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転生者は召喚される  作者: 菜々瀬蒼羽
第一章:勇者召喚編
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第二話「異世界召喚」

 入った瞬間、(つづり)から視線をぶつけられ、天靖(てんせい)は苦笑いをする。


 一瞬の出来事であり、周囲は気付いていないようだが彼は彼女の言いたいことは何となく察していた。「どの面下げてここに来た」というやつである。


 しかし、小テストとはいえ、テストを受けなければ単位に響くのも事実。それと、あんなことを言われたからという理由でこないのは、それこそ最低な人間であると天靖は感じていた。



「永瀬、すわれー、テスト始めるぞ」

「はい」



 ぽす、とテスト用紙の束が頭に乗せられる。天靖の後ろにはこのクラスの担任兼数学担当の服部(ふくぶ)半蔵(ばんぞう)が立っていた。体重100キロはあるだろうというその巨体の上には禿を隠すために丸刈りした頭が乗っている。


 名字のフクブからとってブーちゃん先生の名で親しまれる彼はこのクラスのマスコットのような存在だ。しかし、どうにもその名が気に入らないのか、半蔵は家に帰っては、やけ食いをしているのだという。


 その甲斐もあって呼ばれ始める当時90キロほどだった体重は晴れて100キロの大台に乗っかった。名前に似合わず彼はその巨体を揺らし、自分をアピールする。



「うーし、昨日言った通り小テストするぞー」



 やはり、テストは嫌なのかクラス中からブーイングがかかる。


 それを軽くいなすと、縦5名、横8名。40人の生徒にテスト用紙が子気味欲配布していった。いつもプリントを触っているおかげもあってか、プリントを波立たせながら配っていく仕草は様になっている。


 全員に配られた後始まったテストは、小テストということもあってか簡単な作りになっている。出てくる問題は、授業で行われた問題の数字をいじったものばかり。


 復習をしてきた者、数学を得意とする者はサラサラとペンを走らせ、神の白い部分を黒く埋めていく。一方、こころを含む数学を苦手とする者たちは問題を解けず四苦八苦していた。


 こころに至っては上唇と鼻でペンを挟み、諦め態勢だ。


 そんな彼女の様子に天靖と綴はそろってため息を吐き出す。すると重なってしまったことに気付いた綴は、斜め後ろでこころを穏やかに見つめる天靖を視界の端に収め、睨んだ。


 それに天靖は気付かず、裏面に問題が載っていないことを確認するとペンを置く。テストが始まって、3分余り。小テストの時間で10分与えられていることから察するに、全部正解であれば驚異的な時間と言えよう。


 彼の場合、答えを考えるのではなく、最早頭の中にあるものを書き写しているのだが。


 それからほどなく時間が経ち、ちらほらとペンを置くものが出てくる。同時に裏面を確認するような音と、笑いをこらえる音が次第に教室の中へ響き始めた。



「こらー、話すのやめろ~」



 見かねた先生が注意するも笑いは止まらず、今度は声を上げるものが増えてくる。



「くは、まじかよこれ」

「うわ、やば」



 そうつぶやいたのは誰だったか。皆見つめる先は用紙の裏。こころや綴もそれを不審に思ったのか、一度確認した裏面を再度確認する。そして、行動を止めた。


 二人とも何もなかったはずの紙に描かれたその模様に驚愕したのだ。


 裏面を見ていないのはもう天靖だけ。回収もされていない、つまりまだテストの時間であるのにゲラゲラと笑い転げる始末。とうとう先生も怒り出すかと思いきや、なぜか彼も用紙の裏面を見つめ驚愕に顔を染めていた。



「センセ、やばいってこれ! ギャハハハハ」

「うわ、これ黒歴史じゃーん!」



 白紙と判断した裏面を見てこの騒ぎよう。


 新手のドッキリか、と訝しむが、彼は引っかかることを覚悟にもう一度紙の裏面を見る。するとなんということか、そこにあるのは白ではなく黒。よくよく見るとそれは所狭しと書かれた、魔法陣だった。


 天靖が最後に見たのがきっかけとなったのだろう。インクで書かれた、円と星が重なり合うことでできた魔法陣が動き始める。それは、さながら時を刻む時計のようで、地球にはない文字の羅列が時刻を示すように円形に配置されていく。


