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ギリギリ間に合いました!
遅筆で詰め込みきれなかったところが多々ありますが、少しでも楽しんでいただけると幸いです。
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と思ったら、企画イベント提出が出来ていませんでした(泣)
なので諦めてちょこちょこ手直ししようと思います。
ナルセム王国の王都。
白亜の王城を構える豊かな王都の貴族街、その片隅にその子爵家はあった。
四季折々の花が咲く広い庭と少し古いが趣きある佇まいの屋敷。
その庭に今、怒号と悲鳴が響き渡っていた。
「外周3週!その後にトレーニング1セット!!返事は?!!」
「「は、はぃぃぃぃっ!!!」」
少しばかりふくよかな身体をドレスに押し込んだ少女二人が、声に追い立てられて泣きながら走っていく。
その後を追いかけるのは、儚く、妖精の様に可憐な少女。
「遅いっ!!やる気あんのか?!あぁ?!15分以内に終わらなかったらもう1セット追加!!グズグズするなぁぁぁ!!!」
「「はひいいいイィィィ!!!」」
その顔が火を噴く般若のようでなく、
口から怒号が飛び出さず、
手に箒を持っていなければ、の話であるが。
その鬼軍曹のような妖精少女が私、エラ・サンドラ。14歳。
本名は砂土英梨。
平日は残業残業残業、休日はごろ寝をして過ごす。
何処にでもいる普通の27歳の社会人だった。
それが何故このような事になっているのか、事の起こりは半年程前に遡る。
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眩しさの向こうに大型トラックの影が見える。
避けようにも、今しがた人を一人突き飛ばした反動で体が硬直しているので無理。
ーーあ、これは死んだな。
せめて死ぬ前にリア充したかった…。
迫り来るヘッドライトに、頭の中を大量の情報が流れる。
人生のあれやこれやを思い出しながら、これが走馬灯かと思わず感心してしまった。
目の端には、驚いた顔で座り込んでいる少年が一人。
突き飛ばしたから擦り傷や打撲の一つや二つはしているだろうが、トラックに轢かれるよりはマシだろう。塾帰りなのか、少年の持っていた鞄からは数冊の参考書が飛び出している。
子供なのに、こんな夜も遅い時間に全くお疲れ様なことだ。
しかし少年よ、歩きスマホはいかんよ。
トラックが信号無視していたとはいえ、顔を上げていたら目視出来たろうに。おかげで見ず知らずの私が命を懸ける事になったじゃないか。私が決めてやった事だから責任をとれとか言わないけど。
まあ、無事で何よりだよ。
横目でへたり込んでいる少年を確認した直後、体を物凄い衝撃が襲って私は意識を失った。
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そうして私はこの家の暖炉で目を覚ました。
暖炉で寝ていた事も驚いたが、それより灰を落としに水瓶(台所らしき所を見回しても蛇口が無かった)を覗き込んだ時に見た自分じゃない姿に驚いた。
淡い金髪に透き通るような空色の目。
細い手足に桃色の小さな唇。
庇護欲をそそる、実に愛くるしい少女である。
右手を上げれば水面の少女も手を上げ、変顔をすれば以下略。
分かった事は、美形は変顔も何だか様になるってこと。
私はこの少女として目覚めた。
この身体はどう見ても10代だが、それまで生きて来た人生を私は持っていない。
もしかしたらどこかのもぐりの医者に助けられたが、全身ボロボロで皮膚移植の末にこうなった、とか?
私が本当にこの身体の持ち主で、記憶障害を起こして全て忘れてニホンで生きていた記憶を捏造?
又はとてつもなくリアルな夢を見ている?
混乱から突拍子もない可能性から現実的な事まで考えたが、何となく今が現実だと直感が告げている。
あといいかげん抓っている腕が痛い。
これも何となくなのだが、おそらくこの身体の持ち主が死んで代わりに私が入ったのだろう。
なんでこんな所で寝ていたのかは知らないけど、寒い季節に暖炉の残り灰の温もりだけって無理でしょう。実際暖炉は冷え切っていたし、低体温症による凍死じゃないかと思う。だって、起きた時、身体の節々があり得ないくらい痛かったからね。あれって死後硬直かなと思わなくはない。30分くらい入念にストレッチしたらだいぶマシになったから良かったけど。
いい加減に現実を受け止めねばなるまい。
おそらく私は死んだのだろう。
父母縁者よ、孝行者になれなくてすまない。
涙が一粒だけ零れ落ちた。
私が感傷的なれたのはそこまでだった。
騒がしい足音を立てながら私の元にやって来たのは、豊かなブルネットの髪と魅惑的なボディの美人さん。ただし性格はかなりキツそう。その後ろについて来たのは2匹の子豚…おっと、2人の少女。信じられないが、「母様」と呼んでいるから美人さんの娘らしい。恐らく元の容姿は悪くない筈なのだが、引き伸ばされて判別がつかない。ただ、頭は悪そう。語尾を伸ばして喋るな。あと自分を名前呼びするんじゃない。聞いているこっちが痛いじゃないの。
