【5】休息
一体この小さな体にどれだけ言葉が溜まっていたのだろう、もうすでに太陽が十度は傾いているのだが。
「この要所であり要衝である教会はまさに国家の根幹であり、これを作ることを命じられた預言者カール・ハイツの先見性はまさしく疑いようのないもので……」
俺は既に止めるタイミングを見失っていたし、ジストは何故か遠くで拗ねているし、かといって彼女をこのままにして立ち去るのもどうかと思う。
こうしてほとほと困っていた時、教会の重厚な扉が、これまた重厚な音を立てて開かれた。
パラダが言っていた通り何百年前の建物だということが嫌でもわかる。
更に笑うのが、その年代物の建物の年代物の扉を開いて出てきたのが、これまた年代物の人物だったことだ。
恐らく年代は六十から七十といったところ……だが栄養状態によって見た目の年齢というのは変わるから、あれで四十くらいの可能性もある。
とにかくその彼女、いやレディが、俺たちの前にきて、コホンと一つ咳払い。
「……区間長!」
「あなたは一体何をしているのですか」
咳払い一つでパラダを正気に戻した彼女は呆れたようにため息をつくと、手に持っていた布で目元を拭う。
「聖女パラダ」
もしかするとその言葉はこっちだとそれほど大した意味を持たないのかもしれない。が、どうしてもそれが引っかかってしまって、つい口にしてしまう。
「聖女?」
「はい」
何のことないように答えるパラダ。やはり言葉の仰々しさの割りにそれほど重大な意味はないのだろうか。
「聖女パラダは聖者アンハイムの来孫に当たられる方で、五人の聖女のうちの一人であらせられます」
全くそんなことはなかった。アンハイムと言う奴がどれほどの人間かは知らないが、五人しかいないうちの一人ともなれば軍隊ならば大事だ。
(少なくとも中将よりは上だな)
「そうだよ!パラダ殿は本来ならばお前などがお目にかかれぬほどにお偉いお方なのだ!」
「ジスト、黙れ」
「何故だ!?」
パラダのそばで更に老け込みそうなほど消沈していた老婆が、ようやく俺たちに気付いたと言わんばかりに視線を向ける。
(おっと)
その視線は決して友好的なものではない、むしろその逆、溢れんばかりの敵意が向けられていた。
はて、この老婆とは初対面であるし、何か恨みを買うような真似をした覚えもないのだが、その敵意は本物だ。もし戦場で出会っていたなら服の下に電気で反応する化合物の警戒でもしなければならなかったところだ。
下手なことをしてパラダの立場が悪くなっても悪い、口を噤んでその敵意には気づかなかったふりをして、さりげなくジストを老婆の方へと追いやる。
どうにもそれが彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
「これが聖女パラダの護衛ですか? なんとも頼りない、まだ死者の方が役にたつでしょう」
「なんだと!」
……実際ジストは食料を集める以外は居ない方がマシだったと記憶しているから、ことそれについては反論のしようがない。
「行きましょう聖女パラダ」
「は、はい」
「あなた方はここで結構です、ご苦労様でした。 報酬についてはギルドからお受け取り下さい」
こちらを何度か振り返りながら、パラダは老女に手を引かれて教会の中へと消えて行ってしまった。
まぁ一先ずこれで一仕事が終わったということだろうか。
「おいバカ」
「なんだ……ちょっと待て!今の私の事か!」
「他に誰が居る」
バカなわりに鋭いジストに聞きたいことがあった。
「パラダは何のためにここまで来たんだ?」
それはそうだろう、あんな危険な旅までしてここまで来たのだから、何らかの目的があるはずだ。
それも世界に五人しかいない聖女様ともなれば、風来坊よろしく旅をしているわけでもあるまい。
「なんだ、お前そんなことも知らなかったのか」
「そりゃ、聞いてないから知らないだろうよ」
意外そうなジストの顔、無性にはたきたい。
ということはこの国では既に周知の事態のためにパラダはここまで連れてこられたのか、聖女ほどの人物を呼び寄せるほどの事態となると相当に重大な事態なのだろう。
「パラダさまはここに祈祷にいらっしゃったのだ」
「何のために?」
ジストは歯を食いしばると、どうにも悔しそうに表情を歪め、目を力強くつぶる。
「現国王、アーニアル二世が誘拐されたのだ」