 それを見た後、何を思ったのだろうか。天靖は声を張り上げて叫んだ。



「こころ! 目をつぶれ!」

「え?」

「な!? あなた何を!」



 彼は叫んだあとすぐに立ち上がり、斜め前にいた綴の目を両手でふさぐ。こころのところまで走り寄るには彼女の席は遠すぎた。一瞬惚けるこころであったが、天靖を信じる彼女は言葉に従って目を閉じる。


 一方、綴は彼の奇怪な行動を受け入れることができず、腕の中でもがき、出来上がった隙間から外を覗くことに成功した。


 彼女が見たのは嘲笑の顔を向けるクラスメイトではなく、気持ち悪いほどに歪んだ世界。それを見て平衡感覚を失った彼女は渦の中に飲み込まれていく。


 こうして永瀬天靖は、16歳、そして経験人生1729年において初めての異世界召喚というものを体験した。



 ◇◆◇



 月明かりが差し込む建物の中、そこには薄い膜が張られた人間が41人いた。微動だしないそれらは息をしているのか怪しく、まるで色を塗る前の人形に見える。



「うぁ、はぁ、はぁ」



 そんな中の一つが、蛹から蝶が羽化するかのように体に色をつけながら膜を破った。


 気分でも悪いのだろうか、顔を青白く変色させ何かに耐えるように右手を額に添えている。彼、永瀬天靖の周りにある残りのクラスメイトと授業を担当していた教師、総勢40人は未だその膜を破る仕草は見せなかった。


 誰よりも早く天靖が目を覚ましたのには理由がある。


 それは彼が前世とそれよりも前の記憶全てを持ち合わせている人間だから。


 地球ではありえないことだが、今回の召喚に似たものを様々な世界線で体験している彼の魂は転送先で人体を構築することに慣れていた。今回は新しい体故に構築に多少の時間を有してしまったが、見事誰よりも早く体を作り出すことができたのだ。


 このように、前世の記憶というものは便利である。


 他にも、その世界では治癒することが不可能とされる病を治す技術を手に入れることができるし、飢餓で人が死んでいく状況を打破する方法を提示することができる。加えてそれを示せば地位も名誉も思うがままだ。


 しかし、天靖は前世の記憶を広めることは無かった。いや、この場合しなくなったというのが正しいか。欲に目をくらませず、ただ時代と周囲の変化に身を任せて過ごすのみ。身の回りにもこれからに役立つような新知識を披露することは無かった。



「魔素が充満している。ここは、どこだ?」



 世界間の転送によって気分を悪くしていた彼であったが、何度か行った深呼吸で体調を回復させたよう。


 地球ではありえないファンタジー要素に戸惑いながらも、情報を少しでも集めようと辺りを見渡す。そんな中、彼の目に留まったのは彼らのいる場所に月明かりを取り入れる、巨大なステンドグラスだった。


 ステンドグラスに描かれているものはこの世界における絶対神。体を左右に分断する一本の線を対照線として、右には人々の尊敬が、左には人々の畏怖が描かれている。


 右半身に描かれているのは、両手を挙げ乞う民を見下ろしながら微笑み一枚のカードを差し出す姿。


 左半身に描かれているのは、ひれ伏し請う民を見下ろしながら無表情に一枚のカードを差し出す姿。


 カードもそれぞれ違い、右は光を反射させる色鮮やかなものだが、左は月明かりを寄せ付けない無骨なもの。


 この世界の住むものであれば誰しもが分かる象徴や戒め的なものだが、地球育ちの者には分かるはずもない。しかし、天靖はそのステンドグラスの意味を知っていた。


 それ故に、涙を流す。その姿はまるで過去に縋るものであり、前世の記憶を持っているということが無ければ異常な姿であった。



「なぜ、これが。他にはないのか!?」



 その後、彼は他に自分の過去に触れるものがないか一心不乱に探し求める。


 しかし、この建物にあるのはステンドグラスとそこから奥に等間隔に並ぶ太い柱。目を凝らせばその奥に扉があることに気付くはずだが、ぐるぐると見回す彼の目にそれは映らなかった。


 おかしな話だ。神が描かれるステンドグラスが飾られる場所であるというのに神にささげる貢物も、それを置くための台座すらここには存在しない。


 落胆にふける彼であったが、ふとそこで何かに気付く。


 彼の目線の先には建物を支える柱があった。


 遠目、しかも暗がりではっきりとはわからないが、何か模様が描かれているよう。天靖はゆっくりと期待を込めながら近づいていく。彼の後ろにはもう何人かが膜を破り、目を覚ましているというのにお構いなしだった。


