第六話「綴が幼少の頃の趣味」
どうも!菜々瀬蒼羽です!
最近自分のところはジメジメしてきました。
加えて突然の豪雨。天候も日本らしく風情あるものになってほしいのですが……。
では、第六話どうぞ!
「あ、あれ? いない」
「本当ね」
2日目の朝、こころと綴は専属メイドの2人に連れられ、朝食会場に訪れていた。昨晩の夕食は部屋でのメイドが作った料理であったため、この朝食が初めての王城シェフの料理になる。
初めての高級食となるため、ある程度の期待に胸を膨らませていた二人。しかし、部屋に入ったとたん、目的の人物がいないことを確認すると、こころの期待は萎んでしまった。
やはり食事をするなら好きな人と一緒のほうがいいだろう。まして、見知らぬ世界に来ているのだ。近くにいてもらいたいと思うはず。
「あぁ、テンセイって人っすか? 多分来ないっすよ」
「え?」
「それはどういうこと」
すると、彼女たちの呟きを自慢の耳で捉えたのか、案内で先頭に立っていたジーニャが振り返ってくる。もう一人、先頭を歩いていたウォルタもつられる形で振り返り、言葉の足りなかった彼女の発現に付け加えるように口を開いた。
「ナディア様はお食事を国王様ととられるんです。あのお方が担当するとなれば、テンセイ様も国王様とお食事をとられているかと」
「会えるとすれば、訓練のときっすかね~。それか、この後の勉強の時間か。それすらもナディア様が担当しそうっすけど」
ジーニャの予想は正しい。
まずこの後の勉強の時間は、この世界の言語や注意事項についての勉強だ。これらの内容は一度この世界を体験している天靖には不要だった。
そして、訓練は勇者として呼ばれたのだから、戦闘の訓練である。これは共に行ってもよさそうなのだが、彼の知識を活かす戦闘を行うために前準備と慣れが必要だった。そのためまだ数日は一緒に行動することが出来ない予定なのである。
「そんな」
もちろん、そんなことを知らないこころは肩を落とし、萎んでいた心の空気をさらにひねり出してしまう。
悲嘆に染まるこころの舌には、最高峰の味を味わう余裕は無かった。
◇◆◇
そんなやり取りから2日後。つまり召喚から4日後のことである。
「こころ、私、今日から午前中はみんなと別行動するわ」
「え!? ど、どうして!?」
「ジーニャに聞いたら王城に書庫があるらしくてね。私の職業上、そこにある魔法陣と詠唱の書物を見たいのよ」
未だ天靖と会うことが出来ず、寂しさを隠し切れない朝食の時間帯。そんなとき、綴が思い出したかのようにそう言ってきた。それを聞いたこころは体を乗り出すように綴に詰め寄る。テーブルをはさんだ向こう側であるため、限度はあるがそれでも近づけるだけその顔を綴に寄せた。
午前中は勉強の時間。この世界での注意事項は1日目で終わり、今は言語学習を中心に行われている。初めて触れた言語をここまで早く習得するのは、普通は無理だ。それは綴も適応され、英語で今から生活しろと言われても、片言で話すのが精いっぱい。
だからこそ、その勉強の時間から抜けるという彼女の言葉にこころは瞠目した。
では、彼女がどうしてこんなにも早く言語学習から抜けることになったのだろうか。
「ここの言葉は? もう大丈夫なの?」
「えぇ、慣れてたから」
「いやぁ、すごかったすね。目を疑ったっす。一覧表作ってって言われて作ったら一夜で暗記するんすもん」
「あら、それでジーニャったら、あんなに頑張っていたのね」
綴の隣に座るジーニャは、自分が仕える者の優秀さにうんうんと頷き感心する。
それを聞くやこころはさらに身を乗り出した。彼女は一夜で暗記する方法に関心があるよう。もしかしたら午前中に暇ができれば、天靖に会う時間が取れるかもしれない、と考えているのかもしれない。
「ど、どうやってやったの!?」
