やれやれ系主人公の自分語り〜ヒロイン登場
プロットはない。
大きな力を持っていたとしても、大きな責任は負いたくないものだ。好きに生きるのにも気力を使うし、いざそう出来るだけの力を手に入れてみると、自分が実は大した欲望を持っていないことに気付くのだった。
「ありがとよ、エイト。これが駄賃だよ」
重く硬い手からお金を受け取る。鍛冶屋の女房のサンテさんは旦那の仕事を手伝うことも多いらしく、大変がっしりした体格をしていた。
「これ、3枚多いよ?」
「随分と綺麗にしてくれたね。手ぇ抜くことなく最後までやって貰えたからその分さ」
大きな口で、ニッ、と笑う。俺はこの人のこういうところが気に入っていた。
「ありがとう。次もまた煙突掃除の仕事があったらお願いします」
お礼を言って鍛冶屋を出る。煙突掃除の煤まみれの俺を見た通行人は皆、迷惑そうに一瞥すると避けて通っていく。しかし気にならない。その気になれば消し炭に出来るからだろう。かつての自分から考えるとあり得ないほど心に余裕があった。
よくある異世界転移ものってやつだ。
トラックに轢かれこそしなかったが、ブラックな仕事を終えて朝方安アパートへと帰る途中、気付いたらこの炭鉱町に突っ立っていた。3年前の話だ。
女神には会っていない。奴隷制は敷かれてないようだ。魔法はあるようだけど、自分以外に使える奴に会ったことはない。
町は街と言っても良いほどに栄えていて、人口も多い。希少な魔晶石という鉱石が採れるらしく、炭鉱夫とそいつらの散財目当てで集まった商人たちで街はいつでも活気に溢れている。文盲の異邦人であっても働き口には困らない。誠実な仕事には正当な評価が下され、2年目にはささやかな信用を得て狭いながらも自分の部屋を借りることができた。
街中の〈蜂の巣〉と揶揄される石造りの集合住宅の一角の小部屋だ。テレビもラジオも何もないけど、窓からは街を一望することができる。朝の日が昇るときなんか絶景で、お陰で寝起きが良くなった。
「ーーとは言っても、毎回階段を登るのはーー辛い」
こっちの世界にコンビニはないので仕事帰りにパンやバターを買い込んで部屋に戻ることが多い。毛布ぐらいしかない部屋だけれど、異世界の喧騒を窓から眺めているだけで結構暇は潰せる。
夕日に照らされ街が赤く染まっている。何を動力にしているのか街灯があるので夜になってもそう真っ暗にはならない。通りを行き交う乗り物は馬車くらいなので、文明レベル的にいうと19世紀くらいなんだろうか。
飛行船もドラゴンも見たことはない。もっと都会の方では鉄道があると聞いたことはある。一度行ってみたいが、今のところ行く予定はない。ボーッと景色を眺めているといつのまにか日が暮れていた。明日は特に仕事の予定はない。何をしようか。なんか突然美少女が窓から飛び込んできてクエストが開始されないもんだろうか。そんなことを考えているうちに眠ってしまった。
◇◇◇
ーーエルフだ。
「ーーエルフだ」
「だ、だったらなんだってのよ」
朝起きたらちょうど窓からエルフが侵入って来てた。
話してみると追われているらしい。この8階の窓から入ってこれたのは、上から落ちてきたからだそうだ。確かに窓の外には結構な数の飛行船(スチームパンク!!)が浮かんでいた。
「何よ。変なことしようとしたら斬るわよ」
部屋の隅っこで腰に差した剣を片手に威嚇してくるエルフの少女の名前はエリン。カイル帝国から逃げ出してきた亡国の姫君だそうだ。飛行船から飛び降りたときの衝撃は胸に下げたペンダントの魔力で相殺したんだと。まるでラピュタだね。
「クエスト開始かな? いいよ、匿ってあげるよ」
気分はパズーだ。せっかく異世界に来たんだからこんなイベント起こってくんないかと思ってたんだ。
俺はワクワクしながらそう言った。
正直、世界を舐めていた。