 それほどまでに、彼のあのステンドグラスに対する思いは強いのだろう。


 彼が柱にたどり着くと、そこには何やら文字が書かれていた。それは、この世界に召喚される際に使われていた魔法陣に用いられていた文字。彼は震える指で文字列をなぞり始める。


 彼にはその文字が読めるのだ。異世界召喚によって、言語の統一化が成されたとか、そういうものではない。しっかりと言葉を理解し、読むことができた。


 柱に書かれていたものは聖書の一部だった。



「神に見守られし世界、ファグナはこうして創生された。ファ、グ、ナ?」



 彼が召喚された世界、ファグナ。


 それは偶然にも彼がもう一度訪れることを神に乞い止まない世界であった。


 そして、ここは彼にとって最も懺悔しても、足りない友人がいた、世界だった。



「天靖」



 同じ建物の中にいるというのにその呼びかけには応えない。彼は一心不乱に他の柱に書かれたこの世界の聖書を読み漁る。いつもはその呼びかけにすぐに応えてくれたというのに、今はその仕草すらない。


 ここではなく、そこに大切なものがある。そう言われている気がしてこころは締め付けられそうになる胸に手を置いた。



「あいつ、何やっているのよ」

「あ、綴、大丈夫?」

「ありがとう、一応彼のおかげで女性としての尊厳は守れそうだわ」



 ようやく目を覚ました綴にこころは支えるように手を差し伸べる。他にも気持ち悪そうに、というか限界を超えて吐き出している人間もいる。しかし、見知らぬ場所に来て、親友や想い人以外に手を差し出せるほど、こころの心は強くなかった。


 綴は彼女の手を借りながら吐き出しそうになるのを我慢し、こころをほったらかして歩き回る男を睨みつける。



「ねぇ、綴」

「なに?」



 そんな折、こころが尋ねてきた。いつもの柔らかい彼女の笑顔とは違う、どこか真剣さをはらんだ顔。


 綴はそれを見て何を問われるのだろうかと、不謹慎にも少しだけワクワクしていた。彼女としては、「ずっと離れないでね」とか、「私のこと守ってくれる」とかを期待していたのだろう。次に来た予想外な質問に目を丸くした。



「今日天靖と本当に何があったの? ううん、あれからずっと。どうして天靖を避けるのか教えてくれない? こんなところにまで来て離れ離れじゃ私は嫌だよ」

「ごめんなさい。今は言えないの。違うわね、私も彼と同じで逃げたいのかもしれない。だから少しだけ時間を頂戴」



 苦虫でもかみつぶしたような、そんな顔になりながら綴は応える。その目はいつものように話し相手には向けられず、気持ち悪さにかまけて床を見つめていた。



「『天靖が逃げている』っていうのも、触れない方がいいんだよね」

「ええ、ごめんなさい」

「大丈夫、謝らなくても大丈夫だよ。ありがとう、私はちゃんと待っているから」

「ありがとう」



 今にも泣きそうな顔で謝罪と感謝を続ける彼女を慰めるためにこころはその背をさすった。


 大半の者が目を覚ましたころ、天靖はようやくこころと綴が目を覚ましていることに気が付いた。聖書を粗方読み終えた彼は目じりに溜まった涙をぬぐい取ると彼女たちのほうへ向かって行く。


 天靖はその際に気付いたようだが、現在この建物の床はナニカに反応し呼応を続けていた。月明かりよりも淡い輝きのせいで気付けなかったそれは、洗浄の魔法陣。床いっぱいに描かれたそれは誰かが嘔吐するたびに淡い輝きを放つ。これは無視しても良いものと決めつけた彼は、そのまま歩く。



「大丈夫か」



 天靖が2人のもとへたどり着くと、未だこころは綴の背をさすっていた。それは涙から来るものなのだが、今までのやり取りを知らない彼は綴が吐き気を抑えているのだと勘違いする。



