第五話「謁見の間にて」
一日ぶりです。菜々瀬蒼羽です。
突然ですがお菓子作りは計算とよく言いますよね。
本当だろうかと思い、先日かぼちゃプリンを目分量で作ってみたのですが、見事ぼそぼそ触感になりました。
お菓子作りも小説作りも計画的に行おうと改めて思いました。
では、第五話どうぞ。
段落の調整を忘れていたので調整を行いました(6/30)
王謁見の間。
ここには国王に始まり、国の重鎮、騎士団長と近衛騎士、41人のメイド、そして勇者召喚に応じてこの世界ファグナにやってきた41人の地球人がいた。現在は聖書の読み上げが終わり、国王の話が始まり10分ばかり経った後である。
もともとこの世界のこういった風潮になれていた天靖は真面目そうに王の話を聞く。しかし、長々と続く儀式にどうやら他の勇者たちは飽きを隠せないようで、ちらほらと欠伸をかみ殺している仕草が見受けられた。
「あいつ、ほんと話が長いんだから。さっさと終わらせて地下迷宮体験ぐらいさせればいいのに」
「おいおい、来たばかりの人間に迷宮探査はきついだろ」
「それもそうね。それに初めのうちはここじゃ無理か。面倒だけど遠征が確実ね」
真面目そうに聞いていたのは表面上だけであったらしい。ナディアの幻惑魔法により二人の会話は周りには聞こえないし、動いても誰かに当たらない限りは姿勢正しく立っているように見えていた。
2人の会話の中に出てきた地下迷宮とは、兵が訓練するために使っている王城の地下に広がる迷宮のことだ。そこでは魔物が階層ごとに強さを分けられ、出現する。
迷宮の深さは30階層程であり、魔物のランクはS、A、B、C、D、E、FがあるうちのB、C、Dランク。兵が実力を鍛えるのには向いていても、初心者が初めての探査をするには向いていなかった。
「それでは勇者諸君。健闘を祈っておる。何か困ったことがあれば隣のメイドに申し出よ。戦闘には赴かないが、日常の世話やこの世界についての教育を命じてある」
30分に及んだ王の話は終わり、重苦しく詰まっていた空気が皆の口から這い出た。中にはメイドが付いたことに歓喜を浮かべるものがいるが、王の言葉に厭らしい意味は、これっぽっちも含まれていないのは当然のことである。
「ではこれより勇者殿達をこれから先、宿泊する寮へと案内する。ついて参れ」
騎士団長からの呼び出しがかかり、列を崩して皆が移動を始めた。その動作に若干重鎮が嫌な顔をしていたが、仕方ないことだと処理してもらいたいものだ。なんせ彼らは一般人。こういった場所での礼儀作法なんて微塵も知らないのだから。
天靖もそれに倣い、行動を始めようとする。すると、右腕を掴まれ、左肩に手を置かれた。声を先にあげたのは左肩に手を置いた者だった。
「よかった。天靖ちゃんといた。急にいなくなっちゃうんだもん。心配したよ。なんか国王様の専属メイド? が担当することになったって聞いたけどその人?」
彼を止めたのはこころであった。どうやら身分証発行でそこにいなかった天靖を心配してのことだったよう。こころは発行を担当していたメイドの言葉を思い出しながら隣のメイドを見る。
そこで、こころは気付いた。
「ねぇ、なんで、手、握ってるの? かな?」
片言で一音一音を確かめるように発するこころ。手のほうに向いた視線を天靖に向けるときにはその瞳には光というものが消えていた。彼女の専属メイドで、横についてきた女性はこころのその行動にビクリと体を固める。
本来なら彼女のその視線にメイドのように怯えるものであるが、そこは年の功。至って平然な態度で天靖は、掴まれた右腕をこころに見せるように挙げた。
「握っているんじゃなくて、掴まれているだけだろ。ナディア、これはどういうことだ?」
「ついていこうとしたのを止めたまでです。テンセイ様にはまだ装備品の配給が終わっていないので」
天靖の服装は変わらず制服。しかし、装備品の配給が終わったクラスメイト達は皆貴族風の装備に身を包んで参列していた。煌びやかな中に、黒い服装。メイドの服の色に紛れていたとはいえ、勇者としては浮いていた。少なからずの救いとしては、服や体に付着していた血が洗浄魔術で落ちていたことだろう。
ナディアはいつもの口調を封じたまま言葉を続ける。
「ココロ様でよろしかったですか? ご安心ください。私には心に決めた方がおります。ですので、そういったことは起こりませんよ。他にないようでしたら、ウォルタお連れして」
「は、はい! ささ、ココロ様」
「あ、ちょっと」
ウォルタと呼ばれたメイドは、こころの背中を押して足早に団長の後を追っていく。もしかしたら、彼女の場合こころの纏う空気のせいではなく、ただここが居辛くて体を硬直させたのかもしれない。