正直罵声を浴びせられても実感が湧かないから良く分からない。
とりあえずこの体の名前はエラというらしい。
あと、美人さんが(この体の)父の後妻つまりは継母で、あのこぶ…おっとお嬢さん方は異母姉。美人さんが子育てに失敗しているのは見るまでもなく分かった。右も左も分からないので、取り敢えず様子見と状況把握の為に彼女たち3人の言う事に従うつもりだった。
だが朝食にと作ったスープを頭からかけられた時、私の中で何かが切れた。
怒りに我を忘れても女子供に直接手は上げないが、手近な椅子を真っ二つに蹴り折った。乙女の嗜みとして習った武道が体を変えても生きているのだなと冷静な部分で感心した。
「なっ、あんた灰かぶりエラの癖に何やってん…」
怒鳴って来たので風圧(あくまで怪我をしないように風圧だけ)が頬を掠めるように破片を投げた。
「ひっ!こ、こんな事をして唯で済むと思って…」
全く反省の色がないので、もう少し近くに投げた。
「やめっ、やめなさいよ!!グズ…」
泣き喚いて何かを言って来たので、更に近くに投げた。
「エラ様っ!お止めください!死んだ旦那様も嘆いて…」
途中から部屋に入って来た初老の男性が何か言ってきたのでそちらにも投げた。
投げた。投げた。投げた。
投げた。投げた。投げた。
破片が足りなくなれば新たに椅子を圧し折った。
投げた。投げた。投げた。
投げた。投げた。投げた。
最終的に泣きながら謝るまで投げ続けた。
投げた破片は壁に突き刺さって前衛アートのようになっていた。
ふときづけば、三人と途中から入って来た初老の男性は目を回して気絶していた。
「死んだ旦那様が」とか言っていたから、この体の父親はいないのだろう。
しかし、あれだけ騒いだのに来たのがこの男性一人って、どういうこと?
他の人はいないのだろうか。
んん?
父親が死んで、継母と異母姉2人。
暖炉で寝ている不遇の少女。
…あれ?これって『シンデレラ』っていうお話に良く似てない?
…………………………………まさかねー。
四人が起きるのを待つ間、色々と考えた。
この世界で生きる以上、まずは身を守る術(知識)が必要なこと。
まずは常識を学ばないといけない。暦や貨幣制度、習慣なんかをね。極端な話挨拶をしたつもりで決闘を挑んでいる、なんて事にはさすがにならないと思うけど。自立する時のために女性の社会進出率や職場での地位とかも見ておきたいしね。
問題は礼儀作法。一般庶民だった私は貴族のマナーがさっぱり分からない。一朝一夕で身に付くものではないからコツコツやらねば。この世界が『シンデレラ』だと決まったわけではないが、王子様は警戒しておこう。王妃様なんてとんでもない。諸外国との関係を気にするとか、施設の慰問や沢山の貴族の動向を見て交流をもつとか、絶っっっ対に、無理!ああいうのは小さい頃からの教育があってこそはじめて出来るもの。ぽっと出のヒロインで何とかなるのは物語だけだよ。
と、なると。当面の目標は勉強しながら旦那様探しかね。幸いエラちゃんは美人だし何とかなるでしょ。せっかくだしイケメンの優しい旦那様をゲットしたい。「お家の為に」って変な所に嫁がされるのは勘弁してほしいなぁ。まあ、迷わずトンズラするけど。
この世界でこの少女エラとして生きる腹は括った。
ならばやる事は決まった。
まずは家の改革だ。
初老の男性が起きた後、状況を確認する。
我が家はサンドラ子爵家。可もなく不可もなくな中流貴族である。
私の実母は既に他界。その後継母様が姉二人を連れて再婚。父が亡くなってからは好き放題していたらしい。そのせいでやはり我が家の財政は傾いていたらしい。まあ、あの三人を見れば予想ついたけど。
使用人たちはこのおじいちゃん以外はいないらしい。使用人を雇うのもお金がかかるので全てエラちゃん(元)に家事をやらせてドレスや放蕩代につぎ込んでいたようである。まあ、あの三人を見れば予想ついたけど。
男性は父の代から我が家に仕える家令だった。ジョセフさんという穏やかなおじいちゃん。彼だけ残っているのは財産の管理や雑事の手配を任せるためである。ジョセフさんは三人を諫めはしたものの全く聞き入れてもらえず、しかしあまり口うるさ過ぎて解雇されるとエラちゃんを蔭ながらも守れなくなってしまうというジレンマに苦しんでいたようである。泣きながら謝られて驚いた。
次に、起きた女性三人の意思を確認する。
お話しの通りなら、というかおそらく普通の女性なら金持ちで素敵な男性との結婚を夢見るだろう。聞けば一年後に王子様の婚約者探しのパーティーがあるらしい。三人はそのパーティーに狙いを定めているみたいである。国中の適齢期の女性がお呼ばれしているが、勿論その女性を狙って男性も来る。王子が駄目でもそのパーティーで金持ちを見つける気だったのだろう。
この家を追い出す事も考えたが、そのまま転落人生を歩まれても寝覚めが悪い。
いっそその野望に協力する事にした。
なんならそのリア充大作戦に私も乗せてほしい。是非。
とはいえ、今のままではまったくもって駄目だ。素人の私でも分かる。
目下の目標は家の建て直しと魅力磨きだ!
中へ続く!