【11】役目
数日過ごして、このリレーアの状況というのも大体頭に入ってきた。
「いや、すいませんね、こんな食事に呼んでもらってしまって」
「気にするな、ハイマンの作る料理はうまいぞ?」
ハイマン・ヘッセル、今は従軍の身だが元はアーニアルの口に運ばれる料理も作っていた男だ、厨房であの買い出しに行かされた時に知り合い、今回ついてきてもらった。
「ほんとだ、こりゃうめぇ」
「やったな」
物静かな男でこれといった自己主張をするわけではない彼は、それでも最初前線に行くと言ったらかなり渋い顔を見せたが、俺の説得でなんとか納得してくれてここにいる。
俺たちの腰掛ける机の横で静かに笑顔を湛え、感謝の言葉を受け取ると彼はまた厨房の奥へと消えていった。
「ダグレイス」
「はっ、なんでしょう」
「ハイマンをあんたらのところにやる」
「えっ!?」
俺の説得、食が与える兵の士気について。
「あいつの腕を俺たちだけで味わうっていうのはどうにも贅沢だろ? あいつを調理監督官として派遣したい、どうだ?」
「そりゃ……願ってもないことでさぁ」
「なら決まりだ」
まずい飯を食っている軍隊が弱く、うまい飯を食っている軍隊が強い……そういった事例は古今東西存在しない。
それどころか生活レベルを下げておいた方が戦場での生活でギャップなく暮らせ、むしろ兵は精強になる可能性すらある、というのは理解している。
だがここは俺の同情的というか、どうしてもそう割り切れぬ戦場での日常における癒しの渇望への理解がどうしてもそれを拒んだ。
これから死にに行こうとする人間に対して些末な料理を食わせて送り出すのでは、やりきれないだろう。
「んー!!」
ダグレイスの隣で料理をかっ込んでいた彼女が声を上げる。
「凄い! おいしい!」
「はぁ……」
まるで品性も何もあったものではない食べ方にダグレイスは深いため息、コニューの教育についていろいろと思うところがあるのだろうが、まぁ後であまり気に病むなと言っておこう。
実際品性という点で言ったら俺も猫皮かぶってるだけで、本当の自分をさらけ出したらコニューよりも酷いと思うしな。
「コニューさん」
「んっ? んんっ!!」
口の周りをべったり汚してむしゃぶりついていたコニューの顔が引っ張られ、置かれたナプキンが彼女の口元を拭う。
「いいですか、食事とは他人と時間を共にする瞬間なのです。 だからいくら美味しい料理であってもそればかりに気を取られて自分が……」
「あーもううるっさいなパラダは! そんなんじゃ美味しいものに対して失礼だろ! いいから僕は食べるよ!」
「コニューさん!」
皿を持ち上げて脱兎のごとく逃げ出すコニューとそれを追いかけるパラダ、まるで二人は姉妹のようだな。
俺は微笑んでそれを見送るが、ダグレイスは聖女に世話を焼かせる自分の娘に頭を悩ませているようだった。
「ダグレイス」
「なんでさ?」
食べ終わった食器の上に銀のフォークを置いて、俺は足を組む。下品だな。
「将軍の探索および救助、俺たちが請け負う」
「んな」
どうもダグレイスの考える聖戦士と俺は随分と違うらしく、彼と話す時俺は驚かせてばかりだ。
「他に手空きの人間もいないだろう? なら俺たちが一番自由に動ける、それに前線の様子も見ておきたい。 どうだ?」
「そ、そりゃいけません!」
「どうしてだ?」
だが今回ばかりは驚く以上の否定が返ってきた、まぁ聖戦士を死なせでもしたら事だろうしな。
それに俺は未だアーニアルの派遣した商人と出会えていないし、いろいろと問題があるのは確かだ。
だがそうだとしてもダグレイスのその反応は、少し過剰なように思えた。
目を極限まで開いて体を硬直させ、机の上に大きく身を乗り出していたから。
「……」
少し言いよどんで、ダグレイスは言いにくそうに俺へ目をやり、溜息を吐いた。
「あそこには……魔女がいるんでさ」
そのダグレイスの言葉はどう考えても冗談を言っているわけでもなく、目つきは真剣そのもの。
俺を謀ろうというわけでもないその言葉はこの世界に魔女なるものが存在することを示していた。
ハハハ、アーニアル、お前のお陰で驚かずに済んだぞ。




