遅れんぼうのサンタクロース
「――よお、ニート野郎。お前が余りにも憐れだったから、仕方なく空想の世界から出て来てやった。感謝しやがれ」
ガラス窓を粉々に粉砕して俺の部屋に押し入ってきた『そいつ』は、紛れもなく不審者そのものだった。
今日は大晦日。まだ日付は変わっておらず、丁度11時になった頃だろうか。アパートの三階から見る外には人の気配は全く見られず、隣人もいないためガチの独りぼっちである。
俺は友達も金も少ない大学生。付け加えて馬鹿……らしい。
俺は今年のイブも美少女サンタクロースが欲しいと神へ願ったばっかりに、こんな事になるとは――世の中、侮れない。
「侮れないのはそうなのだが――お前、第一美少女ではないな? おっさんだな? 無精髭が半端ではないぞ? それに、いくらなんでも来るのが遅い。大晦日だぞ? 散々待たせやがって、俺は今年も画面に向かってエールを送ることしか出来ないと思っていた。あとニートではない! 神だよ、神」
「うっせぇーな。ヘアーでもペーパーでも勝手に名乗ってりゃいいじゃねぇか。言ったろ? あたいは憐れで憐れ過ぎてもう救いようのないお前にクリスマスプレゼントを持ってきてやったんだよ。ほら、この衣装と袋がその能無し目玉に映らねぇか?」
「あたいと自称するな、気持ち悪い。あとサンタの衣装って言ってしまう辺りコスプレ感が否めない。それらに即刻の改善を要求したいのだが、俺はそれよりもプレゼントが気になる。……いや、まず見た目を何とかしろ。空想の世界だかクソの世界だか知らないが、おっさんサンタは流石にストライクゾーンから外れている」
「逆にこれがストライクゾーンなら怖いっつの。わーったよ、変えりゃいいんだろ変えりゃ! こっちが本当の姿だよ!」
そう言ったおっサンタは、みるみる体を変貌させ――とうとう、俺のどストライクの容姿へと変身を果たしてみせた。
そうなると、気になるのは服のサイズの反映力だが……。
おっさん――ではなく絶対的な美少女サンタは、ぶかぶかになったサンタ服に埋もれて、必至に喘いでいた。
「あ、あわわ……う、うっそだろお前ぇ……想定外だっつーのぉ……」
「待て、そのままでいい。いや、そのままでいろ。それで、俺は十分だ」
「う、うっせぇー! お前、見てないで何とかしやがれよバカ野郎! あ、おい、その袋は開けんなっつの! お前への温情あってのプレゼントなんだよ、あたいからあげなきゃ意味ねぇーだろって!」
「何だ、俺の貧乏部屋に美少女サンタ用の着替えなんて置いてないからな。そして――ほら、これやるよ」
「何事もなかったかのように冷水が入ったバケツを持ち出すんじゃねぇーよっ! お、おい! 止め、か、かかるって! やぁー!!」
何の躊躇いもなく俺は洗面所から汲んだ大きいペットボトル一本分くらいの冷水を美少女サンタにぶっかけてみた。
案の定彼女はびしょ濡れになり、俺は満足感が籠った全力の含み笑いでサンタを迎え撃つ。
その隙にプレゼント袋を抱え、口を結んでいた紐をほどいていく。スマホのカメラも起動させた。
「ふふふふふ、ふはははは! もうすぐ、開くぜぇ! 片手でびしょ濡れ美少女の撮影! 片手でプレゼントの開封! 笑いが止まらないなぁ!」
「きゃ、きゃー! ほ、本物の変態だっつーのっ! 気色わりぃ! もっと上品な笑い方しやがれ! 変態! バカ野郎! だから彼女はともかく友達もいねぇーんだよクズ!」
「いい、いいぞぉ! もっとその声を聞かせろ! ああ、とんでもなくいい気分だ! 最高の、クリスマスプレゼントだぁー! はーっははははは!!」
「う、うわぁー、引くわぁー……いや、だがな」
「……む?」
袋の、口が開かない。
紐は解いたのだから、やはり魔法的な力が働いているのか。
あれ、そもそも、空想の世界って何だ。
何で窓ガラス破って現れたんだ、ここ三階だぞ。
何故におっさんの姿から本当の姿である美少女に変わったんだ。
俺は、なんか侵入者のそいつに冷水をぶっかけて、それで。
ま、まま、魔法的な力……?
「やっと落ち着いたか、ゴミニート」
「ゴミニートではない、絶対なる神だ」
「トイレの紙ならお前に丁度似合う称号かもな。あと、早くストーブを用意しやがれ。寒いっつーの」
「あ…………はい」
我に帰った俺は、自分の行動を即座に自覚する。
自覚したが――撤回する気は毛頭ない。何でかだって?
「何度も言うが、俺は神だ」
「――もし、あたいが本物の神だって言ったら驚くか?」
「あぁ、驚くだろうな。だが、お前は美少女で十分なんだよ。もう十分プレゼントは受け取った。あんたも俺と一緒にいるのがいやならさっさと帰った帰った。お母さんに怒られてしまうぞ」
自前の観点で謎の美少女を評価し、またしても彼女を戦慄とさせる。可愛い、なー。
それにしても、こいつが持ってきたプレゼントってなんだ。
「ところでプレゼントって結局なんなんだよ。あんたか? あんた自身がそうだなんて言うんじゃないだろうな? ……あ」
やっと袋の口が開いた…………が。何も入ってなかった。
なんだよ、早く渡せよ、勿体振らずに。
そんなことを、俺は電気ストーブのコードをコンセントに挿しながら、ぼやっと考えていた矢先。
あいつが、電源の付いた、赤く煌々と光るストーブに手を当てながら、そっと、それを呟いた――。
「……あ、あたしだよ」
「タオルならそこに置いといてやるから…………なんだと?」
「あ、あたしだっつってんだろっ! あたしを! お前にやるんだよっ!」
「どういう意味か聞いてもいいか」
「……と、友達になってやる。お前、の」
一瞬、呆然とした。
何を言われたかわからなかったけど、何となく言いたいことを口内で整えるくらいには、呆然から立ち直り、美少女に囁いた。
「何で」
「……神様の上司からの命令だよ。お前と、友達になってやれって。お前が、余りにも憐れで惨めで可哀想だからって……う、嘘じゃねぇーからな!」
「――――」
「な、何だよ、嫌なのかよ!」
「いや、凄く嬉しいのだが……」
「は、はぁっ!? な、なんだよ、勿体振らずにちゃんと言えよ……」
「――おっさんとは、友達になりたくない」
「死ねよクソニートおっさんじゃねぇよ美少女だよ………………っ!?」
怒りに身を任せて、ストーブの前から立ち上がった『美少女』の身体は――サンタ衣装が外れ、産まれたままのありのままの姿を俺にさらしていた。
「きゃ、きゃあああああああ!!」
「あははははははははははははははっ!! さいっこうだ! 最高のプレゼントだぁああああああああっ!! ぶぅあーっはっはっはぁぁぁぁぁぁ!!」
楽しい喧嘩は、夜更け――年明けまで続いた。