作者: 卯浪 糸
星詠む娘
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3。

エトワールが星詠みの巫女となって10日のち、王都ではあらたな予言者の誕生を祝い、盛大な祭りが催された。しかし周囲の熱があがればあがるだけ、エトワールの内側は醒めていく。


これまでの家の手伝いに追われる生活が幻だったように、なにもしない、無為な日々が過ぎていく。女官たちは刺繍や絵を描く事をすすめてくるけれど、エトワールにそんな嗜好はない。ぼんやりと寝台に転がるか、庭をあてもなく散策するかのある日、夢を見た。


田舎では見たことも無い、大きな煉瓦造りの建物が燃えていた。金と橙、濃紺の夜空の対比が暴力的なまでに鮮やかで、夢だと自覚のあるエトワールはふりかかる火の粉もそのままに、破壊を従えた炎の円舞に魅入られた。


周囲のおなじ煉瓦造りの建物から出てきた者たちも、着の身着のままで燃える建物を指差し、ある者は呆然と、ある者は大声で絶望を叫ぶ。


はやく逃げればいいのに、と急いたエトワールは苛々と彼らを一瞥するが、()()()()()()は危険に気づかないのか、動く様子がない。


屈強な男達にまじって、女も老人もバケツに水を汲んでは建物にかけているが、全く効果はない。それどころかいっそう火の勢いは増し、ぐしゃり、と建物の輪郭が崩れた。


あ、と瞬きするほどの間。ついに真っ赤に焼けた煉瓦が自身の役割を放棄した。ひときわ大きな建物だったそこは、周囲の悲鳴を道連れに完全に倒壊した。


しかし悲劇はそれで終わらない。焼けた煉瓦が降り落ちた建物が延焼しはじめたのだ。ひとびとの口から新たな悲鳴が上がる。


逃げろ、逃げろ、早く逃げろ―――


悲鳴は絶叫に。声にかたちはないはずだというのに、火の粉を共に、異界の住人であるエトワールの周囲をぐるぐるとまわり始める。


逃げろ、逃げろ


待って、子供がいないの


逃げろ、焼けてしまう、逃げろ、逃げろ―――


建物も、ひとも、火も夜空も、真っ黒に染まって渦を巻き、エトワールを呑み込んでいく。




「―――っ…!!」


頭を鈍器で殴られたような、衝撃すらともなった覚醒。詰めていた息を吐き出すと、どっと汗が吹き出た。色濃い夢の名残から抜け出そうとしていると、おずおずと声をかけられた。


「…巫女さま。いかがなさいました」


冷たく汗ばんだ手で額を拭い、視線を向けるとそこにはもう馴染みになった女官の端正な顔。


「…ゆめ、見た」


乾いた唇でつぶやくと、女官の顔がさっと強ばった。尊いものをいただくように跪いた彼女の姿に、エトワールの頭がすっと冷える。


一瞬、口を噤んでやろうか、という思いがよぎるが、もしあれが星詠みの巫女の異能―――予知夢というものならば、ひとの命に関ることだ。エトワールはとつとつと、見たままを言の葉にのせる。


すべて聞き終わった女官は深々と一礼し、衣擦れの音もしとやかに寝室を後にした。


寝室の扉が完全に閉まってから、エトワールは再び寝台に横になった。


あれが予知夢なら、…いや、ただの夢なら、それがつづけば、エトワールの巫女としての資質が疑われる。あたらしい巫女を擁立しようとする動きになりはしまいか。


胸に灯ったかすかな後ろめたさと希望は、一週間後、面会を求めてきた大神官のしたり顔で綺麗にかき消された。


                    *


謁見の間で、エトワールははじめて星導宮に来た時以来、会うことのなかった大神官と顔を突き合わせていた。反発心から会いたくないとごねたものの、女官たちのしつこいまでの説得に疲れ果て、不機嫌を隠そうともせず精緻極まる細工の施された椅子に腰を落ち着ける。


かつてのエトワールであれば、内心はどうあれ、自分より年長者を下に見る場所に座ったりはしなかったろうが、彼女のなかでは王族、神職はもはや敵も同然だ。家族に害が及ばない程度に計算しての反抗くらい、許してほしい。


良くも悪くもエトワールの心情など慮らない大神官は、先日の予知がみごと的中した事を語った。


曰く、エトワールの夢で燃えていたのは多くの資産を預かっていた銀行で、王都をにぎわす窃盗団が夜半忍び込み、証拠隠滅のために火をつけた、というのだ。エトワールの夢から物件を特定し、警戒を強めていたところ何も知らぬ賊が侵入。窃盗、放火の現行犯で憲兵に拘束されたらしい。


大神官は下座に位置しながらも、予知があたるのは当然、これからも励むように、としかつめらしく言ってきたが、エトワールは無言を貫いた。謁見が終わってからの女官の賛辞すらなぜか不快だったが、市井のひとたちに不幸がなかったという話にはすこし救われた。


…エトワールとおなじ、「一般」のひとが助かるなら、それでもいいのかもしれない。


しかし、どんな稀有な異能でも、それがあたりまえになってくると周囲の反応は変わってくるものだ。


エトワールの見る夢の間隔は一定ではない。3日続けて【視る】時もあれば、ひと月以上かすりもしない時もある。そのひと月の間に、災害や大きな事件があると大神官や王族、時には女官にまで聞こえよがしに侮辱された。


星詠みの巫女に仕える女官は、多くが代々の神職の家系、いわば名門と呼ばれる家から選ばれる。神に仕える者がみな清らかな心を持っているわけではない。名のある家で養育された彼女達のなかには、農村出身のエトワールをあからさまに卑下する者もいる。


予知夢が的中するのは当然。それを見もしない巫女など、贅をむさぼる怠惰な存在。


星導宮で過ごす時間が長ければ、そういった声が大きくなる。時間が経ち新しい女官が来ても、古株から悪意を吹き込まれ、ろくに接してもいないエトワールを嫌悪した。


言い訳など許してもらえるはずもなく、重圧と悪意はエトワールの華奢な身体にのしかかる。息をするのも苦痛だ。


星詠みの巫女に必要な条件は、清らかな処女(おとめ)である一点以外は誰にも分からない、というけれど、この過酷な状況に耐えれる精神状態も含まれているのではないかとエトワールは冷笑する。いっそ()れてしまえば楽なのに、ただただ毎日つらいだけ。自害を考えた巫女もいたろうに。それとも、皆もっとうまいことやっていたのだろうか。


誰の目も声も届かない寝台に転がりながら、エトワールは目を閉じる。気にしないようにと自身に言い聞かせても、もしかして予知夢を見れるかも、と矛盾をおぼえつつ眠ることに努めた身体は、すでに睡眠に飽いている。


けれど。


目を閉じれば浮かぶのは、金髪の鎧騎士の姿だ。エトワールを白い闇の牢獄から解放してくれる、物語の王子さま。彼のことを考える時だけ、痛みで凍りついた胸がほんのりと温かくなる。


「はやく」とエトワールは熱っぽくつぶやいた。


はやく、はやく会いに来て。


エトワールは目を開けると、ちいさく自嘲した。見た目はいいけれど、ほんとうはとんでもなく嫌な男かもしれない。でも焦がれてしかたがない。


会った事も無い彼に、エトワールは恋をしていた。







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