第七話「天靖の実力の一端:前編」
どうも!菜々瀬蒼羽です!
日中にできたら大体この時間に予約投稿していこうと思います。
では、どうぞ!
書庫と呼ばれるものだから、巨大な図書館のようなものを想像していた綴だが、その小ささに逆に驚いた。
天井までの高さは約3メートル。広さは八畳ほど。全ての壁には本棚が埋め込まれているが、そこに納められた本は少なく、寂しさを助長させる。
これは仕方がないとしか言えない。本を量産する術が見つかっていないこの世界では、ここにある数百冊を集めるだけでも莫大な金銭が必要なのだ。
「ジーニャ、ウォルタ、私達は忙しいから彼女たちを連れて出て行ってはもらえませんか?」
綴が若干ずれたことを考えていると、書庫の真ん中でうつ伏せになる天靖をまたいで立っているナディアが声を上げる。
彼女の右手には筆が、左手には羊皮紙が握られていた。天靖の背中には刺青のようなものが隅々に描かれている。先ほどの叫び声が上がるまで彼女が描いていたのだろう。
ジーニャとウォルタは彼女の言葉に従い、2人を連れ出そうとする。しかし、先ほどの悲鳴を聞いてしまったこころは彼女の要望に応えることはしなかった。連れ出そうと肩を掴んだウォルタの手から抜け、ナディアに詰め寄る。
「ま、待って! 天靖の担当をしているナディアさんですよね、さっきの悲鳴は何だったんですか?」
「ココロ様!? 行きますよ、ここにいてはナディア様の邪魔に――」
「天靖に何をしたの!?」
ウォルタが止めようとするも、こころは止まらない。そんな様子に辟易としたのかナディアは礼儀正しそうな表情を崩し盛大なため息をついた。
普段は見られない彼女の行動に、ジーニャとウォルタはびくりと体を固める。怒りを買ったと思ったのだろう。2人とも涙目で、自分の過去を走馬灯のように思い起こしているに違いない。
しかし、次にナディアの口から出たのは、2人が想像していたモノより心優しいものだった。
「休息の時間も欲しいでしょうから少しだけ話していかれますか。ここで騒がれても迷惑ですので。テンセイ様、起きてください」
「終わったのか?」
「いえ、まだ両手足と正面が残っております。ですがお客様がいらっしゃいましたので」
「あぁ、だからか。客というのは、弓矢とこころ?」
ナディアの敬語に違和感があった天靖だが、お客様という言葉を聞いて納得する。彼が視線をずらすとそこにいたのは綴とこころ。現在は別行動をして、この世界のことを学んでいるか、職業に慣れるために訓練しているはずの二人の登場に天靖の頭は疑問で満ちた。
彼が彼女たちの名を呼ぶと、背中で指を鳴らす音が聞こえ、彼を拘束していた機材が消える。
「きゃああぁぁぁあ!」
「ちょっ、あなた!?」
「な!?」
「ま、前を隠すっすよ!」
「ん?」
「テンセイ様、これを羽織ってください」
先ほどまでは気付かなかったようだが、現在の天靖は全裸だった。彼が立ち上がった瞬間、その事実に気付いたナディア以外の初心な女性陣は悲鳴を上げる。
意識がはっきりとしていないせいか、自分の現状に気付いていない天靖はナディアに促されるままバスローブに似たそれを羽織る。すると、便利な幻惑魔法によって村人の衣服に身を包んだ天靖が現れた。
このハプニングでこころが冷静に戻ったと思えば儲けものなのだろうか?
悲鳴を上げた割にはピンピンとしている天靖は、自分たち以外の人間がここにいることに疑問を持つ。
「で、ここには誰も来ないはずじゃなかったのか?」
「そのはずですが。ジーニャ、ウォルタ、どちらか説明を」
天靖の問いは彼女の疑問でもあるようだ。ナディアが問いかけるといち早くジーニャが応えた。
「は、はいっす! ツヅリ様が言語の暗記を想定より早く終えたんす。それで、ツヅリ様の職業で役に立ちそうなものを探しに来たんす!」
「ツヅリ様、職業をお伺いしても?」
「え、あ、はい。『魔術の勇者』です」
「魔術、そう」
ナディアは綴の職業を聞き、顎に手を当てる。
ウォルタが初日に言った、中級魔術を開発した者というのはやはり彼女であった。当初は自らの後悔を胸に秘め、開発を行っていたわけだが、現在は立派な研究者の一人。
異世界から来た魔術を極める可能性を秘めた人間の登場に、その瞳はギラギラと輝いていた。ナディアは本棚から数冊本を取り出すと綴の前に差し出す。
「この2つの魔法陣の違いは分かりますか?」
「ええと、使われている文字が違いますね。同じ構造なのに文字が違うだけで左はなんだかスッキリしている気がします」
「これとこれはいかがでしょうか?」
「複雑な形ですね。でも、これはここで切れている気が、こちらは文字が一つ欠けているような気がします。それに余分なものが多い気も。あれ、なんで私分かるんだろう」
後ろでやり取りを見ていたジーニャが「おぉ」と感嘆の声を上げた。綴の挙げたことがすべてではなかったが、差し出された魔法陣の違いや欠点を的確に当てていたのだ。
綴も自分がこんなにするすると言葉が出てくることは思っていなかったのか、自分でも不思議そうにしている。彼女が行っている訓練は魔法陣の起動のみ。構築方法は訓練内容には入っていなかったのだ。
彼女の言葉に満足したのか、ナディアは持っていた羊皮紙を広げ、見せる。そこには天靖の背中に描かれていた模様の下書きがあった。
「え? これって」
「もしかして、これも魔法陣なんですか?」
「はい、そうでございます」
忘れ去られていたこころが綴の後ろからそれを覗いて尋ねるも、ナディアはあっさりと返し、綴の反応を待つ。