「天靖、ここ、どこ? 私たちどうなっちゃうのかな?」



 こころの呟きは縋るようでいて、天靖の内心を探る。


 ここに来てからの天靖の動きを途中からとは言え、見ていたのだ。今ここにいる彼は本当に私の幼馴染なのだろうかと、こころは現在探りを入れていた。



「森の中にいきなり放り出されたわけじゃない。それにこの建物の主は心優しいものだと思う。なんとかなる」



 返ってきたのは女心の欠片すらわからない天靖の言葉。しかし、その言葉はいつもの彼のもので、こころに安らぎと安心を与えた。


 目の前にいるのは心優しく、2人のために何かをしようと努力し続ける天靖。それを感じ取れただけで十分なのだ。彼の「なんとかなる」は「なんとかする」なのだから。



「それは天靖の直感?」

「あぁ」

「そっか、なら大丈夫だね」



 天靖は不思議そうに頭を傾げるばかり。気休めの欠片もない言葉のどこに安心しているのだろうか、等と考えているのだろう。そんな彼を正面に、こころはただにこにこと笑う。



「貴方たち二人はいつも通りのようね」



 そんなやり取りをしていると、精神を復活させた綴が体を起こした。見慣れた光景、恋を応援する者なら放っておいた方がいい。しかし、彼女は口をはさむことを選んだ。



「起き上がっても大丈夫? 綴」

「こころのおかげでね。それにしても永瀬君、あなたもう少しましな言葉を吐けないの?」



 普段のやりとりを取り戻そうと、綴は天靖に投げる。彼女にとって今弱い部分を見せるわけにはいかないのだ。しかし、学校ではみんなでいるときは話さず、2人でいるときに限って話す関係。それも毒を一方的に吐くものだ。


 綴がこころのいる前で天靖に話しかける。それは今では失われたものだった。


 彼女の言葉を聞いて苦笑する天靖はどうしていいやら、困ったように言葉を出す。



「なんだ、俺がついているから安心しろ。とでも言えばよかったか」

「今言ってどうするのよ、馬鹿じゃないの。それと、私に向かって言わないでくれる? 寒気が走ったわ」

「あはは」



 2人のやり取りにこころは空笑いをする。出会った当初とは違う形。


 それでも、いつもであった形がここにはあった。


 ふと、視線をあらぬ方向に向けた天靖は剣治を見つける。今はゲーゲー吐いているようだが意識をしっかりとさせるのも時間の問題だろう。


 ここにいてはもしかしたら2人にも危害が及ぶ可能性がある。


 そう判断を下した天靖はこの空間をまとめてくれるだろう担任教師である半蔵を探すことにした。



「先生に今後の方針を仰ごうと思う。2人はここで待っていてくれ」

「分かった、いってらっしゃい!」

「はぁ、いってらっしゃい」



 元気よく送り出したこころに対して綴はやる気なさげだ。彼女の視線は先ほどまで天靖が見ていたところに向けられており、彼の考えを承知しているのだと思える。


 おおよそ先ほどのため息には呆れが宿っているのだろう。



「せんせ、い?」



 天靖が半蔵のもとへ行くとそこでは巨体がごろりと目を回しながら気絶していた。


 心労に召喚の負荷が重なってしまったせいだろう。しかし、こう、重要な時に気絶されては困るもの。嘔吐しても洗浄魔術があるために生命の危機は無いが、彼が起き上がらないと天靖達が大変となりえるのだ。


 異世界に来て、統べるものがいない。それはどれほどの負担を子供たちに追わせることになるのだろうか。最悪、価値観が変わる者も出てくるだろう。そうなってしまっては遅い。


 今彼らに必要なのは年長者の指揮だった。



「起きてください、先生、センセ~」



 天靖が一度、頬を叩けばその肉がフルフルと揺れ動く。


 もう一度、今度は強めに叩くとその肉はブルンブルンと動き出す。


 それはあたかも小太り爺さんのそれのようで、叩く加減を間違えてしまえばその肉がポロリと落ちてしまいそうだった。


 何度かその惰肉で遊ぶ、もとい、彼のことを起こそうと天靖が必死になって叩く。


 やはり、効果はないようだ。


 気絶を通り越し、いびきをかきながら寝てしまった半蔵は起きる気配すら見せない。こちらは大変だというのに、半蔵の夢の中はとても幸せそうだった。


 そんなことをしているうちに、遂に全員が目を覚まし、そして気持ち悪さから解放されてしまった。それを見計らったかのように男性の野太い声が扉を勢いよく開ける音と共に建物の中へ響き渡った。



「静まれ! 国王陛下の御出座しである!」



 天靖はとっさにそちらを振り向く。そこに立っていたのは洋風のフルプレート鎧に身を包んだ者。その者は建物の中が鎮まるのを確認すると一礼しその身を退けた。


 月明かりを背に出てきたのは王と呼ばれるにふさわしい装いをした漢だった。


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