「大丈夫、あなたのもとにレイが先に行くなんてありえないから」
「え?」
「と、止まってはいけません。急ぎますよ! さぁ、着いていきましょう!」
「ま、待って、もう少しだけ」
出ていく瞬間、ナディアの言葉が幻惑魔法によってこころに届いた。
その言葉の詳細を求めたいこころだったが、ウォルタによって扉の外に押し込まれる。それを見計らったように、扉はゆっくりと閉じられた。
天靖と話したいこともろくに話せず、最後に見たのは無表情なナディアの顔だった。
◇◆◇
「あぁ、かったり~」
その言葉を出したのはどの口か、なんて聞くのは野暮であろう。今の今までかったるいことをしていたのは、国王その人である。
「かったるいならもう少し簡潔に話しなさいよ。欠伸が出るところだったじゃない」
「だったら母上、大臣をどうにかしてくれ。あいつ本を一冊書く勢いで口上を考えてくるんだぞ」
現国王ハリミアルフ・ギル・ラ・サリスティア。彼が母上と呼んだのはナディアだった。彼はナディアとカディリスの子にあたる。賓客の前でこんな醜態をさらしてもいいのかと疑問だが、そこはリベルティのもとパーティーメンバーである天靖だからこそ。
ぐったりと王座に寄りかかるその姿は誰にでも見せていいものではない。彼の言葉に出た大臣が見れば卒倒ものである。
「ナディアの血をよく受け継いでいるな」
「それはどういう意味? もう一回ぶっ飛ばしてあげましょうか、レイ」
「身分証を俺が持っている限り無理だな」
「ちっ、能力で犯罪者になったら何度だってぶっ飛ばしてあげるわ」
王の前でこうやって軽口を叩き合う彼らも彼らだ。勇者たちが出て行ったあとで、人払いをしたが、本当に良かったのだろうかと疑問に思う。
「それで、あなたは義兄上で間違いないのだな」
「あぁ、そんなに疑わしいのであればお前のおむつをやめた時期を言い当ててやろうか」
「やめてくれ」
「お前は母親を困らせるのが得意な子供と聞いている」
「ねぇ~、なんでかしら」
「本当にやめてください。お願いします」
従者と一般人が見下ろし、王が土下座する構図。なんとあべこべなことか。
本来であれば王のことを天靖は知らない。彼は先代魔王討伐後、3年ほど経った後に生まれた命で、それは天靖が死んだ後にナディアがその腹に宿したことを意味する。
先見師の職業を持ったカディリスがいない限りその事実は知る由もなかった。ハリミアルフは余計なことを教えた父親を思い、恨みのこもった視線を天へと送る。
何故か彼が得た幻聴はカディリスの笑い声だった。
「それで、ここに留められた理由は?」
「あ、ハルに伝えたことなんも言わないんだ」
「なんだ、言って欲しかったのか? 俺はお前たちの子だったら伝えてもいいと思っていたから責めるようなことはしない」
「そっか、ありがとう。ここに留めた理由だっけ? さっき言った通りよ、装備品の譲渡。ハル、持ってきて」
ナディアに指図され、ブツブツと文句を垂れながらもハリミアルフは奥へと下がっていった。戻ってきた彼が手にしていたのは小さなお盆。その上には金色の腕輪に加え、黒色の板に金で文字付けされた身分証に似たものが2枚載っていた。
腕輪には身分証収納に使った空間魔術に似た魔法陣が施され、陣が描かれていないところは宝石や繊細な装飾で彩られていた。天靖はハリミアルフが近付いてくるのを待ちきれないのか、自分の足を動かし、それを取りに行く。
「それがないと始まらないし、あの子たちの願いもかなえられないでしょ」
「なんで、これが」
「奇跡か。それとも必然か。義兄上も知っている通り、この世界では神から受けし寵愛も、罪も、形となって残り続ける。だから墓を建てるときは身分証が遺骨とともに納められるし、行方不明者を捜索するときは身分証を探す。どうやらこの理はこれでも同じのようだ」
「レイの死んだ場所からは、体はもちろん装備品も見つからなかった。でもレイと彼女たちの繋がりであるそれだけは見つかった。ま、今は奇跡ってことにしておきましょう。その方がロマンチックだから」
盆の上から優しく、人肌を撫でるかのように腕輪とカードに手を触れる。
すると、腕輪と身分証が収納されている天靖の左手が共鳴を始めた。やがて、共鳴が終わると、一瞬にして腕輪とカードが手元から消え、腕輪だけが右腕に装備された形で戻ってくる。
腕輪はぴったりとくっついており、動かそうとするが、取り外すこともできなければ、移動させることも、回転させることもできない。天靖は体の一部になったのだと実感する。
「あなた弱くなったと思ったら、今度は涙もろくなった?」
「今は涙もろいぐらいが丁度いい」
「それもそうね」