「今私達とジーニャ、ウォルタが話せているでしょう?だからこの世界の言葉は日本に近いのよ。それで簡単な絵本も借りてみたのだけれど、言語体系は昔の日本と似ていたわ。漢字に当たるところをカタカナで書いていた時代ね。ここの文字は全部音でできているみたい。だから大抵の書物を読むためには2種類の文字を学習すればいいわ。私がこれから読むような論文に当たるものはローマ字みたいな文字が必要みたいだけど。あ……」
「ほえ~」
どうやらこころには、難しすぎたようだ。ポカンと口を開けたまま綴を見つめる。その顔は恋している女子がしてもいいような顔ではなかった。
「どうしてそんなに詳しいの?」
「うぐ」
はたと気付いたこころがそんな言葉をかけると、綴はピクリと顔を揺らし、頬をかき始める。普段はみられない彼女のそんな姿に周りの男子問わずクラスメイトたちは興味津々だ。
集団での食事でこう、べらべらとしゃべったことに気付いてしまったのだろう。彼女はうつむきがちに手招きをする。どうやらあまり周りに聞かれていい話ではなかったらしい。
こころは耳を近づけると、細々と語る彼女の言葉を聞きのがすまいと神経を集中させた。
「昔、岳が暗号作りにはまっていたの。小学生ぐらいのときかしら。その解読をしていたら私もはまって、だからこういうのは得意なの。他の人には話さないでね」
「うん、わかった。でもすごいなぁ。ね、ね、私に教えてくれない?」
「夜の寝る前ならいいわよ。他の時間は魔術関係の本を読みたいから無理だけど」
返答の言葉は大きめにいう。そうすると私も教えてもらおうかな、と話しかけようとしていた周りの少女たちは身を退いた。言語は覚えたものの、やはり彼女は彼女で精一杯なのだ。皆の勉強を見られるほどこの世界に慣れているわけではない。
まぁ、それでも空気を読まない人間は存在するわけで、2人のもとに久々に近付く人間がいた。
「なぁ、弓矢、俺にも教えてくれよ。そっちの部屋に行くからさ」
拗らせればなんとやら。
クラスのリーダー的存在の剣治は笑顔で綴に頼み込む。女子の部屋、それも夜に行くなんて神経がどうにかしている。いや、これが男女の友達の関係が成り立っているのであれば、それも許されたか。
しかし、しかしである。綴が名前呼びを許していないことから察してほしい。
周りはグループ内だから許されるのかな、と一度見ては意識を逸らしているが、目の前で見ているこころは気が気でなかった。天靖のせいでたまにイラつきを見せるだけで、普段は心優しい綴が明らかに、他の人間にイラついているのだ。
それも静かに。
「ごめんなさい。こころに教えるので手いっぱいだから」
「そんなこというなよ。一人も二人も変わらないだろ」
「教えたらすぐに寝るつもりだから、ごめんなさい」
「いや、俺たちの仲だろ?」
彼はただこころと一緒にいたいだけなのだろう。その心意気や良し、と言いたいところだが今回はタイミングが悪い。それと、彼はこの世界に来てから自分の力に心酔するばかりで、傷心中のこころに今まで気遣うことをしてこなかった。
さらに付け加えて、彼がどういった人間であるかは綴に筒抜け。きっかけの作り以前からして問題ばかりである。
「ごめんなさい。はっきり言ったほうがいいわね。無理、そして私たちの部屋には絶対来ないで」
「な!?」
「私は教師じゃないし、教えるのは苦手なの。それに教えてもらうんだったら、付き人も騎士団の方もいるでしょう。こころ、部屋に行きましょう」
「う、うん」
「お、おい。待て、よ」
肩に手をかけようとしてきた剣治の手を振り払い、睨みつけることもせずに綴はずかずかと朝食会場を出ていった。それを追いかけるようにこころとジーニャ、ウォルタもそこを後にする。
後に残ったのは虚空に手を伸ばす剣治。
初めてさらし者にされた彼はその手を下ろし、硬く手を握り締めるのだった。
◇◆◇
「ちょ、ちょっと、綴! どこにいくの!?」