綴は隅から隅まで目を通し、そしてただ一言すごいとだけ言葉を漏らした。
「なんか、複雑で訳分かんない」
「ちっちっち~、ココロ様にはまだ早かったすかね。これは一つの芸術作品に近いんすよ。いやー、これをお目にかかれるとは、今日は運が良かったっす」
モザイク画というものがある。
写真を大量に用意し、並べ、そこにある色を利用して一つの絵を作り出すものだ。綴が見た魔法陣にはその技術が使われており、微小な魔法陣を大量に描くことで巨大な一つの魔法陣を描いていたのだ。
世界中の研究者でも五指に入る者しか使うことのできない技術。
それを見てこころのように複雑と呟くのではなく、すごいと言えたのは綴の職業が関係しているのだろう。
「あら、なんならこれから先暇さえあれば私のところに来てもいいですよ。ツヅリ様と会わせてくれたお礼です」
「ま、マジっすか!? やったー!!」
「ツヅリ様も良ければこれをお使いください。それを起動させればここで声を出しても魔法陣が誤作動しなくて済みますので」
「ありがとうございます」
自分が見せたものが認められたことに気分がいいのか、普段は自分を表に出せる時間が少なくなるために、言わないようなことを言い始める。
そんな彼女の言葉にジーニャは喜びに満ち溢れ、ピョンピョンと飛び跳ねていた。これによって、彼女がナディアの部屋に入り浸ることになるのは別の話だ。
「なんかおいてかれてる」
「で、こころはなんでここに来たんだ?」
盛り上がっている3人を見てこころは寂しそうにつぶやく。それを見た天靖は彼女がここにきた目的を聞くことにした。
「え? 私は綴に連れてこられただけで。あ、悲鳴上げてたけど大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ」
「本当?」
「あぁ」
「……そっか」
その問いもこころによって逸らされ、2人は無言になる。
こころは天靖の言った大丈夫という言葉を信じたわけではない。ただ、それ以外の答えを言わない雰囲気を感じ取り、退いたのだ。
聞きたいことは他にもたくさんこころの中にはあった。この世界を知っているのか、だとか、ナディアのことが好きなのか、だとか、レイとは誰なのか、だとか。
しかし、それと同時に、それを聞いてしまえばもっと遠くに天靖が行ってしまいそうな、そんな気がしていた。ふと、そんな無言の空間に割って入る声が一つ。
「あなたはいつになったら私たちの訓練に参加するのかしら?」
天靖が来ないことで日に日に元気をなくすこころを心配した綴であった。
「あの、ナディア様。失礼ながら私のほうからも。ココロ様は訓練や勉学を頑張っておいでですが、身に入らないようで。一度テンセイ様を混ぜて訓練だけでも行うことは出来ないでしょうか?」
綴の言葉にウォルタも加勢し、どうにかして天靖を訓練に出せないものかと相談する。ナディアの内心は、それは甘えだろ、と言いたい気持ちで一杯であったが飲み込んだ。
これは天靖が予想していたことで、その時はうまく対処してくれとお願いされていたのだ。そして、出来るだけ多くの勇者に助けてもらいたい王国側としても勇者が一人欠けるような事態は避けなければいけない。
天靖の現状と、今の自分の技術。それを加味してナディアは、明日にはと口に出した。
「耐えられますか? テンセイ様」
「あぁ、問題ない」
「では、ココロ様、明日の昼までお待ちください。その時までには訓練に参加できるようにしますので」
「天靖は本当に大丈夫なんだよね」
「ああ、これは俺が願い出たことだ。問題ない」
数秒見つめ合うと満足したのか、こころは「天靖をお願いします」とだけ言って、ウォルタに先導をお願いして出ていく。
綴とジーニャはまだここに居たそうにしていたが、ナディアがまた天靖の裸を見たいのかと聞くと足早に出ていったのだった。
◇◆◇
「はぁ、参った、参った。私に危害が加わりそうだったから罪には問われなかったみたいね」
4人が返った後、ナディアは身分証を呼び出し、変わったところがないかを確認し始めた。ナディアの身分証は金色に輝き、隅々に装飾が施されている。この世界で最上位に位置する身分証のランクだった。
身分証のランクは善行の量によって変わり、人に対して罪を犯すとそのランクは最下層まで落ちるか、最悪の場合、奴隷まで落ちる。采配はこの世界の管理者、つまり神が握っており、その判定の基準は曖昧。
そのため、落ちたものは神に嫌われた者と蔑まされる。
「あまり冷や冷やさせるな」
「だったら、声ぐらい耐えなさいよ」
ナディアの魔法は犯罪すれすれのモノ。洗脳のようなことをすれば、それこそ勇者たちがこの世界に来た時にしたように、強引に王の声に賛同させるようなことをすれば、犯罪者となり下がることだろう。
あの時は勇者たちが身分証を持っていなかったために犯罪には問われなかったが、今回のこころの誘導はどうなるか分からず、天靖は冷や汗をかきながら見送っていた。
身分証を持たないモノは人ではない。それはこの世界の恐ろしさの一つでもある。
「じゃあ、加速させていくわよ。激痛が走るだろうけど我慢しなさい」
「痛みを幻惑魔法で消すことはできないのか?」
「あ、その手があったわね」
「おい」
「てへ?」
手を打つと、彼女はおどけたように作業を再開させた。
いかがでしたか?
今回のサブタイトルの答え合わせは次回かその次に。
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