天靖は微笑むナディアにあやされながら、帰郷の実感とともに感涙にふけるのだった。
◇◆◇
「ねぇ、天靖やっぱりここに来てから変だよ」
「まぁ、そうね。私にもわかるぐらいには」
ここは王城敷地内に建てられた、勇者とその世話係を担当するメイドのための寮。その一角の綴とこころの部屋だ。ここには彼女たちの他にも2人、身辺の世話をすることになったメイドがいた。
「そのテンセイって人は誰なんすか?」
「私は一度拝見しましたが、どのようなご関係で?」
綴のお傍仕えはジーニャ。彼女の職業である『魔術の勇者』に合うように博識かつ情報通な彼女が充てられた。頭には犬のような耳と臀部にはふさふさとした尻尾が生えている。所謂獣人種というやつだ。犬をモデルとしているのか顔は人懐っこそうで、八重歯が特徴的であった。
こころのお傍仕えはウォルタで、身分証発行の手続きを行っていた女性だ。どちらかというと雰囲気は綴に似ていて、落ち着いている。彼女がこころに仕えることになった理由は、言うまでもなく彼女の職業だ。
2人は隣の部屋から連れてこられた理由も分からず、まずは話に参加することにした。
「天靖という人はこころの好きな人なんです」
「おぉ! あ、あたしには敬語不要でお願いするっす。むずがゆくて仕方ないんで」
「私も敬語は不要でいいですよ。それにしても、ふふふ」
「そう、だったらこれからは敬語抜きで話すわ」
「ちょ、ちょっと綴!? なに話しちゃってるの!?」
「王様専属のメイドが担当することになったんでしょう。だったらそっち方面で協力する人が必要じゃない」
「ぐぅ」
やはり、女性ということもあってか色恋沙汰の会話には敏感なようだ。しかし、協力という単語を聞いた途端に二人はそろって渋い顔をした。
「それは難しいかと」
「それはどうして?」
「専属メイドのナディア様にはあまり会えないんすよ。だから協力を申し出るのは難しいっすね。会えない理由は、今言っていいことか分からないんで言えないっす」
国王専属メイド。彼女が王の実の母とは綴とこころも思うまい。同じメイドとして扱うようにと言い渡されていても、機嫌を損ねればどうなるかジーニャとウォルタには分からず、ナディアはあまり関わりたくない者の一人だった。
その2人の言葉にこころは落ち込むどころか逆にホッとする。ここにも恋愛に奥手な彼女の弱さが表れていた。
「それで、私たちが呼ばれた理由はそれだけですか? ココロ様も何かあるようなご様子でしたが」
「様って、私そんなんじゃないよ」
「性分ですので、こればかりは直りません」
ぺこりと頭を下げたウォルタにこころは苦笑いを浮かべ、ここに呼び出した理由を話し始める。
「あの、レイって人の名前知っている」
「それは女性ですか? 男性ですか?」
「女だったら確かメイドにいるっすよ。まだ見習いなはずなんで宮仕えは先の話っすけど」
「ううん、多分男性のほう」
「なんでその人が気になるの? もしかして乗り換える気になったとか?」
「そ、そんなんじゃないって! ただ」
彼女の頭に残るのは『あなたのもとにレイが先に行くなんてありえないから』という謁見の間を出る際に耳元に聞こえた言葉。レイが誰なのかはこころでも予想がついた。今聞きたいのはレイという人物と彼の腕をとっていた女性の関係。
もし彼女が天靖のことを好きだとするなら、この世界では彼女のほうがお傍仕えということもあり彼と共に過ごす時間が多い。そう考えると気が気でなかった。
「その、ナディアさんっていう人は、レイって人のことが好きなのかなって」
少し恥ずかしがりながらそんな言葉をこころは口に出す。するとメイドの二人はそろって笑った。
「にゃはははは、あの人が他の男好きになるなんてありえないっすよ!?」
「ふふふ、そうですね。あの人は一筋ですから。おっしゃっていたでしょう、『心に決めた方がおります』と」
そんなにおかしいことだろうかと綴とこころは頭を傾げるが、メイドの二人にとってあのナディアが他の男に靡くのはありえないことだったらしい。
そうなると分からないのはレイという人物の素性だ。
男のレイという人物は知らないのか、就寝時刻まで頭をひねっても出てくる気配はなかった。情報通のジーニャは一言、「分かったら教えるっすよ!」とだけ言ってウォルタを連れ、自室へ帰っていった。
「明日も、これからもあるんだし大丈夫よ。最悪、直接聞く手もあるわ」
「うん、そうだね」
「まずは明日のために英気を養いましょう。おやすみなさい、こころ」
「おやすみ、綴」
こうして異世界召喚1日目の夜は過ぎていった。
いかがでしたか?
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