部屋に戻った後、何枚かの羊皮紙を手に、綴とこころは再び部屋を出た。しかし、行先はいつもの教室ではなく、それとは反対側に向かっている。
先頭を行くのはジーニャ。彼女はいつもの人懐っこそうな笑みを固め、綴たちを目的の場所へと連れて行く。獣の本能的なもので察しているらしい。本能を呼び起こす綴の苛立ちは何者なのだろうか。
こころは綴に手をひかれるまま、見知らぬ廊下を歩いていく。見知らぬ場所を歩くことに、ワタワタとしていると部屋の前でもないのにジーニャが止まった。
「どうしたの?」
「あぁ~、こっから先は静かにしてほしいっす。今から行く書庫は未完成な魔法陣もあれば完成された魔法陣もあるっす。たまに古い本の魔法陣がちょっとした言葉で起動することがあるっすから、こっから先の廊下は私語厳禁なんす」
「え? 大丈夫なの? 行って!?」
「ココロ様、お静かに、ですよ」
「ちょっ!? まっ!? んむ!?」
後ろで待機していたウォルタに口元をふさがれ、こころは魔法陣と詠唱術の書が眠る書庫へと連れ去らわれた。
書庫が近付くにつれ、空気に漂う厳格さが増し、誰もが無言で静かに廊下を歩く。こころももう戻る気はないのか、綴に手をひかれるまま書庫へと歩を進めていた。
そして注意を受けてから10分程歩いた頃だろうか。重厚な、装飾の全くない扉が現れた。その周囲には結界のようなものが張られている。ここが目的の場所なのだろう。奥に続く廊下は無く、行き止まりとなっていた。
結界の中に入ると、ジーニャは、声を出してはいけないと自分で言ったのにもかかわらず、口を開いた。
「今日は帰った方がよさそうっすね」
「それはどうして? というか、声を出しても大丈夫なの?」
「はいっす。ここに張られている結界はナディア様製なんす。この中ではナディア様以外魔法陣使ったり、詠唱したりすることができないんすよ。理由はナディア様の邪魔はできないから、っすかね?」
「えぇ? それって最強じゃない? 魔王もそれで一発なんじゃ」
「それは違います。ここでの力が制限されるだけで、外から放たれた魔法、魔術を消すことはできませんから」
ジーニャとウォルタはそういうが、少しだけ違った。これがナディアによるものというのは合っている。違うのは原理だけ。
魔法陣を使うためには魔力が必要だ。また、詠唱によって魔術を起動させるためには言葉が必須だ。この世界には詠唱短縮の技術があっても、詠唱破棄の技術は無い。破棄してしまえば、それは魔法というものに位置づけられる。
前も言ったように、ナディアの魔法は幻惑魔法。それによって結界に入った人間に勘違いを引き起こさせているのだ。今の場合、外から見ると彼女たちは口パクで会話をしているように見える。声を出したと錯覚させ、そしてその声を聞き取ったと錯覚させているのだ。
よって、幻惑魔法に耐性がある者なら、ここでの魔法、魔術の行使は可能である。
「もしかして、中級魔術を開発した気難しい人って、ナディアっていう人のことなの?」
「しー! しー!」
「ウォルタそんなこと言ったんすか? やばいっすよ~」
「だ、大丈夫。まだ、扉1枚挟んである。大丈夫、きっと大丈夫よ」
どうやらナディアはウォルタの口調が若干変わってしまうほどには怖い人物であるらしい。先代国王の妻なのだから当然と言えば当然なのだろうが。
「があぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
皆が諦めて帰ろうとした頃。
部屋の中から聞き慣れた声で、それでいて聞き慣れない叫び声が聞こえてきた。獣のような叫び声に一同が驚く中、先に動いたのはこころだった。
「天靖!?」
手をかけ、その重い扉を開ける。そこにいたのは手枷、足枷、首枷によって床に縛り付けられた天靖と、彼を見下ろす銀髪のメイドだった。
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